「あっ! バッツ、ガラフ! ちょっと来て!!」

岩の間、目立たない所にひっそりとある穴を見つけ、レナが声を上げた。

「こんな所に洞窟が……」
「さっきの地震で出来たのか……こっからトゥールへ行けるかもな」

穴の中を覗き込みながら言ったバッツに、レナとガラフが頷く。

「そうじゃのぉ、バッツの言う通りにして正解だったな」

ガラフの言葉にバッツは苦笑した。

……時は数十分前に遡る。
3人はトゥールへどうやって行くか話し合っていた。世界地図を広げ、バッツはある一点を指す。

「ここが現在地。……で、こっちがトゥールへの道……でも、ここの道は塞がってしまった」

トゥールへの道へと指を動かし、指先でバツ印を描きながら言った言葉にレナとガラフは頷く。

「……他に道は……ないのね」
「……地図を見る限りでは、そうみたいだの」

やはり、道はないのか、と落胆する2人に、バッツは、いや、と口を開きつつ、ゆっくりと指を動かしていく。

「いや……遠回りで山越えしないと行けなくなるが、ここから……こう通って……こう行くとトゥールへ行けるんだ」

その言葉に2人はバッと顔を上げる。

「本当?!」
「それじゃ!」

思わず立ち上がる2人にバッツは慌てて待ったをかける。

「ちょっ、まてまてまて……これは道無き道だぞ? ……かなりキツイと思うけど……」

その言葉に2人は声を上げる。

「でも、道はそれしかないんでしょ?」
「なら、行くしかない」

きっぱりと言い切った2人の様子から、その意志の強さを感じて、バッツは苦笑する。立ち上がり、ボコの元へと向かう。
地割れを飛び越えたり、2人一緒に運んだりと、やはり負担がかかっていたのだろう。先程から眠っていたボコを少し申し訳なさそうな顔をしてから起こす。

「ボコ、起きろ」
「くぇ……ククエ?」
「うん、出発するから、……西の山経由で行くことになった」
「ク~エ~」
「う~ん、ま、しょうがないだろ? 今の所、そこからしか行けそうにないんだから。……2人も行くって言ってるし」
「クエっ」

ボコの声を聞いてから、バッツは2人を振り向く。

「じゃあ、行こうか。……さっきも言った通り、結構キツイ道のりになるけど……いいな?」

その念押しに、2人が頷き、出発しようとした、その時だ。

『待って』

ふわり、と緑の髪、碧の瞳の少女が現れる。
それにバッツは小さく声を上げて立ち止まった。

『風は導く、己の元へ。地は新たなる道を創りだし。
火は心に炎を灯す。水は消えた者を呼び戻さん』

そう言い終えると、すぅ……と、それは姿を消した。

「バッツ……?」

急に立ち止まったバッツにレナはどうしたのかと声を掛ける。と、バッツは深い溜息を落とした。

(……全く、これが導きなわけね。やっぱり、遠回り出来るほどの時間はないってことか)
「……レナ、ガラフ」
「何?」
「何じゃ?」

2人の名を呼ぶと、バッツは後ろを指していった。

「ちょっと、塞がれた道に行ってみないか? 賭けにはなるだろうが、通れる所があるかもしれない。……その方が確実に山越えよりも早く着く。始めから時間のかかる道を行く前に、見てみた方がいいと思うんだ」

少し迷った後、その言葉に2人は頷いた。

……そして、今に至る。
洞窟の中を覗き見て、そこに魔物の気配があるのを感じ、バッツはボコの方を振り返って口を開いた。

「ボコ、この先は危険だ。お前はここで待ってろ」
「クエっ」
「……そうだな。なるべく早く帰ってくるつもりだけど……うん。遅いと感じたり、魔物の気配を感じたら、昨日俺達が野宿した森にいて。あそこは魔物はいないようだったし、魔物は自分のテリトリーの外には滅多に出ないから。そこにいればたぶん安全だろう」
「クエっ!」

こうやって、ボコに待機していて貰うのは珍しいことではない。
故に、快諾してくれたボコの返事にバッツは笑ってボコを撫でると、振り返り、言った。

「じゃあ、……行こうか」

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

洞窟に入ると、バッツはすぐにランプに火を付け、レナに手渡す。

「……本当は火は付けない方がいいんだけど、慣れてないと動きにくいからな」

その言葉にレナは首を傾げる。

「? 火を付けない方がいいって……一体なん――」

レナが言い終わる前に、不意にバッツの纏う空気が柔らかなものから鋭利なものへと一瞬で変わる。思わず、レナの言葉が途切れた。
……次の瞬間。

「ギャギャギャー!!」

バッツの姿が消え、そんな声が響く。と同時、どさり、と巨大なコウモリが落ち、灰となってさらさらと崩れ落ちる。
その様子にレナは目を見開くと、カシン、と横から音がした。そちらを振り向けば、バッツが剣を納めているところで、レナは目を瞬かせる。

「うん、まぁ、こうゆうこと」
「へ?」

剣を納めてから、言うバッツ。レナは思わず、間の抜けた声を上げた。
そして、彼の纏う雰囲気が元の柔らかなものに戻っていると言うことに、知らず知らずの内に息をつく。そんなレナの様子に気付くことなく、バッツは口を開いた。

「火の光に集まってくるんだよ。本能的に分かっているんだろうね。光のあるところに獲物がいるって、……でも、火を消しても、襲われにくくなるだけで、襲われなくなるわけはないから、暗闇での戦闘は大変かと思って火を付けることにしたんだ。……たぶん、こっから先、もっと出てくるから……2人とも、そのつもりで」

そう言ったバッツに2人は頷いた。

「うん」
「おお」

その返事にバッツはにこり、と笑うと歩き出した。

それから少し進み、入り口から差す光が完全に消え去る。
レナの持つランプだけが、唯一の光源となった頃、不意にバッツが首を傾げた。

「おっかしーなぁ。そろそろ色々出てくるかと思ったんだけど……」
「……色々、って……」

さらりと言ったバッツの言葉に、レナとガラフが思わず一歩引く。
と、その時、バッツは何かがキラキラと、光っているのをみつけ、目を瞬かせる。
キラキラとしたものはゆらゆらと揺れていて、バッツは小首を傾げた。

(水? ……泉か?)

しかし、ただの水ならば、あんな風にキラキラと光る訳が無い。
そう考えたその時、はたと、ある事を思い出して、バッツは思わず呟いた。

「……あの泉は……もしかして」
「バッツ?」

突然、走り出したバッツに、レナとガラフは慌てて付いていく。
すると、バッツは不意に膝をつく。ちゃぷと水音がし、ランプがバッツと泉を照らす。
すると、バッツは水を両手で掬って飲んでいるところだった。
一口、口に含んで小さく、やっぱり……と呟く。

「何じゃ、バッツ。喉が渇いてたのか?」
「泉なんて、よく分かったわね。私、近くに来るまでここに泉があるなんて分からなかったわ」
「え?」

レナの言葉と、その言葉に頷くガラフに思わず、バッツは小さく声を上げた。
バッツの瞳には、今もキラキラと輝く泉が映っている。
けれど、この光は自分にしか見えていないと言う事実に気付き、バッツは声を上げてしまったのを誤魔化すように口を開いた。

「……バッツ?」
「あ、いや、何でもない。……レナ、ガラフ。ちょっとこの水を傷に掛けて見てくれないか?」

バッツの突然の言葉に首を傾げつつも、2人は言われたとおり、その水を傷に掛ける。
……と、その途端、起きたことに2人とも目を見開いた。

「おおっ!?」
「傷が……治っていく……」

すぅ、と傷が消えていったのを見て、バッツも口を開いた。

「……やっぱり、これは、“大地に祝福されし水”だ」

その言葉に、レナはバッと顔を上げた。

「祝福の水?! 何でこんな所にっ!」

レナにとっての祝福の水とは、聖なる壺に仰々しく治めてあるものだ。こんな風に自然に湧きだしてくるものだとは、思っても見なかった。
驚愕の声を上げたレナに、バッツは不思議そうな顔をする。

「そんなに驚くことか? ……大地の恵みの力と水の癒しの力が偶然合わさった所には こんな風に祝福の水が沸いてくることがあるんだ」

そう言いながら、バッツはしゃがんで水入れに水を汲む。それを見て、ガラフも口を開いた。

「これで、少しの間はそれで傷を治せるのぅ」

ガラフの言葉に、バッツは笑って首を振った。

「いや、これはただの飲み水だよ」

すっ、と水入れに入れた水の光が消えていくのを見ながらバッツは口を開く。

「この水は、何故か入れ物に入れると、その効果は消えて、ただの水になるんだ。……ただ、神殿とかにある特殊な壺に入れたものはその力を保ち続けるって聞いたことあるけどな」

そう言ってから、バッツはふと、大地に祝福されし水が自然に湧き出るところに驚愕していたレナの姿を思い浮かべる。

(……もしかして、レナは神官の家系か?)

それならば、仰々しく壺に納められていた水が自然に湧き出る所に驚愕したのも分かる。
そして、もし、風の神殿の神官の家系なのであれば、神殿へ行こうとしているのも納得出来る。
そんなことを思いながら、水筒をしまい、今度は両手で水をすくい、口に運ぶ。
ひんやりとよく冷えた水が喉を通り体中に染み渡っていくと、共に、疲労が消えていくのを感じ、ふぅ、と一息ついてバッツは呟いた。

「にしても、納得。この泉があったから魔物が少なかったんだな」
「え?」
「どういうことじゃ?」

ぽつりと呟いたバッツの言葉に傷を癒していた2人が振り向く。その視線を受け、バッツは口を開いた。

「ん~……と、魔物は祝福の水とか、そういう力を持ったものを驚嘆に極端に嫌がるんだ。だから、この辺に魔物がいなかったんだな、と思ってさ」
「……じゃあ」

恐る恐る口を開いたレナの言葉を、バッツはにこっと笑って肯定する。

「うん、ここから先は、確実に魔物の出る量がどどっ、と増えるから、今の内に休んでいた方がいいよ」

さらりと、そんなことを笑っていうバッツに、レナとガラフは思わず頬を引きつらせた。

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

「ギャギャギャッッ!!」

「レナ! ガラフ! 大丈夫か?」
「ええ」
「大丈夫じゃ!」

バッツの言った通り、泉を過ぎた辺りから、今までとは比べ物にならないほど、頻繁に魔物達が姿を現した。
不意打ちを受けそうになったレナとガラフを庇うとバッツは素早く2人に指示を出す。

「そっか、じゃあ、俺はデアロをやる。2人はスティールバットを頼む」

そう言うや否や、バッツは自身に向かって振り下ろされたはさみを素早く躱し、剣で斬り捨てる。それと同時にもう一匹いたデアロが襲いかかってきたが、それも直ぐに塵へと姿を変えていった。一息ついて、2人の方を振り返ると、レナの投げたナイフがスティールバットの羽の付け根に刺さり、落ちてきたところを、ガラフが素手でとどめをさしていた。
レナは一息つくと、バッツの方を見て、笑みを浮かべる。それにバッツも笑みを返した。

「……にしても、驚いた。2人共結構戦えるんだね」
「え?」

ふと、歩きながら呟くように言ったバッツに2人は声を上げる。それにバッツは慌てて口を開いた。

「あっ、いや、……レナはおしとやかで可愛い女の子って感じだったし、ガラフは記憶喪失中だしさ。戦闘は1人でやる覚悟してたから、心強いよ」

にこり、と笑っていったバッツに、レナはおしとやかで可愛い、と言う部分に軽く頬を染め、ガラフは苦笑する。

「たぶん、記憶がなくなっても体が覚えておるんじゃろう。戦おうと思ったら勝手に体が動いてくれるからな」

その言葉にバッツも頷いた。

「だろうなぁ。普通の人は1人で、あんな魔物の出る森には行かないだろうし。……ガラフも、旅人か何かだったのかな?」

普通の人。
バッツが何気なく言ったその言葉が、ガラフの心に引っかかった。

普通の人ではない……それは確かだ。

……何故なら自分は…………

「ガラフ!」

バッツの声にガラフはハッと我に返った。

……今、自分は何を考えていたのだろうか……

思い出そうとしても、もう、何も思い出すことは出来なかった。
普通の人、その言葉が心に引っかかったことすら、既にガラフの中から消え去っていたのだ。

「……何かぼーっとしてたけど、大丈夫か? 疲れたなら少し休むもうか?」

バッツの言葉にガラフが声を上げる。

「大丈夫じゃ。というか、老人扱いするでないっ!!」

そう怒鳴ったガラフにバッツは笑う。

「確かにそんな元気があるなら大丈夫そうだな。……だ・け・ど」

不意にバッツの姿が消え、次の瞬間、ドサリ、とスティールバットが落ちてくる。

「こんな所で大声だすと魔物がよってくるから、あんまり怒鳴らない方がいいと思うぞ?」

カシン、と剣を納めながら言ったバッツに、ガラフはバツが悪そうに苦笑いした。

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

(……ん?)

襲ってくる魔物を倒しつつ、黙々と歩き続けていた3人だったが、ふと、バッツが急に足を止めた。

「どうしたんじゃ、バッツ」

急に立ち止まったバッツにレナとガラフは訝しげな顔でバッツを振り返る。
けれど、バッツは答えない。無言で軽く目を伏せ、神経を研ぎ澄せる。周囲の気配を探る。
少しの間の後、バッツは顔を上げ、ふ、と視線を動かした。

「……やっぱり、人の気配がする」
「え?」

バッツは静かに呟くと、困惑している2人へと口を開く。

「2人共、そ~っとついてきて」

バッツは2人にそう言うと自身の気配を消し、足音を立てぬよう歩きはじめる。
2人は彼が何に対して警戒しているのか分からなかったものの、バッツの言うとおり、出来るだけ、足音と立てぬように歩き始めた。

(……俺の杞憂だといいんだけど)

そっと歩きながら、バッツは声を出さずに呟く。

(少し前から、洞窟内の様子が変わってるんだよなぁ。……明らかに人の手が加わってる。 忘れてたけど、こーゆー人目に付きにくい所ってならず者の隠れ家だったりするんだよなぁ …………精霊の導きだから、この先に風の神殿への道筋はあるんだろうけど。……でも、今は俺1人じゃない。2人には危険がないように気を付けないと、な)

石段を登りながらそう考えていると、人影が見え、3人は慌てて身を隠し、そっとその様子を窺った。
紫色のバンダナを被ったいかにもならず者という風貌の男に、バッツは自分の悪い予感が当たってしまったことに思わず、溜息をついた。

(俺達みたく、トゥールへの道を探して入ってきた旅人だといいな、と思ってたけど、 ……やっぱり甘かったみたいだな)

そう思いながら男の様子を窺っていると、男は洞窟の壁を何か探るように触っていく。……すると、いきなりゴゴゴゴゴ、と音がし、壁の一部から先へと続く道が現れる。男は慣れた様子でその奥へと消えていった。そして、また音を立てて、入り口はただの壁へと戻ってしまう。

「なるほどね」

仕掛け扉か。
そう呟きながら、バッツはちらりとレナとガラフの表情を窺う。

(……う~ん、この様子じゃあ、この先は危険かも知れない、とは言えない。……もとい、言っても聞き入れてもらえないだろうな。……まぁ、引き返してる時間もないだろうし、……ここで待っててもらって俺が先に行って様子を見る。……う~ん、でもそれだと、もし、俺がいない時に大量の魔物が出たら、逆に危険だし。…………やっぱり、3人一緒に、だな。俺1人なら、多少の無茶は出来るから、何かあったときは、2人に逃げて貰えば大丈夫か)

そこまで考えると、バッツは先程、男が触っていた壁に近寄り、先へ進むための仕掛けを探り始める。
それを見て、レナとガラフもバッツに近寄った。

「バッツ、どう? 開きそう?」

レナの問いかけに、バッツは苦笑して振り返る。

「分かんないけど、やってみる。……ちょっと待ってて」

そう言いながら、バッツは壁を探るように触っていく。
レナにはああ言ってみせたが、正直に言えば、この手のものに、バッツは慣れていた。
元々魔物の蔓延る洞窟で、そうそう人が来る場所ではない。それ故だろう。忌憚なくいってしまえば、隠蔽と仕掛けは大したものではない。バッツは即座に見つけてしまったし、レナやガラフが探っても、あると知っていれば、そこまで苦戦することもなく、見つけることが出来るだろう。
けれども、否、敢えて、バッツは、スイッチのある場所を触らないように、探っている振りをしていた。
男が仕掛けを作動させたとき、それなりに音が響いていた。
それはつまり、すぐに仕掛けを動かせば、男に気づかれる危険性があるという事だ。

…………十数分後。

(……そろそろ、開けても大丈夫かな? あの男の気配もかなり遠のいたし。仕掛けを作動させても、たぶん気付かれない……と思うけど。……まぁ、待ってる2人がもう、限界そうだしなぁ……)

先程から、そわそわしている2人を横目でちらりと見、こっそり息をつくと隠し扉を開く仕掛けを作動させた。

ゴゴゴゴゴ

ガゴン!といきなり姿を現した道に2人は歓声を上げる。

「やった、これで先に進めるのねっ!」
「全く、見つけるのが遅いぞバッツ」

ガラフの言葉に、バッツは苦笑いして謝る。

「ごめんごめん、なかなか見つからなくてね。……まぁ、開いたんだからいいだろ?」

そう言いながら、バッツは先の道へと足を進める。2人も慌ててバッツの後を追った。

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

「……あ」

暫く歩くと、不意にバッツは声を上げ、立ち止まる。
少し先に光が差し込んでいるのが見えたのだ。

「今度はどうしたんじゃ、バ――っ!」
「光っ! 出口についたのかしら」

急に立ち止まったバッツに声を掛けた2人だったが、彼らもすぐに光に気が付く。と、パッ!と顔を輝かせる。
そして、だっ、と駆けだした。
2人に置いて行かれた形となったバッツは苦笑すると、2人の後を追うため歩き出した。

ザザーン、ザザー……

波の音が聞こえる。
人一人通れる穴から外へ出ると、残念ながら道はなく。ただただ大海原が広がっていた。
そのことに、落胆の色を見せるレナとガラフだったが、ふと、レナが前方を見て声を上げた。

「バッツ! ガラフ見て!」

レナの指さす方を見て、バッツは軽く目を見開いた。無風なのにも関わらず、一隻の船が大海原を走っている。
方向からしてトゥールの方に向かっているように見えた。
トゥールについてもそこから風の神殿に行くには、山越えするか、船を使うかの2通りしかない。風が止まったことで船を使うのは不可能だと分かっていたので山越えをする覚悟だったのだが…………もしかしたら、と淡い期待と希望の光が灯る。
……と、同時にわき起こった疑問をバッツは口にしていた。

「……あの船、風もないのにどうやって船を動かしているんだ?」

……カルナック地方にある火力船、と言う奴だろうか?
風の有無に左右されない船がカルナックで発明されたという噂は聞いたことがあった。
しかし、あれは王家が所有しているはずで、そのため、こんな所に火力船があるとは思えない。

「……さぁ? ……でも、あの船に乗せて貰うことができれば、風の神殿に行ける」

期待と希望に満ちたレナの声にバッツとガラフは頷いた。

「そうだな」
(……もしかしたら、あの船に俺の探し人もいるかもしれないし、……な)

こそりと心の中でそう付け足し、3人は再び、洞窟の中へと入っていった。

襲いかかってくる魔物を倒し、黙々と先へと足を進めていた3人だったが、不意に大勢の人の気配を感じ、バッツは思わず足を止める。

「……バッツ?」
「あ、いや、何でもないよ。何か、物音がした気がして、また魔物でも来たのかと思って……まぁ、気のせいだったみたいだけど」

どうしたのかと声を掛けてきたレナに、バッツは内心慌てつつも、笑みを浮かべ、そう言い訳をする。
その言葉に納得したのか、レナは微笑するとまた歩を進め、バッツも周りの様子、音、気配に気を付けつつ歩き始める。

(……さて、一体何が出るやら。さっきの男といい、この洞窟といい……ろくなもんじゃ無いと思うけど、とにかく、警戒だけはしておかないとな)

身を引き締め、そう決意するのとほぼ同時。3人は拓けた空間へと辿り着いた。
明るく、潮の香りのするその空間、3人の目に映ったのは大きな布。その布には、大きく目立つようにドクロの絵が描いてある。いわゆる、海賊旗、というやつだ。あちらこちらに海賊と思われる男達が見えて、慌てて3人は身を隠す。ざわざわとお頭が帰ってきたぞ、とか、料理はまだか!などの声が聞こえてくる。どきどきと胸が鳴るのを抑えつつ、3人は顔を見合わせた。

「ここは……海賊のアジト?」

レナの言葉にバッツは頷く。

「みたいだな。お頭が帰ってきたとか言ってたから……さっき見た船は海賊船だろう」

そう言ってバッツは溜息をついた。その様子を見ながらレナがゆっくりと口を開く。

「……乗せて、もらえないかしら?」

その爆弾発言にバッツとガラフは目を見開いた。2人の反応を見て、レナが小首を傾げる。

「だめかしら?」
「ダメってゆーより、無謀だろう。相手は海賊だぞ?」
「……でも、頼んだら乗せてくれるかも」

そんな事を言うレナにバッツは思わず額を抑える。

「……レナってさ、たまにものすっごい天然な事言うよな……」
「そうかしら?」
「そうだってっ。海賊に話が通じるとは思えない。仮に交渉できたとしても、無理難題ふっかけられるのが関の山」

そう言ったバッツに、ガラフは何事か思案する。
そして、レナ以上の爆弾発言を落とした。

「ならば、こっそりいただくとするか」

その発言にレナとバッツは目を見開く。

「……ガラフ、意外と大胆だな」

驚き半分、呆れ半分で言ったバッツにガラフが笑う。と、レナが戸惑いがちに口を挟んだ。

「……でも、それじゃあ、泥棒になっちゃうわ」

レナの言葉に、思わず2人は黙り込む。

(いや、確かにそれはそうなんだけどね。……っとに、何かレナってどっかずれてる所があるよなぁ)

実は人のことを言えないバッツなのだが、そんなことは微塵も気付かず、そんなことを考えてしまう。

「……レナ、今はどうやって風の神殿に行くか、が問題だろ?」
「あ、そうだった。……つまり、緊急事態だから、多少の悪事は見逃せってことね」
「…………あ~……まぁ……うん。……ソウイウコトニシトイテクダサイ」

バッツはそう言うと辺りの様子を窺う。ざわざわと海賊が忙しなく行き交っている。

「……このまま行こうとしたら、間違いなく船に着く前に見つかるな」

バッツの呟きにレナとガラフは頷いた。

「……確かに」
「……居眠りでもしてくれれば、ありがたかったんじゃがの~」

居眠り。
ガラフの言葉に、バッツはハッと顔を上げた。

「そうだ。その手があった」
「え?」
「バッツ?」

何かを思いついたらしい。バッツの言葉に、2人は声を上げた。
が、バッツは何も答えずに、ごそごそと自分の荷を漁ると、小さな布袋を取りだした。

「バッツ、何かいい考えでも浮かんだの?」

わくわく、と期待に満ちた瞳で聞いてくるレナに、バッツは我に返る。
自分1人なら迷わず使っていた手段。けれど、それは他人の前では使わないと決めていたもの。それを、レナとガラフがそばに居るのを理解していて、選択肢にあげた自分が信じられなかった。

(……なに、を、しようとしてたんだ俺は。……他人のいる前であれ・・を使おうとするなんて……)

「バッツ?どうしたの?」

不意に動きを止めたバッツを不思議に思ったらしい。レナが声を掛ける。
そんなレナの言葉を聞きながら、バッツは即座に他の方法を考える。
けれど、結論が出るのは早かった。

(……だめだな。この方法じゃないと……何事もなく船に辿り着くことは出来ない)

ならば、やるしかない。
覚悟を決めるため、深く息を吐く。そして、何でも無い顔をして、レナとガラフを見返した。

「何でもないよ。ちょっと……覚悟を決めただけだから」

バッツの言葉に、レナとガラフは首を傾げる。
自分がこの2人にとって意味不明なことを言った自覚はある。故に、バッツは苦笑すると、持っていた小袋の中身を自分の手のひらに移す。
さらさらと白い粉がバッツの手のひらで小さな山を作る。

「バッツ、それは何?」
「あ、吸い込まないように気を付けろよ? ……これは眠り粉。……まぁ、即効性の睡眠薬ってところだな」

そう言うバッツにレナは目を丸くする。

「それ、どうするの?」

その言葉にバッツはニッと笑ってみせる。

「眠らせるんだよ。海賊たちを。……気付かれないようにな」

その言葉に2人は目を見開いた。

「そんな事、どうやってするんじゃ?」

誰にも気付かれずになんて、出来る訳がない。
そう2人の顔に書いてあるのを見て、バッツは安心させるように笑ってみせる。
その裏で、キリ、と心臓がきしんだ音を立てた気がした。

……本当は、……この力を他人には知られたくなかった。

……今からでも遅くない、ヤメロ、と心のどこかが叫んでる。

幼い頃の記憶が過りそうになるのを、振り払う。

(……う~ん、トラウマがこれ程ひどいとはねぇ。……もう、あれから十数年たってるってゆーのに)

自分の心に内心苦笑しつつ、バッツは口を開いた。

「まぁ、いーから見てなって」

そう、にこり、と笑ってみせる。と、バッツは静かに、瞳を閉じた。

次の瞬間、バッツを中心に、ふわりと穏やかな風が発生する。止まったはずの風を感じ、レナとガラフは目を見開いた。
そっと、バッツが瞳を開く。
何か、見えないものを誘導するかのように視線を動かして、そして、眠り粉を見つめる。
すると、風が意志を持ったように、バッツの手の上にある眠り粉を攫っていく。さらさらと粉が風にのって海賊たちの元へ運ばれていく。
どさり、どさり、と人の倒れる音が聞こえた。
粉を吸った海賊たちの倒れる音だろう事が見守る2人にも分かった。

そんな不思議な時間は、ふぅ、とバッツが大きく息を吐いた事で終わりを迎える。

「……たぶん、これで大体の奴は眠ったと思うよ。少なくても、今、ここら辺を行き来してる海賊は眠らせた」

そう言ったバッツに呆然と夢のような光景を見ていたレナがハッと我に返る。

「バッツ、今のは何? 魔法??」
「そうじゃ、一体どうやったんじゃ?」

2人は口々にバッツに問う。
その瞳に負の色がないことに、バッツは無意識のうちに安堵の息を吐いた。

「あれは……俺の特技、かな? 風を操ること、できるんだ。……どうやっているかは、自分でも、よく分からないんだけどね。……ただ、できる・・・ってだけで」
「へ~」
「さて、おしゃべりはこのぐらいにして……船、貸して貰おっか」

にこり、と笑って言ったバッツに、2人は力強く頷いた。

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

海賊達が眠ってくれているおかげで、3人は簡単に船に乗り込むことが出来た。

(……見た目は普通の船と変わらないな。本当に、この船が風のないこの状況で動くのか?)

ちらり、とそう思ったが、自分達は実際にその様を見ている。
故に、すぐにその考えを打ち消して、バッツは舵を取った。

「よ~し、出発だぁ!」

自分に気合いを入れる意味も兼ねて、そう声を上げ、船を動かそうとする。
が、船は全く動き始める気配がない。それを訝しげに思ったガラフが口を開く。

「バッツ……どうしたんじゃ?」

その言葉に、バッツは手を止めると、大きく息を吐き出した。

「……見た感じ、普通の船を同じだったからさ。やってみたんだけど……だめだ。……全然動かない。どうなってるんだ? ……どこかに、特殊な仕掛けでもあるのか?」
(……それとも、本当に探し人・・・がいるのか?)

ざわざわと、期待にバッツの胸が騒めく。その時だった。

「何してる!!」

その場に響いたのは、空気を切り裂くような鋭い声。3人はバッと振り返る。
そこには、海賊船へと駆け込んでくる海賊たちの姿があり、バッツは内心舌打ちした。

(ちっ、やっぱ、あの量じゃ全員眠らせることが出来なかったか)

バッツ達を海賊達が取り囲む。
侵入者である3人見渡して、バッツの正面に位置取った青年が声を上げた。

「俺の船を盗もうとはずいぶん大胆な奴だな」

赤みがかった紫色の長髪に翡翠のような瞳。バッツと同じか、それより上の身長で、整った顔立ちの青年だった。
海賊たちの様子からして、彼が頭なのだろう。

(……いくら、海賊とはいえ、人に剣を向けるのは、出来るだけしたくない。でも、2人を庇いながらじゃ、圧倒的にこっちが不利。……2人だけでもどうにか逃がさないと)

バッツが油断なく構えながら考えを巡らせる。と、凜と瞳に強い光を宿したレナがバッツの前に出る。華奢な女性だと言うのに、怯むことなく、海賊と対峙する。
その行動に、バッツは目を見開き、慌ててレナを庇う為に足を踏み出そうとした瞬間、よく通るレナの声が響いた。

「私は、タイクーンの王女、レナ。勝手に船を動かそうとしたことは謝ります」

すっと背筋を伸ばし、立つその姿は、まさしく王女、といった気品があり、バッツとガラフは目を見開いた。

「王女……」
「……様っ!?」

目を見開く2人をよそに、レナは海賊へと訴えかける。

「お願いします、船を貸して下さい! 風の神殿に行かなければならないんです! お父様が、……お父様が危ないの!!」

レナの必死の訴えに海賊の頭は面白そうに笑った。

「へぇ~、タイクーンのお姫様かい、こりゃあいい金になりそうだぜ!」

その声を合図に、素早く間を詰めた海賊たちがレナを取り押さえる。

「レナ!」

思いもしなかったレナの正体に気をとられ、反応が遅れた。反射的に声を上げ、バッツは、ギリ、と奥歯をかみしめた。
こちらにも海賊たちが向かってきている。
一瞬、抵抗することも思い浮かんだが、既にレナが捕らえられている。自分が抵抗することで、彼女に危害が加えられるのを危惧し、結果、バッツは抵抗することなく、海賊に捕らえられた。強くバッツを縛り上げた海賊の1人が、バッツの顔を見、軽く目を見開く。

「へ~ぇ、よくよく見ればキレーな面したねぇちゃんだなぁ。これなら高く……」

海賊の言葉が最期まで続くことはなかった。

ドゴッッ!!

腕を縛られ、バランスが取りにくいというのに、海賊の顎を蹴り上げ、吹っ飛ばしたのだ。 もし、この場にボコがいたなら聞いていただろう。“ねぇちゃん”という発言を聞いた瞬間、ブチッと言う音がバッツから聞こえていたことを。

「俺は男だぁ!!! ……っ!」

そう叫ぶのとほぼ同時、ものすごい力で腕を掴まれ、そのまま捻りあげられて、バッツは顔を顰める。

「はいはい、大人しくしてろよ。でもって、うちは、人身売買はご法度だろーが。ちょっかいかけてみたくなったのは分からなくねぇが、せっかくわざわざ大人しく捕まってくれたっつーのに、挑発してんじゃねぇ。」
(……まぁ、俺もコレが男だってゆーのは、今のセリフで初めて分かったんだけどな。 ……っとに、中性的な顔してるよなー……)

バッツの耳元から聞こえた声からして、今自分を押さえつけたのは頭のようだ。

(……細いっつーのに、どっから出してんだよ、その馬鹿力)

お頭ぁ、こいつ気絶してますー、という海賊の言葉を聞き流しつつそう思ったその時。感じた“風”にバッツは僅かに目を見開いた。

(! ……こいつ……)

それと同時、レナが悲痛な声を上げた。

「お願いっ! 風の神殿に連れて行って!!」

捕らわれてもなお、そう言い募るレナ。そう叫んだ弾みに、服の中に入っていたペンダントが外へ飛び出る。
一見シンプルなペンダント。それを見て、何故か頭は目を見開いた。

「……そのペンダントは……」

驚いたように呟かれたその声は、本当に小さく、抵抗しないよう、押さえつけられていたバッツにしか聞くことは出来なかった。
数秒、頭は押し黙ってから、海賊に命令する。

「そいつらを牢屋にブチこんどけ」
「へいっ!」

頭の言葉に海賊たちはレナとガラフを引っ立てる。と、同時、バッツもグイッと体を引っ張られ、思わず声をあげた。

「うわっ」
「また暴れられると面倒だからな。お前は俺が直々に連れてってやるよ」

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

「まいったのー、一体誰じゃ! 海賊船を盗むなどと言い出した奴は!!」

縛られたまま、船内の牢屋に放り込まれ、ガラフはそう声を上げた。
バッツはそれに溜息をついて答える。

「何言ってるんだよ。ガラフだろう?」

その響きには多分に呆れが含まれており、それを聞いたガラフがうっ、と呻く。

「うっ……頭が痛い! 記憶喪失じゃ!」
「まったく、都合のいい記憶喪失だな」

苦笑してそう言うと、バッツは壁に体を預ける。
船が揺れている。自分たちが牢に入れられてから、すぐに船が動き出したようだった。

(本当に、どうやって動かしているんだろうな。……とそれよりも先にどうやって逃げ出すか、か。ま、こんな事は前にもあったから何とかなると思うけど)

以前、1人旅の中、乗っていた船が海賊船に襲われたときの事を思い出しつつ、バッツは袖口に仕込んである小さなナイフを取りだし、自身を戒める縄を切り始める。小さな刃を3分も動かしつづけると、ぷつん、と縄が切れる。それを軽く細工して、傍目にはしっかりと結ばれているように見えるようにする。

(……今できるのはこのぐらいか……)

あとは、これからの海賊の行動次第で自分の行動も決まる。
バッツは息をつくと、ナイフをまた袖口に隠し、レナの方を向いた。

「……それにしても驚いた。……レナがタイクーンの王女だったなんて……」
「ごめんなさい、隠すつもりはなかったの」

素直に謝罪するレナにバッツはふっと微笑する。

「謝らなくて良いって、怒ってるわけじゃないし……むしろ納得したよ。風の神殿にはタイクーンの王族か、神官ぐらいしか入れないはずだったからな。……でも、どうして1人で風の神殿に?」

バッツの問いにレナが俯く。

「……お父様が風の神殿にいるの。風が止まって……何か、良くないことが起きようとしている。……私、1人で城を抜け出して……そうしたら、空から隕石が……」
「……で、気を失った所を俺が助けたって訳か」

その言葉にレナはこくりと頷いた。

「……何か、良くないことが、か。人間に感じられるほどの異変……人間よりも数倍感覚の鋭い精霊が俺を呼び出す訳だ。どーやら、俺の予想以上にヤバイ状況らしいな」
「え?」

小さく呟かれたバッツの言葉にレナが声を上げる。それにバッツは慌てて口を開いた。

「いや、何でもない。あ、そう言えば、レナ」
「なに?」
「レナってさ、姉妹とかっている?」

「え?」

突然のバッツの問いにレナは目を瞬かせた。が、ふっと、表情を曇らせる。

「……一応、姉さんがいたわ。でも、今はいない」
「あ。……悪ぃ」
「うぅん、いいの。……でも、バッツ何で急にそんなことを聞いたの?」

小首を傾げて問うレナに、バッツはバツが悪そうに笑う。

「いや、……ちょっとした好奇心だよ。……さて、寝られる状況じゃないかもしれないけど、そろそろ、寝た方がいい。明日に備えて……ね」

バッツの言葉にレナは一瞬目を見開くが、すぐに笑うと力強く頷いた。

「えぇ! そうするわ。ガラフも……」

ガラフにも声を掛けようとしたレナだったが、彼を見て、思わず言葉を止める。
目に入ったのは、いびきを掻いて眠っているガラフの姿。2人に沈黙が落ちる。

「……ガラフって」
「……うん、ものすっごい、大物だよな」

2人はそう言って苦笑しあったのだった。

  fin

あとがき
な、長かったorz
……待っててくれた方、どのくらいいるかどうかは分かりませんが、 大変お待たせいたしました^^;;
……てか、ファリス出てきたケド名前出てないしー。 伏線が大量に入って……これからもまだまだ大量に入るってのに …………ちゃんと伏線全部拾えよ自分;;
……ま、まぁ、きっと、というか、確実に亀足更新だと思いますが、 見捨てずにいてくれると嬉しいです 。


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