【お題:アインブロック(公害・スチーム・フリップザコイン)】

「なぁなぁ、良いだろ~?」

軽薄で馴れ馴れしい声が、往来に響く。プロンテラ大通り、いくつもの露店が立ち並び、様々な人が行き交うその一角で、1人の青年が、とある女性へとしきりに声をかけているようだった。

「あの、困りますっ」

眉を八の字にし、そう口にするのは、淡い銀の髪に濃い水色の瞳のアルケミストだった。露店中だったのだろう。彼女、シアンの足元には綺麗に並べられたポーションや収集品が並べられていた。

「買い物をするなら、ともかく、そんな事言われても、困るんですっ」

青年の方は、普通のありきたりな服装をしている事から、非冒険者であると思われる。が、非冒険者であっても、ポーションなど購入制限がないものであれば、露店からでも問題なく購入できる。普通に商会から買うよりも安い事が多いため、非冒険者も露店を利用する者は普通に居る。始め、ポーションを見たいと男に声をかけられた時はそれかと思ったが、どうやらナンパが目的だったらしい。並べてある商品を見るのもそこそこに、どこに住んでるの、やら、いつまで露店やるの、だの、しきりに声をかけてきて、しまいにはこれから一緒に食事でも、だ。

「俺、いい店知ってるんだ。特注のスチーム機を使ってる蒸し料理のお店。ヘルシーだから、キミみたいな子でも安心だろー?」
「だからっ、私っ、露店中なんですっっ」
「畳んじゃえばいいじゃん。珍しいもの置いてる訳じゃないんだから、同じ物を売ってる露店は他にもあるだろ? キミが露店閉めたって誰も困らないって」
「私が困るんですっ」

青年の言葉にシアンは反論する。しつこい男に、ハエか蝶の羽を使って逃げたい衝動に駆られるが、露店中で商品を広げてるため、それも出来ない。困り切り、じわりとシアンの視界が揺らめく。ぅー、と小さく声を漏らしたアルケミストに、青年は仕方なさげに息をついた。

「はぁ。仕方ないなぁ……じゃあ、こんなのはどう?」

仕方ないと言うのなら、素直に帰って欲しい。そんな視線を完全にスルーし、青年が取り出したのは1枚のコインだった。

「簡単な賭けをしよう。コインを投げるから、その裏表を予想するんだ。で、キミの予想が当たってたら、その時は、俺は諦めて寂しく1人ご飯とするよ」
「わ、分かr――」

それで、素直に諦めてくれるなら、と、青年の言葉に頷きかけた、その時だった。

「――止めておけ」

聞き覚えのない、低い声がその場に響く。反射的に声の方へと振り返れば、そこに居たのは、1人の男性だった。シアンよりもずっと濃い、灰色に近い銀の髪に、リベリオンである事を示す職業服を身に纏っていた。男性の紅と蒼のオッドアイと、シアンの名前通りの色合いの目が合う。

「止めておけ」

繰り返し、男性は言う。

「そりゃ、イカサマみたいなもんだ」
「は? あんた、急に会話に割り込んできて何を――」

剣呑な目を向け、言う青年に、男性は厳しい視線を向ける。

「お前、今は私服のようだが、ガンスリンガーだろう」

立ち振る舞いで分かる。と断言し、男性はシアンへと視線を移し、言う。

「ガンスリンガーのスキルに、フリップザコイン、ってのがある。ガンスリンガーにとっては、銃の扱いの次に基本中の基本、と言っていいそのスキルは、とある特殊なコインを使う。その効果を発揮させるためのトリガーは、まぁ、ざっくり言えばコインを弾いて表を出す事だ。となると、自然とガンスリンガーはコインの扱いには慣れててな。つまり、どういう事か、嬢ちゃんにも分かるだろ?」

男性の言葉に、こくりと頷く。狙った面を出せるのなら、確かにそれは、細工もなにもしてなかったとしても、イカサマに限りなく近いものだ。少なくとも、賭けになる、していいものではない。

「てっめ、余計な事言ってんじゃ――っ」

眉を吊り上げ、声を荒げる青年だったが、その声はひゅっと、吸い込んだ息と共に飲み込まれる。予備動作なく、それこそ手品か何かのように、いつの間にか銃を手にしていた男性に、それを突きつけられたが故の反応だった。

「往生際が悪い。往来ではた迷惑な事しでかしてる上に、銃を扱うためのスキルを、んなくだらん事に利用するような公害、今すぐ駆除してもいいんだ。なぁに、殺しゃしねぇよ。せいぜい利き腕1本吹っ飛ばす程度だ」

絶対零度の眼差しを向け、男性が殺気を滲ませた、その時だった。

「ああああのっっ! すみませんっ、そんな物騒なこと、しないでくださいっっ」

その慌てたシアンの声に、言葉に、男性は瞠目する。

――「だぁぁぁっっ!! カラルさん何してるのっ!? ストップ!! んな物騒な事しないっ!!」

もう、聞くことのない懐かしい声が、男性、カラルの脳裏を過った。
一拍の沈黙。
小さく息を吐いて、カラルは、青年を睨めつける。

「――今なら、見逃してやる。その汚い腕吹っ飛ばされたくなかったら、とっとと失せろ」

その恫喝に、青年は短い悲鳴を漏らし、脱兎のごとく逃げていく。その様を不機嫌そうに見送り、けっ、と声を吐き捨てたリベリオンに、シアンは恐る恐る、声をかけた。

「あ、の……」
「ん?」

胡乱気に、こちらへと振り返った紅と蒼の瞳に、シアンは小さく肩を跳ね上げた後、深々と頭を下げた。

「あのっ、助けてくれて、ありがとうございましたっ」

その言葉に、何故か、カラルは、ぱちりと、瞬く。

「あァ……そっか、一応、助けた事になんのか」

己の首に手を当て、何故かそんな事を呟くカラルに、シアンも小首を傾げた。その時だった。

「あれ? 師匠?」

そんな、見知った声が響いたのは。
反射的にそちらを向けば、そこに居たのはシアンの予想通りの人物だった。緑の髪に、翡翠色の瞳。すらりとした細身の体躯に纏うのは、ガンスリンガーである事を示す制服。それは紛れもなく、同じ冒険者アカデミーに通う後輩であり、友人のソナタだった。
ぱたぱたと真っ直ぐにこちらへと駆け寄ったソナタは、そこで、シアンに気づいたらしい。その翡翠色の目を丸くして、シアンを見る。

「あれ? シアンさんも一緒なんだ。師匠の知り合いだったの?」

珍しい。と言うソナタ。その珍しい、とは、何に対しての言葉なのだろうかと、疑問に思いつつも、シアンは緩く首を振り、ソナタの問いを否定する。

「うぅん。今ね、ちょっと、助けてもらったの」

その言葉に、ソナタはぱちり、と瞬く。

「助けてもらった? 師匠に? ここで? 枝テロでもあった?」
「え? ないけど……?」

どうして枝テロという単語が出てきたのだろう、と首を傾げるシアンを横目に、師匠と呼ばれた男性はため息をつく。そんな様子に気づいていないのか、気づいていてスルーしているのか。ソナタはだって、と声を上げる。

「命の危険でもない限り、師匠、基本的に我関せずだよ? ホントに珍しい」
「ちょっと、しつこく声をかけてくる人がいてね。それを、追い払ってくれたの」
「別に、助けた訳じゃねぇから、礼を言う必要はないんだがな」

やれやれ、と言わんばかりのカラルに、ソナタは、また、瞬きを1つ。

「あー……もしかして、その、しつこかった人って、銃を使う人?」

「うん。私服だったから、私にはわからなかったけど、ガンスリンガーだって、師匠さん、言ってたから」

ソナタちゃんと同じだねぇ、なんて言うアルケミストの言葉に、ソナタは納得の息を吐く。

「あー……なるほどぉ。だから、師匠が手を出したんだ」
「え?」
「んっとね。師匠って、とーっても銃が好きなの。だから、ボクにも色々たくさん、教えてくれたんだけど……銃が大好きだからね? 銃を使ってクダラナイワルイコトしてる人が大っ嫌いなんだって。だから、単純にケンカ売り……ケンカ? 成敗?? しただけだと思う」
「駆除だ駆除。あんなんに使われたら、せっかくの銃が哀れだろ」

当然のようにそう口にして、もう1度、だから別に嬢ちゃんを助けた訳じゃない、と言う。

「もー。師匠ってば、シアンさんが助かったなら良かったけど、だからって……」

そんなカラルにソナタは何かを言いかけ、ふと、不意に、辺りを見回す。きょろきょろと、何かを探しているかのような仕草に、シアンは小首を傾げた。

「ソナタちゃん、どうしたの?」
「いや、騎士団の人も、そのセウトな人も居ないなー、って思って」
「せうと?」

ソナタの言葉は、更によくわからないもので、シアンは、こてり、と更に首を傾げる。

「騎士団の人? なんで? それに、困った人が居ないのは当然だよ? 私、師匠さんが追い払ってくれた、って言ったじゃない」

その言葉に、ソナタは翡翠色の目をまん丸に見開いてから、バッと男性の方へと振り返る。

「師匠、今回騎士団沙汰になってないの!!?」

心底驚いたという表情で声を上げるソナタ。発言したその内容の物騒さに、シアンの口から、ぇ、と小さな声が転がり落ちる。

「師匠、そーゆーとこ、すごく過激っていうか、脅しが脅しじゃなくって、有言実行っていうか……だから、師匠が、そーゆー事すると、騎士団沙汰になる事の方が多いんだよね。ただ、でも、師匠がそーゆーコトする相手ってなんでか、皆、悪いコトしてるケド、被害者の人が泣き寝入りしてて、知られてなかったり、怪しいけど証拠がなくって、捕まえられない、みたいな、ほぼほぼ黒なグレーの人なんだって。調書? だっけ? 話色々聞くと、結果的に、そーゆーコトが判明して、だから、いっつも、罰金くらいで済んでるみたいだけど」

そう言って、1つ息を吐いてから、ソナタは、どこか心配そうに、シアンの顔をのぞき込む。

「シアンさん、ホントに大丈夫だった? シアンさん、ケンカとか、そういうの、苦手だって、聞いたよ?」

そう声をかけるソナタに、シアンは微笑む。

「うん。大丈夫。……まぁ、確かに、ちょっと怖かったけど、でも、お願いしたら、止めてくれたから、怖い事は起きなかったよ」

その言葉に、ソナタは目をまん丸にしてから、心配そうな視線を、今度はカラルへと向けた。

「師匠……大丈夫? 変なものでも食べた? それとも、頭でも打った??」
「おい」

眉間にしわを寄せ、カラルはぐわし、とソナタの頭を掴む。

「なァに、ふざけた事言ってやがる。頭の中身、どこに落として来やがったんだ。あ?」
「み゛ーーっ!! 痛い痛いっ! 師匠頭つぶれるっっ!!!」

暴力反対ーーっ、と喚くガンスリンガーを、ぺいっと放して、リベリオンは息をつく。

「くだらない変な事を言うからだろーが」

自業自得だと、にべもなく言い切り……そして、そんな師弟のやり取りをあわあわと見ていたシアンへと、ふと視線を向けた。

「そういや、止めてくれて、ありがとな。嬢ちゃんの言葉で、久々に懐かしい声を思い出した」

少しだけ口の端を上げ、穏やかな声で、そう紡いだカラルに、シアンはぱちり、と瞬く。

「いえ、あの……私が止めてほしかっただけなので……こちらこそ、ありがとうございました」

そう言って、再度頭を下げたシアンを見て、次いでカラルへと目を向け、ソナタは微かに目を見張る。

「師匠……?」

それは、ソナタにとって、見慣れない表情だった。まるで、友人越しに、懐かしい何かを見ているかのような。そんな様子を見せるカラルに、思わず、そう声を零せば、じろり、と紅と蒼の視線が向けられる。

「あ?」
「な、なんでもないっ」

カラルの声に、藪蛇の気配を察知したソナタは、慌てて首を横に振る。それを胡乱気に見遣ってから、まァいい、とカラルは首の後ろを掻く。

「……いい機会だ。付いてくんなら、久々に見てやるが……どうする?」

そうして言われた言葉に、パッ、とソナタの瞳が輝いた。

「いいの!? 行くっ!!」

嬉しそうに笑って即答するソナタ。そんなガンスリンガーに軽く頷き返してから、カラルは、シアンへと視線を向ける。

「嬢ちゃんはどうする?」
「えっ?」

こちらへも、声がかけられるとは欠片も思ってなかったシアンの声が跳ねる。

「獲物が違うから、ちゃんとは見てやれねぇが、ついでに軽く見るくらいなら、構わん」
「えっと……」

どう答えたものかと、言葉を探すシアンに、ソナタは苦笑して、言葉を添えた。

「単純に、一緒に狩り行かない? って事! 職が違うから、専門的なアドバイスは出来ないけど、簡単なアドバイスとか、軽い護衛くらいならしてくれる、って」

にこっと笑って、そう男性の言葉を意訳してから、ソナタは、少し真面目な顔になって、こそりと、囁く。

「――あとね、師匠、たぶん、心配したんだと思う。ボクは見てないけど、その、さっきのセウトな人、逃げてった、って事は野放し、って事だから。後で、師匠が居なくなった後、また、ちょっかいかけに来たら、危ないな、って事だと思う。だから、気が乗らないなら、無理に来なくてもいいけど、その場合は、今日の所は露店畳んで、帰った方が良いと思う」

で、日を改めて、次に露店するときは、ちょっと場所も変えた方が良いかも、と言うソナタに、シアンは軽く目を見張り、ソナタを見返す。次いで、カラルへと視線を向けた。

「あの……」
「ん?」
「その、よろしくお願いします」

そう言って、頭を下げたアルケミストに、カラルは微かに口元を緩めた。

「ただのついでだから、気にすんな。んじゃ、2人とも、待っててやるから、準備しろ」

ぶっきらぼうではあるが、温かい言葉に、シアンはほっと息を零す。

「はいっ」
「はいっ! 師匠ー! どこ行くの? それによって、準備が変わりますっ」

しゅばっ、と手を上げ、言ったソナタに、カラルは、そうだなぁ、と少々思案した後、口を開き、行き先を決めるそれを聞きながら、シアンは露店の片付けを始めるのだった。

fin

あとがき
さくっと、お題。あんまり動かさない面々を書けたので、結構楽しかったです。
っていうか、と、お題を見てぽやぽやしてたら思いもしなかった、縁が出来た……。と、ちょっとびっくりしてた、中の人。お題、面白いね!! また、やりたい。
ちなみに、この後は、ソナタ、シアン、カラルの3人で、どこか狩りに行く感じ。どこに行くかは考えてないけど、まー、カラルがいるし、どうにかなるでしょう……w
で、シアンって半戦闘ケミで、確か、Agi多少上げてたはずなので、そこそこ動けるのを見たカラルが、軽く回避職の立ち回りっていうか、動きのコツ?みたいなのを教えてたりしそう。
「……師匠。師匠は、避けるのダメなのに、なんで、そーゆーのは色々知ってるの?」
「あー……昔、一時期組んでた嬢さんらがな、皆すばしっこいのばっかでな。話だけは色々聞いてんだよ。……あー、いや、皆、じゃねぇな。あの兄妹は、あんまし……妹は完全からきしだったし、あいつも、俺よりは動けたが、でも、そこそこ程度だったっけな……」
みたいな。
カラルの昔の仲間=ヴィレ、リーベ、柚は、アエル、ルカンだったり。ルカンはローグだったんで当然、アエルも結構、柚葉もそこそこAgi上げてたから。……もしかすると、柚葉とヴィレだと、ヴィレさんのがAgiあるかもなんだけど、柚ちゃん、空蝉持ってるから、戦闘見てての印象だと、柚葉のが避けてる印象になるんだよねーっていう。


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