まだ、日も昇らぬ頃、タイクーン城のテラスに2人の人影があった。それは、この国の王と王女だった。桃色の髪を肩下まで伸ばした、少女が心配そうな顔で目の前の人物に問いかける。

「お父様、どうしても行かれるのですか?」
「レナ、お前は城を守るのだ。決して追ってきてはならぬぞ」

父である王のその言葉に、レナ、と呼ばれた少女は俯いた。

「……でも」
「風の様子が変なのだ。……わしは風の神殿のクリスタルの元に行かねばならん」

その言葉に、レナはバッと顔を上げた。

「ええ、それは私にも感じられます。……でも、お1人では……」

異変に対する不安と父である王への心配を吐露する。そんなレナの言葉に王は軽く首を横に振ると、飛竜の背へと飛び乗った。

「大丈夫だ…………必ず戻る」

その静かな言葉と共に、飛竜は飛び立っていった。

「……お父様……」

それを見送り、レナはその場で、父の無事を祈り始めたのだった。

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

どのくらいそうしていただろうか。
レナは、ふと、違和感を感じ顔を上げた。 さらりと桃色の髪が揺れ、翡翠色の瞳が辺りを見回す。
いつの間にか、太陽も昇り、朝日が自分を、城のテラスを、眼下に広がる森を照らしていた。
小鳥たちも目覚めたらしい。どこからか、ちゅんちゅんと可愛らしい声が聞こえる。

……いつものと同じ、平和な朝。そう、見えた。

…………けれども、違う。それを、その異変を肌で感じ取る。
空気が、違うのだ。

「……風が……止まった…………?」

常に優しく頬を撫で、時に荒ぶる自由気ままな風。
それが、全く感じられない。止まってしまったのだ。その事実にレナはハッと、目を見開く。

「風の神殿っ! お父様に何か?!」

そう声を上げると、レナは城の中へと駆けていった……

この風の異変に気付いたのは彼女だけではない。
この世界の各地の人々が、その異変を感じ取っていた。

「風が止まった……?」

ある、一隻の海賊船の頭が、どこか、困惑したように呟いた。

「風が止まったぞ! 急がなくては!!」

周りが岩に囲まれている場所にいた老人も、どこか焦ったように声を上げた。

……そして、森の中にいたこの人物達も、異変に気付いた1人だった。

「風が止まった……」

突然、止まった風に、ボコと朝食を取っていたバッツは驚いたように手を止め、呟いた。

「クエっ?! クエクエ?」

ボコの心配そうな声に、バッツは難しい顔をして答える。

「……いや、今まで風が弱くなったことはあっても、こんな風に完全に止まったことは 無かった。……これは、風を司るクリスタルに何かあったな」
「クエっ?!」
「動き始めた歯車……止まった風……精霊は風の導きって言ってたけど」

……時間がない。

何故か、そんな気がした。

「風のクリスタルに何かあった……か。風の神殿に、行く必要があるかもな。……それが導き・・なら、なおさら」

バッツの言葉にボコは驚いたように声を上げた。

「クエっ?! クエックエ、クエクエっクエ~っ!」
「分かってるよボコ。一般人が神殿には入れないって事は。……でも、それは、こっそり忍び込めばいいだけのことだし」
「ク~エ~……」
「別に、神殿に忍び込むのは初めてじゃないんだからいいだろ?」
「クエ~~~っ」
「そーいう問題じゃないって言われてもな~。それは、そこに俺を呼ぶ精霊に言ってくれよ。精霊に呼ばれてきました~……な~んて言ったって、中に入れてくれる訳無いだろ? 必要に迫られて、って奴だよ。……ま、何にせよ、次の目的地は風の神殿に変更……」
「クエ?」

急に口を閉じたバッツにボコが不思議そうに首を傾げる。

「……何か、来るっ!」

キッと空を見上げ、バッツはそう言った。
……それと同時に、それは起こった。

ゴゴゴゴゴゴゴ…………!

空から騒音が響き、それは、段々と大きくなる。そして、何かが振ってくるのが見えた。
……次の瞬間

ドゴォォォォ!!!

爆音と共に地面が激しく揺れる。

「ボコ、伏せろっ!」

バッツの声に、地震に慌てていたボコは反射的に従った。
バッツはその頭をぎゅっと抱え込んでボコの頭を庇う。バラバラとまだ緑色の木の葉が2人の上に降り注ぐ。

……しばらくして、揺れが収まるとようやくバッツはボコの上から退いた。

「あ~、びっくりした。……今の、隕石……だよな。かなり近くに落ちたみたいだ……」

辺りを見渡し、体に付いた木の葉を払いながら言ったバッツに、ボコは勢いよく起きあがって、声を上げる。

「クエっ! クエ! クエクエっ、クエっっ!!!」

語気が強く響いたその鳴き声は、バッツにとって、不服だったらしい。ぶすっと、不満を全面に出した表情で言い返した。

「何だよ、俺を庇うなって、あんなに慌ててたら庇いたくも……」
「クエっ! クエっクエクエっクエっ!!」
「あ~、はいはい、分かったって! 次からは気を付けます」
「ク~エ~」
「ったく、しつこいぞボコ!」
「クエっ」
「よし、……じゃあ、まずは隕石の方、行くぞ」

バッツの言葉にボコは目を丸くし、首を傾げる。

「クエっ、クエクエっ?」
「バカ、まずは、どこに隕石が落ちたのか確かめないとだろ? どこに落ちたかによって、どうやって風の神殿に行くかも変わってくる……わかった?」
「クエ」

ボコの返事にバッツは満足そうに笑っていった。

「じゃあ、行こうか」

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

隕石はタイクーンへと続く森の中に落ちたようだった。森の入り口で、ボコ止めると、バッツはひらりとボコの背から降りる。

「……魔物のいる気配がする。……危ないかも知れないから、ボコはここで待ってろな」
「クエっ」

ボコの返事を聞き、バッツは森の中へと入っていく。
少し歩くと、直ぐに見えてくる巨大な隕石、その大きさにバッツは軽く目を見開いた。

「うわ……かなり大きなのが振ってきたんだな。……ん?」

この大きさの隕石が降ってきたのであれば、この程度の被害で済んだのは、運が良いのかもしれない。などと考えていたその時だった。何かが動いた気配を感じた。それは、隕石の影となり、ここからでは目串出来ない。故に、バッツは素早く木の上に登り、辺りを見渡す。

「っ!」

そうして、見えた光景にバッツは目を見開いた。
隕石の直ぐ傍、桃色の髪をした少女が2匹のゴブリンに連れ攫われそうになっている。
少女は気を失っているのか、ぐったりとしていて、ぴくりとも動かない。

「な、っんで、こんなとこに女の子がいるんだよっ!」

思わぬ光景に、悪態を付きつつも、バッツは素早く木から飛び降り、走り出す。ゴブリンと少女の姿が見えた途端、走りながら、剣を抜き、ザッッ、と斬りかかった。
突然現れたバッツにゴブリンたちは少女を放って襲いかかるが、攻撃する間もなく、地に倒れた。
……正に一瞬で2匹のゴブリンが倒れ、さらさらと、灰となって崩れ落ちる。

「ふぅっ」

カシャン、と剣を納めるとバッツは少女を抱き起こす。
胸は小さく上下しているし、微かに呼吸音も聞き取れた。見た感じ、ただ気を失っているだけのようで、ほっと息を吐いた。

「おい、大丈夫か?」

2、3回声を掛けると、気が付いたらしい。少女は小さく動いてゆっくりと目を開いた。

(……きれいな……女の人……)

ふっと、目を開けると、ふわふわとした茶色の髪に、とても綺麗な深い蒼色の瞳が見えた。
それらを、ぼぉ……っと眺めていると、その人はちょっと心配そうな、……でも、安心したような表情を浮かべてて…………あれ? そういえば、……この人って、だれ?
私……何で……寝てたんだろう……?
…………そう……たしか、……風が……っっ!!!

「うわっ!?」

目覚めても、ぼ~、としていた少女にどうしたものかと思っていると、その子は、急に目を見開いて、ガバッ、と身を起こす。どうやら、完全に気が付いたらしい。

「大丈夫か?」

そのことにホッとしつつ、そう声を掛けると、少女はこくりと頷いた。

「えぇ……ありがとうございます。私はレナ……貴方は?」

立ち上がって礼を言い、自己紹介する少女、レナに、バッツも答えようと口を開いた、その時だった。

「クエーーっっ!!」

そんな鳴き声と共に、レナの視界に移るのは鮮やかな黄色。バッツは反射的に後ろを振り向くと、声を上げた。

「ボコっ!!」

相棒の名を呼んで、バッツはチョコボへと駆け寄る。

「ボコっ! 一体なんでここにいるんだっ、待ってろって言っただろっっ」
「クエっ! クエクエっっ」
「……大丈夫そうだったから来たって……全く」

呟くようにそう言って、溜息をつくと、レナの方を振り向いて、苦笑しながら言った。

「俺はバッツ、このチョコボ、ボコと旅してる。……ただの旅人だ」
「バッツ……」

(……男の人だったんだ、女の人かと思った……)

思わず、そう思ったその時、目に巨大なモノが映る。一拍遅れて気付いたそれを呆然を見上げ、思わず、独り言のように呟いた。

「……これが……、突然空から振ってきて……爆風で飛ばされて……気を失って……」

気を失う直前の記憶をなぞっているらしいレナの言葉にバッツが呟く。

「隕石か……」
「隕石? ……風が止まったのと、……何か関係が……?」

そう、1人呟くと、レナはバッツの方を見、深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました。……お礼をしたいのですけど、でも、急がなくてはならないの」

そう言って、その場を去ろうとするレナに、バッツは慌てて引き留める。
この地域の魔物はそんなに強い訳ではないが、それでも、女性1人というのは不安である。

「おいおい、ちょっと待てって! 女の子1人じゃ危険だ。街に戻って誰か護衛を……」
「ねぇ、……何か聞こえない?」
「え?」

バッツの言葉を遮るように言われたレナの言葉に、バッツは思わず口を閉じ、耳を澄ませる。

「ぅ……」

……たしかに、何かが聞こえた。小さく頷いて、レナの言葉に、肯定の意を返すと、レナとバッツは辺りを見渡す。
……と、その時、緑の髪と瞳をした小さな子供がふわり、と現れ、隕石の影を指して、にこっと笑う。突然現れた精霊の姿に、バッツは小さく声を漏らした。

「うぅ……」

それと同時、確かに精霊の指した方から聞こえてきた声にバッツは声を上げた。

「あっちだ!」

2人で、精霊の指した……レナにとってはバッツが指した方へと向かう。
バッツが精霊の横を通り過ぎる瞬間。声が、聞こえた。

『時が満ち、歯車は音を立てて回り始めた。真実を知る者が現れ、時は砂時計のように止まることはない。全ては、すでに動き始めている……』

「え……?」

精霊の言葉に、バッツは思わず振り返る。
しかし、その時には、すでに精霊はその姿を消していた。

「……今の言葉は……一体……」

バッツが呟いたその時、レナが呼ぶ。その声に、バッツは急いで、レナの元に向かった。

「……大丈夫?」

バッツはレナへと駆け寄る。彼女のの元には、1人の老人が倒れていた。
レナがその老人に声を掛けると、何度か声をかけると気が付いたらしい。ゆっくりと目を開け、次の瞬間、バッと、起きあがった。
そして、老人は辺りを見回す。

「ここはどこじゃ……? あいたたた……頭を打ったようじゃ……」

痛むのだろう、頭を押さえそう言う老人。と、自身に起きた異変に気づき、ハッと、目を見開いた。

「ありゃりゃ……どうしたんじゃ? ……思いだせん……何も思いだせんぞ?!」

その様子を見て、バッツは思わず、口を開く。

「頭を打って……まさか、記憶喪失?」

その言葉に、レナも目を見開く。
と、老人は、何かに気付いたように顔を上げた。

「……ん! そうじゃ、わしの名前はガラフじゃ!」
「他には?」

名前を思い出したらしい。
なら、と期待を込めて、レナがそう問いかける。が、老人、ガラフは力なく首をふった。

「…………だめじゃ。……名前以外の事は、何も思いだせんぞ」
「……そう」

レナは声を落とす。後ろ髪は引かれる。けれど、それでも、レナが立ち上がった。
申し訳なさそうに、言葉を紡ぐ。

「本当にごめんなさい。急がなくてはならないの」
「……どこに行くんだ?」

先程からどこかそわそわとしていたレナに、バッツは思わず、そう問いかける。
それにレナは軽く目を伏せ、静かに口を開いた。

「風の神殿に……」
(っ! 何だってっ!?)

咄嗟にバッツは内心叫んだ言葉を飲み込む。けれど、レナの言葉は、バッツを驚愕させるのに、十分すぎるものだった。バッツだけではない。もう1人目を見開いている者がいた、ガラフだ。

「っ! 風の神殿!! わしもそこに行かなければならなかった気がするぞい!」

叫ぶようにそう言うと、ガラフはレナを見、宣言する。

「わしも行くぞ!」

レナは戸惑ったように、口を開く。

「……でも……」
「行かねばならんのだ。連れて行ってくれ!!」

真剣な表情に、強い意志を感じさせる瞳。その気迫に、レナは思わず頷いた。
酔狂やただの興味本位ではないことを、悟ったが故の頷きだった。

「分かりました、一緒に行きましょう。

そして、バッツの方を向くと、小首を傾げ、問いかける。

「……バッツ、貴方は?」

その声は、何となく、ある種の期待を仄かに感じた。が、その問いに対する答えは既に決まっている。

「俺は、旅を続ける」
「そう……じゃあ、ここでお別れね」

些か不安ではあるが、2人で行くのであれば、大丈夫だろう。
そう判断し、敢えてそっけなく答えれば、レナは、少し寂しそうな声で苦笑した。そして、もう1度、頭を下げる。

「バッツ……どうもありがとう! さようなら……」
「さらばじゃ!」

そう言うと2人は、バッツに背を向け、去っていく。
それを見送って、バッツもボコの元へと戻った。

「それじゃあ、ボコ。行こっか」

軽く声をかけ、ボコに乗るバッツ。
バッツの言葉に従い、走り出したボコだったが、その瞳には、不満そうな色が現れていた。

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

「うわっ?!」

森を出て、平原を走り、暫くした頃。ボコはいきなり立ち止まった。
考え事をして、注意力散漫だったバッツは、その急ブレーキによって、ボコの背から振り落とされる。

「いててて……ボコの馬鹿っ! 急に止まるなよ!」

背から振り落とされた際、頭をぶつけたらしい、痛みに声を洩らしつつも振り返り、文句を口にする。
しかし、ボコはそれを気にした様子もなく、クエ、と鳴いた。それに、バッツは、ぱちくりと、目を瞬かせる。

「え? ……ああ、そっか、こっから北に行くとトゥールへの道があるのか。 ……2人は、もう結構進んだだろうな」
「クエっ!クエクエ?」
「何で2人と一緒に行かなかったって、言われてもなぁ……風の神殿に、2人が何の用があるのかは分からないけど。でも、それこそタイクーンの王族でもない限り、あそこに入ることは出来ないだろ?」
「クエ、クエっ」
「いや、確かに、俺はちょこちょこ入ってるけど、……でも、あれを女の子とじいさんにやらせるわけにはいかないし……」
「クエっ! クエクエ!! クエっ!」

ボコの声にバッツは、苦笑した。

「うん、じいさんに、女の子だもんな。それに、この辺りには、ゴブリン多いし…… 分かったよ、ボコ。神殿内に入れるかは別として、……そこまで、守ってやればいいんだろ? 短い間なら、前みたいな事も、起こらないと思うし……」
「クエっ」

バッツの言葉に頷くボコに笑って、バッツは再びボコの背に乗り、くるりと進行方向を大きく変えた。

「よし、行こう、ボコ!」
「クエっ!」

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

チョコボに乗っているので、遠回りになったといえど、直ぐに2人に追いつけるだろう。
トゥールへの道を駆けながら、そんなことを思っていたその時。

ゴゴゴゴゴ!!

「っ!!」
「クエっ!?」

突然、辺りの地面が激しく揺れる。
……それは、普通の人間ならば、立っていられない程の揺れ。

『危ないっ!』

「っ!ボコ、跳べっ!!」

不意に、バッツがそう声を上げた。
反射的に、 ボコは、バッツの声に従い、高くジャンプする。と、同時。

「ク、クエっ?!!」

ものすごい音を立て、今までいた場所が崩れ落ちていった事にボコは目を見開く。

「あぶな……地割れか……風に感謝だな」

無事に着地し、バッツは小さくそう呟いた。と、その時だった。

「きゃ~~っ!!」
「うわぁ~~っっ!!」

「っ!! レナ! ガラフ!」

2人の悲鳴が聞こえ、それと同時に前方の地面が割れる。地面はまだ、激しく揺れていて……本当なら、せめて、この揺れが収まるまでは、ここでじっとしていた方がいいのだが……
キッと、真剣な顔をして、バッツはボコに話しかける。

「……ボコ」
「クエ?」
「……お前なら、いけるよな?」

その言葉は、相棒であるボコを心から信頼しているからこそ出てくる言葉。
それを分かっているからこそ、ボコは大きく頷いた。

「クエ!」
「間違っても地割れに落ちるなよ? んなことになったら、2人ともあの世行きだからな」
「クエっ! クエクエっ!!」

ボコの言葉にバッツは笑みを浮かべた。

「任せとけ、ね。その言葉、信じるぞ」
「クエっ!」

その声と同時に、ボコは力強く地を蹴り、地割れを飛び越える。

ガガガガガッッ!!

轟音を立てながら、あちこちの地面が割れていく。
ボコはそれらを器用に飛び越え、バッツはボコにつかまりながら2人の姿を探していた。
どのくらい進んだだろうか。不意に、視界の端に桃色が過ぎった気がしてそちらに顔を向ける。と、同時に声を上げた。

「見つけたっ! ボコ!」
「クエっ!!」

幸いにも、2人は地割れに飲み込まれてはいなかった。
ボコが倒れている2人の元へと辿り着くと、バッツは素早く2人をボコの背に乗せる。

「ボコ、重いだろうけど、がんば――」

気遣いの言葉をかけようとしたバッツだったが、途中で口を閉じ、キッと鋭い視線で周りを見渡す。
そして、ボコに背を向け、一歩離れた。

「クエ?」

それに、ボコは不思議そうな声を上げる。
けれど、バッツはボコに見ることなく、口を開いた。

「……ボコ、お前は、2人を安全な場所まで運べ。俺は……こいつらの相手だ」

それと同時に、十数体のゴブリンが姿を現す。それにボコは驚いたように声を上げた。

「クエっ?!」
「狙いは気を失っている2人だよ。こいつらにとって久々の獲物なんだろう。ま、当然、俺も数に入ってるだろうけどね。……ほら! いいから、ボコ行けっ!」

バッツの言葉に弾かれたように、ボコはクエっ!と鳴くと、言われた通り、バッツを置いて先へと走っていった。
それに視線を向けるゴブリン達だったが、ガン、とその内の1体に石を投げつけられたことで揃って、バッツの方を向く。

「グゥゥゥゥ……」

威嚇の声を上げるゴブリンにバッツは好戦的な笑みを口の端に浮かべた。

「俺、お前らを倒す気しかないからな。覚悟しとけよ」

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

「クエっ」
「あ、ボコ、迎えに来てくれたんだ」

地震と地割れが完全に収まった頃。
現れたボコに、バッツは笑いかける。

「ありがとな」
「ク~エ~、……クエっ、クエクエ?」
「ん? 大丈夫。見ての通り、怪我はないよ。……で、2人は?」

バッツの言葉に、ボコは後方を見て声を上げた。

「クエ、クエクエク~エ~」

それに、バッツは安心したように微笑した。

「そっか、よかった……じゃ、俺達も行こっか」
「クエっ」

「……なぁ、ボコ」
「クエ?」

ボコの背に乗り、走っている中、ぽつり、とバッツが口を開いた。

「……これは……導きだと、思うか?」
「クエ……」
「俺と同じく風の神殿を目指す者が2人も現れ、その2人を2回も助けることになった…………精霊は、……俺に、……あいつらと行動を共にして欲しい……のかな」

どこか不安げに呟くバッツに、ボコは首を傾げる。

「……クエ? クエクエ?」
「バッツはあいつらと一緒に行きたくないのか、ね。……旅は道連れ、って言うし、確かに、偶には他の人と一緒に行ってみたいとも思うよ」
「クエ?」
「じゃあ、何でって……ボコも知ってるだろ? 俺の体質。……どーゆー訳か知らないけど、俺は魔物に襲われやすい。……しかも、知能の高い奴程、俺を狙ってくる確率が高い……何度もあっただろ? 共に行動していた他の人が俺のとばっちりで魔物に襲われたってことが……だから……」

バッツの言葉をボコは遮る。

「クエっ! クエクエっクエ!!」

それにバッツは軽く目を見開いて……そして、微笑した。

「それは、バッツのせいじゃないし、仮にまたそう言うことがあっても、今度こそ守ればいい、……か。ありがとな、ボコ」
「クエ」

「どちらにしても、精霊の導きに逆らうことは出来ないしな。……もし、これが導きなら、精一杯頑張るさ」

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

「うぅ……」

ふっと意識が浮上する。同時に感じるのは、軽い痛み。
体が痛い、そう思いながら、レナは目を開け、ゆっくりと体を起こす。

「あ、気が付いたのか」
「え?」

その時、聞き覚えのある声が頭上から降ってくる。
レナが上を見上げたのと同時に、大きな岩の上からバッツが飛び降りてきた。

「大丈夫か? ざっと見たところじゃ大きな怪我はしてなかったように見えたけど……どっか、痛い所とかあるか?」

少し、心配そうに言われた言葉に、レナはまた、目の前の青年に助けられたことを悟り、 深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございました」

その言葉にバッツはふわり、と笑う。その柔らかく優しい笑みに、レナは思わず目を奪われた。

「気にしなくて良いよ。困ったときはお互い様だ。……それよりも、あちこち、擦り傷や切り傷があるみたいだから、手当て、させてくれるか?」

いつの間に取りだしたのか、消毒液と薬を手にそう言うバッツ。レナは頷くことしかできなかった。

(……これで、男の人なんて、絶対詐欺だわっっ)

青年が醸し出す柔らかな雰囲気に、内心そう思っていると、手慣れた様子で消毒し、薬を塗りながら、バッツは静かに口を開いた。

「……隕石が落ちた時のショックで、あちこち崖崩れや地割れが起きてる。……この先のトゥールに通じていた道も塞がっちまった」

その言葉に、レナは目を見開き、俯く。

「……早く、風の神殿に行かなければならないのに……」

静かな、けれども決意の秘められた言葉。
その言葉とほぼ同時にガラフの口から呻き声が漏れる。

「うぅ……風の神殿に……急がなくては……」

(この人も風の神殿、か……風の導き、だとしたら、取るべき道は1つ……だな)

それらを聞いて、バッツは溜息をつき、口を開く。

「……やっぱり、俺も行く」

その言葉に、レナがバッと顔を上げる。

「ホントっ!?」

それにバッツは頷いてみせた。

「ああ、……親父の遺言なんだ。世界を旅して回れ。……それに、風が呼んでる。……よし、これで完了」

ぽそり、と限り無く本音に近い理由を呟いてから、手当てが終わったことを告げた、
その時、思わぬ所から声が上がった。

「とか何とか言って、本当はこの子にホの字なんじゃないのか?」

その言葉に、バッツは目を見開いて振り向く。

「じいさん! 気が付いてたのか!」

バッツの驚いた声に、ガラフは得意気に笑っていった。

「あったり前よ! ……じゃが、そうやってると、少女が2人座ってるように見えるのぉ」
「……………………」

面白そうに笑っていったガラフに、バッツは無言で近づくと、消毒液を大量に染み込ませた綿を思いきり、ガラフの足にあった擦り傷に押しつける。その思わぬ反撃に、ガラフの口から悲鳴が上がった。

「ぎやあぁぁぁっっ!! いだだだだだっっ! こっの、少しは老人を労らんかっ!!」

そう叫ぶガラフにバッツが憮然として言い返す。

「んな巫山戯たこと言う奴には、コレで十二分だっ! てか、俺のどこが女の子に見えるんだよっ!」

バッツの言葉にレナとガラフは思わず揃って黙り込んだ。
その反応に、バッツはきょとん、として口を開く。

「……? どうしたんだ? 2人とも」

小首を傾げてそう言う様子は、彼を些か幼く見せ、キレイ、というよりも、可愛い、という印象を強く与える。
そこまで、考えを巡らせて、2人は同時に溜息をついた。

((こんな様子を見せてて、本人が全くの無自覚なんてっっ))

2人の様子にバッツは、疑問符を飛ばす。が、すぐに、まぁ、いっかと自己完結させる。

「……ま、いっか。じゃあ、少しの間、よろしくな」

にこり、と笑って言った言葉に、レナとガラフも口を開く。

「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくじゃ……だが、これからどうする? 道はふさがれてしまったぞ」
「「……」」

ガラフのその言葉に2人は黙り込む。

「……でも、行かなくちゃ」

ぽつり、と言ったレナの言葉に、バッツとガラフは力強く頷いた。

「そうじゃな」
「ああ! きっとまだ、何か道があるはずだ」

そう言ってから、バッツは心の中で1つ付け足した。

(……これが、精霊の導きなら、なおさらな)

fin

あとがき
はい、と言うわけで2話目です。
こんなマイナーな場所に来てくださった方、本当にありがとうございました。
この話が比較的早くアップできたのは書き込みしてくれた方のおかげですっ
やっぱり感想というものは、小説を書く活力源だと、再認識しましたw
さて、次でファリスが登場します。
……次で、風の神殿にたどり着くところまでは言って欲しいなぁ……


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