ある日の昼下がり、シアンとクルトはゲフェンの町を歩いていた。
いつもならば、ガーニンの元で教えを受けているシアンだったが、本日は彼が不在のため、予定がない。ならば一緒に狩りに行って見ないかとクルトが提案したのだ。とは言え、2人はまだ冒険者として経験が浅い。
そのため、とりあえず、ゲフェンの東方面に行ってみようと2人で歩いていたその時、ふいに、1人の男性が立ちふさがった。白い髪に、光の加減で蒼にも見える黒い瞳。アサシンの衣服を纏った人物はすっとクルトを見、口を開いた。
「クルト・シャルロッテだな?」
問いかけというよりも、確認に近い問い。
シャルロッテ、その単語にクルトの表情が不機嫌そうな物に変わる。
「その名前で、呼ばないでくれる? それはもう捨てた名前。非常に不愉快だわ」
その声は、冷たい怒りを内包したような声色で、そんな彼女を初めて見たシアンがおろおろとクルトを見、そして突然現れたアサシンを見上げる。そんなシアンに構わず、クルトはアサシンを見返した。
「それで? 私に何のよう?」
棘のある声でそう問うクルトに、アサシンは表情を変えることなく、淡々と答える。
「依頼を受けた。お前を連れ帰るようにな」
その言葉に、シアンは目を見開き、心配そうにクルトを見る。対して、クルトはす…っと目を細めた。
「へーえ。あの人たち、冒険者のこと、訳の分からない物なんて言ったくせに、結局その訳の分からない物に頼ったんだ」
真冬のように冷たい声で呟く。
「……で、戻るか?」
クルトの様子に全く頓着せず、そう問うアサシンにクルトが吐き捨てるように答えを返した。
「誰が戻るものですか。私は二度とあんなとこに帰る気はないわ」
怒りと嫌悪が入り混じった表情を隠しもせずにそう言い捨てると、クルトは相手の表情を見る。
ぎゅっと杖を持つ手に力が入った。
そのアサシンはクルトを家に連れ戻すよう頼まれ、そして、クルトは家に帰ることを拒否した。
なら、相手が次にどんな行動を起こすか、想像がつかないほど馬鹿ではない。
しかし、相手は2次職。1次職……しかも、経験の浅い自分ではとても太刀打ちできないだろう。
ならば、どうやって逃げるか。
隣にいるシアンに目配せする。互いに小さく頷き合って、じっと相手の出方を窺った。
アサシンが、ふぅ、と1つ息をつく。
「そうか……なら」
2人はザッ、と警戒の態勢をとる。目の前の人物が何をしてきてもいいように。すぐに逃げ出す事ができるように。
しかし、アサシンの言葉は2人が想像していなかったものだった。
「…帰るか」
「え?」
「……はい?」
コキコキと首を鳴らし、そう呟いたアサシンに、2人は呆気に取られる。
思わず間の抜けた声を上げてしまった2人に、アサシンは些か不思議そうな顔をする。
「どうかしたのか?」
「……どうかしたって……普通、そこは、なら力ずくで~的な流れになるもんなんじゃないの?」
脱力してそう言うクルトに、アサシンは不思議そうな顔をしたまま問いかける。
「無理矢理連れ帰って欲しかったのか?」
どこかずれた問いかけに、微妙な気持ちになりつつも、クルトはぶんぶんと首を横に振る。
「まさかっ!」
「なら、別にいいだろ」
事も無げに言うアサシンに、シアンが小首を傾げ、問いかける。
「でも、お兄さん、さっき依頼って言いましたよね? クルトちゃんを連れ帰るのが依頼なら、これって依頼放棄又は失敗って事になるんじゃ……?」
その言葉に、アサシンは面倒くさそうに頭を掻く。
「あ~……、確かにそうなんだが、あんなはした金じゃ、この街ん中、無理矢理事を起こしてまで依頼達成しても割に合わん。ターゲットに接触して軽く帰るように伝えるくらいで十分だ。……依頼人がケチだったのに感謝すべきかもな、お前ら」
小さく笑って言うアサシン。
彼の言葉は、クルトを無理矢理連れ帰るに相応の依頼料であれば、違った展開になっていたということで……確かにそのアサシンの言う通りかもしれないと、脱力しつつも、思考の片隅で考える。
それじゃ、と言ってアサシンは2人に背を向け……数秒そのままでいてから、くるりと振り向き、クルトを見る。
その意味不明な行動に、2人は揃って首を傾げた。
「あの……?」
どうかしましたか、と問いかけるシアンを無視し、何事か考えるようにアサシンはクルトを見、口を開く。
「そーいやお前、頭装備してないのか」
アサシンの言う通り、クルトの銀の頭には何もない。
その言葉は、クルトにとってあまり突かれたくはないもので、ぷいと顔を背けた。
「別にいいでしょ。まだ転職したてで、頭装備にまで手、回す余裕ないんだから」
そう言うクルトに、アサシンはそうか、なら丁度いいかな、と1人呟くと、2人に少しそこで待っていろと言い置いて、姿を消した。
唐突なアサシンの行動に2人は顔を見合わせる。どうする?と話しつつも、何となく悪人ではなさそうだと感じとっていたため、言われたとおり、待ってみる事にする。
と、数分後、アサシンは戻ってくるなり、クルトに何かを放り投げた。
「わっ」
軽い驚きの声と共に反射的にキャッチしたのは星型の飾りがついた暗い色の帽子。
何これとクルトはまじまじと受け取った帽子を見る。手に伝わる感覚から、何となく、それがただの帽子ではないことが感じられた。
「……これ、ウィザードハット?」
まじまじと帽子を見つめ、シアンが呟く。たまに、露店で見かけた事があった。
別世界と思えるくらい高価な装備品やカードと比べれば、1ランクも2ランクも下の値段……それこそ、安い分類に入る装備品ではあるのだろうが、カプラ転送も高額だと感じる自分たちが買うにはまだまだきつい代物だ。
「いいんですか?」
物珍しそうにまじまじとウィザードハットを見つめるクルトを尻目に、シアンはアサシンを見上げ問いかける。
「やる。腐れ縁に押し付けられた。俺には必要の無い物だ」
ぶっきらぼうにそう答えるアサシンにシアンは、感謝の意を込めてぺこりと頭を下げる。
それにハッとして、クルトも遅れて頭を下げる。
「ありがとうっ」
嬉しそうに笑い、礼を言うクルトを一瞥し、アサシンは片手を上げ、後ろを向くと、そのままふっと文字通り姿を消した。おそらく、ハエの羽か蝶の羽を使ったのだろう。
しばし、今までアサシンがいた場所を見つめてから、2人は顔を見合わせる。
「いい人だったね」
「でも、ちょっと唐突な人だったね。こっちの人ってこーゆー人多いの?」
2人で笑い合ってから、そう問うクルトに、シアンは苦笑する。
「いや、珍しい人だと思うよ。こんな体験したの私も初めてだもの」
「へーえ」
相槌を打ってから、クルトは貰ったばかりのウィザードハットを頭に被る。
「ふふっ、嬉しいな。大事にしよっと」
少々はにかみ、そう言うと、クルトはシアンの手を取る。
「それじゃあ、早く行こうよ。久しぶりのペア狩りだもん」
にこりと笑い、そう言ったクルトに、シアンも笑みを浮かべ頷くと、街の外へと向かっていった。
fin
あとがき
ssってぐらい短い代物(苦笑
でも、実は、これが2番目に書き始めた且つ、初めて完成させたROssだったり……w
ちなみに、初めて書き始めたのは言わずもがなだけど、日常の崩壊は突然に。
そして、ここで出てくるアサシンは弟のメインキャラ。
使用許可が出たので、じゃあー、と突発的に書いてみた物だったりします(笑
使用素材: Egg*Station様 Wallpaper(19)