それは、天気の良い暖かな日の事。
プロンテラ中央にある噴水の東側のベンチの前に、真新しいアルケミストの制服を纏った少女の姿があった。
紫がかった青い髪に、深く澄んだ蒼の瞳。まだ幼さの残る顔立ちのその少女は、引いてきた木製のカートから敷物を引っ張り出すとそこに広げる。そして、ブーツを脱いで敷物の上へと移動すると、カートを敷物を踏まないギリギリの所まで引き寄せた。次に、カートから、ポーションや、カタシムリの皮、華麗な蟲の皮、硬い角等を数個づつ取り出して、目の前に並べる。最後に2枚の簡易看板を取り出すと、その場にぺたんと座り込んだ。そして、そのまま、看板の1つをアイテム達の横へと置く。
そこに書かれていたのは、露店名――収集屋――。
もう1つの看板は膝の上に置き、腰のポーチからペンを取り出すと、看板に、正確には看板に貼られた真っ白な紙に文字と数字を書き連ねていく。

黄ポーション    350z  43個。
白ポーション    900z  45個。
アルコール   12000z  38個。
カルボーディル 45000z   3個。
緑ハーブ      600z 200個。
カタシムリの皮   650z 457個。
華麗な蟲の皮   650z 439個。
硬い角        750z  98個。
きのこの胞子    200z 152個。

露店に並べた品物の名称、価格、販売個数を全て書き終えると、それを露店名が書かれた看板の隣に置き、1つ息を吐く。
背後の噴水が奏でる水の音は心地よく、ふわり、と吹く風もあたたかい。街路樹の木の葉の色も、柔らかな緑から段々と深い緑へと変化してきている。ふと、空を見上げれば、青い空の中、ゆったりと泳ぐ真っ白な雲が見えた。もう1~2ヶ月もすれば、暑くなるんだろうなぁ、とそんな事をぼんやりと考えてから、視線を空から元に戻す。噴水の周り、ぽつぽつとある露店に、歩いていく人。この天気だ、皆、どこかに狩りにでも行っているのか、歩く人、冒険者の数は疎らだ。
狩り、という単語で、ふと連想したのは緋色の髪の少女。

(……カルちゃん、大丈夫かなぁ。無茶、してないといいんだけど)

アーチャーである1つ違いの妹が、今日向かった場所はアルデバランの時計塔2F。本来ならば、マジシャンが行くのに向いているとされる場所だ。

「(まぁ、危ない事、しない、って約束したし、クロックには、手、出さないって言ってるから、大丈夫……だよね。……でも)……カルちゃんが行かなくても、私、自分で行くのになぁ……魔女砂狩り」

そんな事を呟いて息を吐く。
アルケミストになって5か月。まだ、失敗する時もあるけど、ポーション系は作り慣れてきて、現在はスリムポーションの精製の練習といった感じだ。
そのため、スリムポーションの作成に必要なサボテンの針、土竜のひげ、魔女の星の砂を狩り集める機会が増えた。サボテンの針や土竜のひげならば、収集するのに何の問題もない。
けれど、唯一、魔女の星の砂だけは、無問題とはいかなかった。

所持している確率が最も高いとされるバースリー。その生息域である時計塔地下ダンジョン4Fへ行くには、3Fのペノメナの群生地を通らなくてはならない。そこを通れる程の力量がないのは自覚しているため、さすがにそれは無理、と現状、断念しているのだ。
その代案として、時折ではあるが、魔女の星の砂を落とすパンクを狩る事で少しづつ集めていた……のだが、それも、アルケミストの少女、ルキナにとっては倒すのが容易な相手ではない。故に、毎回怪我して帰ってくるルキナにカルロが切れて以来、ルキナの代わりに、カルロが時計塔へと行くようになったのである。

幸いにもパンクは移動速度が遅いため、逃げ打ち――相手から距離を取りつつ戦う手法――が通用する。危険の少ない戦法が実践可能で、実際に、大した怪我もなく戻ってきているからこそ、心配しつつも、ルキナがカルロを止めることはしないのだ。
……出来ない、とも言うが。

カルロが聞けば、まだ怒り出しそうな事を呟いて、顔を上げれば、遠くに見えるのは、プロンテラの東門だ。
それをぼんやりと見ながら思うのは、もう1人の妹であるプレナの事。

「プレちゃん、今日は、マンドラかフローラ狩りに行くって言ってたんだよね。……マンドラとか、フローラは心配ないけど、赤芋虫……まぁ、あれも、足、遅いし、ちゃんとハエも渡してあるから大丈夫か」

ミョルニール山脈のふもと、マンドラゴラの群生地の北に位置する辺りに向かった3つ下の妹。
冒険者になる必要はなかったにも関わらず、敢えて冒険者の、マジシャンの道を選んだ彼女は、今現在、マジシャンの大体は習得するファイアーウォールを覚えている真っ最中だ。
故に、最近は家で、術式理論の勉強をしている事の方が多かった。けれど、今朝、たまには、外にも行くようカルロに言われたためか、今日は狩りに出ることにしたらしい。

『花とか、茎、いっぱい、おみやげに出来るようにがんばるね』

『それはいいけど、勢い余って、茎とか花、黒こげにしないように気をつけなよ~』

『だ、大丈夫だもん。カル姉のいじわるっ』

きゅっと、両手を握って宣言したプレナに、笑ってそんな事を言ってからかうカルロ。それに、少し頬を膨らまれて反論するプレナ。
今朝の光景を思い出して、自然と頬が緩む。

「……幸せだなー……」

思わず、そんな声が漏れるほど、しみじみ、そう思った。
カルちゃんがいて、プレちゃんがいて……あぁやって笑いあっていられるだけでも、すごくすごく嬉しい事なのに、2人共、私がやりたいと思った事を応援してくれる、手伝ってくれる。
それは、すごく、幸せな事だと思った。
――だから。

「私も、がんばらないと、ね」

お母さんは冒険者じゃなくて、ちゃんとした薬師だったから、お母さんのように、とは言えないけれど。
でも、出来るだけ、製薬技術を磨きたいと思った。そして、ホムンクルスを、作れるようになりたい、と。
自分は、お世辞にも強い、とは言えないから。自分の代わりに、いざという時、妹を守ってくれる、新しい家族が欲しいと思った。
アルケミスト、というものを知った時から、惹かれてはいたけれど、その憧れをより一層強いものにしたのが、ホムンクルスだから。

……絶対創ろう。
そう、思った。

それと同時に思うのが、仕入れを、商人としての活動も頑張ろうと、いうものだ。
商人という特性上、品物さえ入手できれば、お金を稼ぐことは姉妹の中で自分が1番容易だ。妹たちが、やりたい事を見つけたり、欲しいものが出来たりした時に、それを叶えてあげられるようにしておきたいと思った。
特に冒険者用の装備はとても高額なものが多い。そして、装備は大事な人を守ってくれるものでもあるから、使えると、そう納得した物にお金を惜しむ気はない。

「まぁ、相場より高すぎるようなのは、話が別だけど」

小さく、商人系冒険者としては当然の事を呟いて、もう一度辺りを見回す。
相変わらず、人は疎らで、歩いている人も、目的をもって歩いているのだろう。露店には目もくれず、通り過ぎていく。
もうしばらくは、客が来ることはなさそうだった。

「……ふむ」

そんな様子を確認して、ルキナは小さく声を漏らす。
と、おもむろにカートを覗き込み、そこから空き瓶を引っ張り出す。そして、すくっと立ち上がり、ブーツを脱いだままの状態で、すぐ近くのベンチの上へと移動する。
手を伸ばし、噴水の水をくむ。瓶の8割ほどまで水が入ったのを確認すると、元いた場所に戻り、カートから星の欠片を取り出して、水の入った瓶の中へと入れる。
ぽちゃんと、小さな音を立てて、瓶の底に沈んでいく星の欠片。それを確認してから、ルキナは1つ頷くと、きゅっと瓶のふたを閉め、カートへと仕舞う。そして、代わりにもう1つ瓶を取り出した。
たぽん、と揺れる無色透明の液体の中、オレンジがかった黄色の結晶が瓶の底に転がっている
それは、今、ルキナが仕舞ったものと同じように見えた。

「ん。こっちはもう使っても大丈夫そうだね」

じんわりと感じる魔力に1つ頷いて、瓶を自分の横に置く。
次に取り出すのは、赤ハーブに空のポーション瓶、そして、乳鉢に小さなまな板とナイフ。
材料を揃え終わり、ルキナは、もう1度周りを見渡してから、小さなまな板と赤ハーブを膝に置き、ナイフと鞘から抜くと赤ハーブを刻み始めた。

アルケミストの特性の1つとして、材料さえあれば、どこでも製薬をすることができる、というものがある。
やる気になれば、必要最低限。それこそ、乳鉢、ハーブ、ポーション瓶、そして水さえあれば、作る事は可能だ。
……とはいえ、ハーブは乳鉢ですり潰す前に、細かく刻んだ方が、すり潰しやすく、満遍なくすり潰すことが出来る。水はそこら辺で汲んだものよりも、一部例外を除けば、蒸留水を使ったものの方が不純物がない分、失敗する確率が下がる上に、上質なものが出来やすい。

それと、ポーションに使う水は、魔力を帯びた物を使う。水は魔力との親和性が高い。星の欠片や星の砂など、属性化していない魔力の籠ったものをしばらく漬けておくだけで、魔力を帯びる程だ。
故に、それが、魔法薬のほとんどが液状である大きな要因となっている。

とはいえ、通常、水に魔力はない。故に、下準備として魔力を帯びさせる必要がある。
先ほど挙げた、星の欠片や星の砂を水につけておくのが最も容易な作り方で、更に言うのであれば、ろ過の必要がない星の欠片を使うのが一般的だ。
とはいえ、属性化してない魔力の籠ったものなら何でもよいので、別の物を使って水を作るアルケミストもいる。とか。何を使うかでまた少し差異がある。とか。
そんな話も聞くが、現時点では、彼女にそこまで気を回す余裕はない。

星の欠片を使う方法の場合、水に魔力が沁み渡るまで、しばらく寝かせておかなければならないという欠点がある。ルキナが確認していたのは、それであり、また、使う前に新しく、魔力水の準備をしていた理由でもある。


ちなみに、その場で即座に魔力の帯びた水を作成する方法もある。
それは、水に直接魔力を込める方法だ。けれど、人の魔力は各自それぞれ癖があり、且つ、反発しやすいという特性をもっている。魔力の反発が起これば、当然、付与式を構築する事は出来ない。そのため、人の魔力で魔力水を作る場合は、己の魔力の癖を出来るだけ無くす付与式を組む必要がある。

それは、ポーションの作り方等と同様にアルケミストギルドで公開されているが、下手なポーションの付与式よりも複雑で、しかも、先ほど述べた通り、人の魔力の質は人それぞれだ。
それを1つの付与式が完全に消せるはずもなく、きちんと魔力の癖を取るには公布されている式を自分用にアレンジする必要がある。
つまり、初心者には、難易度が高い。

もちろん、アレンジをせずとも、ポーションを作る事は可能ではあるが、癖が取り切れていない分、扱いが難しくなり、どっちにしろ、初心者には、難易度が高いという結論になる。

しかし、先に述べた通り、短時間で作成可能であり、慣れればアレンジによって、水の含有魔力を調節できるという利点も持つ。

そのため、駆け出しのアルケミストは、魔力の籠ったものを漬ける方法で行い、慣れてきた純製薬型アルケミストが付与式を用いて己の魔力を込める方法を使う事が多いらしい。

ただし、後者の場合、付与式を通すことで、他の素材の含有魔力との反発は怒らなくなるが、他者の魔力とは激しく反発するので、作った本人しか使えないという特徴を持つ。
そのため、他者と共同研究等をしている場合は、前者の方法で水を作る事の方が多い。
また、魔力の質を考慮して、製薬または研究を行う場合、水を作る材料・手段から考える必要があるため、様々なものを使い分けなければならないらしい。が、魔力の質がどうこうというのは既にセージの研究領域であり、そこまで考えて研究を行うアルケミストはほとんどいないに等しいので、蛇足というものであろう。

閑話休題。

赤ハーブをすり潰し終えると。ルキナは、星の欠片の入った水を着て医療入れ、軽く混ぜる。
そして、ポーチから露紙を取り出すと、軽く折ってから、ポーション瓶へと差し込み、ゆっくりと慎重に、乳鉢内の液体を少しづつ注いでいく。ぽたり、ぽたり、と濾過されていく様子を見ながら、思わず、うー、と小さく、唸り声が漏れた。

「……やっぱ、漏斗も持って来ればよかったかも……やりにくい」

そんな事をぼやきながら、乳鉢の中身を濾過し終えると、きゅっ、とポーション瓶に栓をし、深呼吸する。
そして、魔力を、指先から瓶へと注ぎ、付与式を編んでいく。刹那、ふわりと、瓶の底から淡い光が零れた。
それは、付与式を組み上げる際の変化反応。
光は瓶の形に沿って螺旋を描きながらゆっくりと水面へと昇っていく。光が水面に達したその瞬間、液体は淡い光を放つ。そして、刹那の間に液体の色を淡い赤から、鮮やかな赤へと変貌させた。

「……よし」

どこから見ても、ちゃんとした赤ポーションになったそれを確認して、ルキナは1つ頷く。
そして、赤ポーションを自分の脇に置き、次のポーションを生成すべく、再びカートから、材料である品々を取り出した。

それを何度か繰り返し、ころん、と脇に転がるポーション置く数が少し増えてきた頃にもなれば、当然の事ながら慣れてくる。
それと同時に、ついつい、辺りに気を配るのを忘れて、ポーション作成に集中してしまっていた。

「ふぅ……」

1つ息を吐いて、出来上がったばかりのポーションを転がす。
ポーション瓶同士が軽くぶつかり、ちん、と小さく音をたてた。それを聞き流して、また新たに材料と取り出し、赤ハーブを刻みながら考えるのは、横に転がる赤ポーション達の事。

(んー……さすがに、ここにスリムポーションに挑戦するのは、やめるべきかなぁ。一応、サボ針はあるんだけど……)

軽く思い返すのは、スリムポーションの作り方とその付与式だ。
スリムポーションとは、効果をそのままに、ポーションを大幅に軽量化したものだ。アルケミストギルドにしか作り方が伝わっていないそれらは、一般商会ではほとんど出回っていない品でもある。
当然の事ながら、それは、調合手順も、付与式もポーションよりも格段に複雑化しているため、スリムポーションの中では最も簡単なレッドスリムポーションといえど、今のルキナでは、片手間に作るのは厳しいものがあった。

(……やっぱり、スリムポーションの方はちゃんと家でやるべきかな。……そうすると、ここで、ハーブ、出来るだけポーションにしておこうかな)

そんな事を考えながら、濾過し終わったポーションの付与式を組み始める。
ポーション瓶の底から、淡い光が零れ、水面へと昇り始めた、その時だった。

「なぁ、それ――」
「ひゃあっ!!?」

突然かけられた声は、完全に不意打ちで、思わずびくっと体が跳ねる。
過剰ともいえる反応に、声の主も驚いたらしい。おわっ、と声が響いた。

「わ、悪い。驚かすつもりじゃなかったんだ」

慌てたような声に顔を上げれば、そこにいたのは、ルキナやカルロとそう年の変わらなそうなシーフの少年だった。茶色の髪を後ろで短く括り、青の瞳は軽く見開かれている。

「こちらこそ、ごめんなさい。つい、製薬に夢中になって――っ、あーーっっ!!」

少年の言葉に手を振って謝ろうとしたルキナだったが、その謝罪は、手を振った際に揺れたポーション瓶が目に入った瞬間、叫び声と化す。
どろり、と赤黒く、まるで腐ったリンゴのような色合いになっているそれは、ポーションどころか、とてもじゃないが、口にできる物のようには見えない。
声をかけられ、驚いた拍子に構築していた付与式が解け、崩れたのが原因なのは明白で、思わずため息を零すと、少年もそれに気づいたらしい、すまなそうに頭を下げてくる。

「ほ、ホントに悪いっ」

その声に、はっとして慌ててルキナは手を振った。

「いえっ、お客さんは悪くないですっ! 露店中に製薬してて、注意が足りてなかった私の自業自得ですからっ! それに、ちょっと、驚いたくらいで失敗しちゃったのは単純に、まだ、私が下手だからですしっ、だから、すみません。本当に気にしないでくださいっっ」

そう捲し立てて、ぺこりと頭を下げる。
そして、頭を上げると、この話題を打ち切るためにも口を開いた。

「えっと、何か、ご入り用ですか?」

微かに首を傾げ、そう問いかけると、少年は何故かばつが悪そうに、頭を掻いた。

「あっと……悪いんだけど、買い物じゃないんだ」

その言葉に、ルキナは目を瞬かせた後、微笑する。

「謝る必要、ないですよ? 見てくだけの人なんて、珍しくないですもん」

そう言ったルキナに少年は首を振る。

「いや、そうじゃなくてさ……あのさ、俺の代わりに、売って欲しいものがあるんだけど、頼んでも、いいか?」

少し迷ったように、口籠った後、そう問いかけてきた少年に、ルキナは、ぱちくりと目を瞬かせた。

「それは、この露店で? それとも、商会の方で?」
「商会の方で」

即座に返ってきた返答に、なるほど、と思う。
商人ギルドで得られるものは、戦闘に関するスキルよりも、資格の方が多い。
もちろん、これらは、ただ商人になっただけでは得ることは出来ず、それ相応の知識が要求される。
一番良い例は、今現在ルキナが開いているような露店の許可証だが、他にも、一般商会で価格を売値や買値を融通してもらえる資格がある。
それを利用して、資格を持つ商人に、収集品などを売ってもらう。通称、代売りというのものがあり、少年が望んでいるのが、正にそれであろう。

(……そういえば、私、代売りって、したことないなぁ)

ふと、そう思った。
妹であるカルロもプレナも、自分で集めた収集品は、露店に出したり、家計に入れる分以外は自分で売っている。
以前、代売りしようかと申し出た事はあったが、私の楽しみ奪わないでよ、と笑って一蹴されたことを思い出し、少し苦笑してから、改めて少年を見る。少しだけ緊張した色を浮かべて、じっとこちらの返答を待つ少年に、ルキナはふわりと笑いかけた。

「分かりました。……じゃあ、売るもの、渡してもらってもいい?」

小首を傾げ、そう問いかけてみれば、少年はほっとしたように息を吐く。

「おぅ。ありがとな」

笑って礼を言い、収集品が入っているであろう袋を差し出してくる。
それを受け取り、立ち上がりかけた所で、思わず、あ、と声を上げた。

「どうしたんだ?」

その声に、少し驚いたかのように少年は、目を瞬かせる。
ルキナは、えっと、と言いながら、自身の足元、今現在自分が開いている露店を見、そして、噴水の向こう側にある道具屋を見る。
すぐ近くだし、大丈夫だろうとは思うが、無人露店は禁止事項だ。まぁ、露店では、とんでもなく高価な品を扱う事もあるため、当然と言えば当然だろうが……うーん、と声を漏らしてから、少年を見る。

「あの……悪いんだけど、少しの間、店番してもらっても、いいですか? 露店、空に出来ないから」

訝しげにこちらを見ていた少年に、そう言えば、少年は軽く目を見開いた。
カルロが聞いていれば、会ったばっかの人に何頼んでるのよ、無防備すぎ等々と怒られそうな事を口にしたルキナは、少年の反応に、不安げに眉を下げると恐る恐る口を開く。

「……だめ?」
「え、い、いや、別にいいけど……」

そんなルキナの言葉に、少年は慌てて手を振り、答える。それに、ルキナはほっと息を吐いた。

「良かったぁ。ありがとう」

ふわりと、笑みを浮かべ、そう言うとルキナは、今度こそ、立ち上がった。
じゃあ、行ってきます、と口にして、少年から受け取った袋を手に、ぱたぱたと道具屋へと向かって行く。それを見送ってから、少年はその場にしゃがみ込む。

「無防備だな」

1つ息を吐いてそう零してから、目を向けたのは、陳列された商品の奥に転がる赤ポーション。
手を伸ばして1つ手に取ってみれば、たぷん、と揺れる赤い液体に、瓶に貼られたラベル。
ルキナ・ディアレント、と書かれたそれがなければ、店で売られているものと同じにしか見えない。何となく、それを見ながら思い出すのは、先程の光景。
赤ハーブが、ポーションへと変わっていく、その様子。

「う~ん。……まぁ、言うだけ、言ってみるか」

何事か考えながら、少年は小さくそう呟いた。

「ただいま。店番、ありがとうっ!」

それから数分後。
向かった時と同じように、ぱたぱたと駆けてきたルキナは、にこりと笑って、店番をしてくれた少年へと礼を言う。そして、はい、これ、と売上金を手渡した。
おかえり、と言葉を返した少年は、それを受け取ると金額を確認して、軽く目を見張った。

「……結構、変わるんだなー……」

感心したように呟く少年にルキナは笑う。

「まぁ、24%上乗せだからねぇ。売る量が多いと、確かに結構変わるかな」

その言葉に、少年は顔を上げると、軽く頭を下げた。

「ありがとな。……で、えっと、お礼ってどうすればいい?」
「ふえ?」

少年の言葉に、ルキナは間の抜けた声を漏らし、目を瞬かせる。そして、こてん、と首を傾げた。

「お礼、って、何の?」

心底不思議そうな表情を浮かべるルキナに、少年は呆気に取られたのも無理の無いことだろう。

「何の……って、代売りのに決まってるだろ」

微かに呆れを滲ませて言う少年に、ルキナは再び目を瞬かせた。

「私、ただ君の収集品売ってきただけだよ? だから、別にお礼されるような事、してないよ。それに、私がいない間、店番してくれたじゃない」

だから、お相子お相子、と笑うルキナに少年は眉を顰める。
目の前の少女はそう言うが、その店番だって、代売りをするためのものでお礼をして受け取られるものでは決して無い。少女にとっては些細なことかもしれなかったが、実際、少女のおかげで懐具合に余裕が出来たのだ。
なのに礼はいらないと言われてもそう簡単に納得できるものではなかった。

眉間にしわを寄せる少年に、ルキナはうーんと内心声を漏らす。
ただすぐ近くの店に行って預かった物を売っただけだ。お使いと変わらない。
故にありがとうの一言のみで十分だったのだ。
けれど、どうやらそれでは、目の目の少年は納得できないらしい事に、どうしようかなぁ、と声に出さずに呟いて、ふと浮かんだアイデアに、ぽん、と手を打った。

「そうだ。じゃあ1つ、いい?」
「おぅ」

小首を傾げて問いかけたルキナに、即座に返ってくる返事。それに、にこりと笑みをこぼした。

「あのね、もし、うちの露店見かけて、欲しいものがあったら、買ってって欲しいな」

その言葉に、少年は目を丸くする。

「……それって、お礼になってるのか……?」
「なってるよー。お客さん、って大事だもん」

訝しげな問いかけに、にこにこと笑ってそう返せば、少年は、うーんと声を漏らしてから、苦笑した。

「分かった。それじゃあ、見かけた時は、寄るな」
「ありがとう」

にこり、と笑うルキナに、少年は、あと、とおずおずと口を開く。

「も1つ、頼みっていうか、聞いてみたい事があるんだけど……いいか?」
「なぁに?」

ぱちくりと目を瞬かせ、小首を傾げると、少年は、頬を掻きながら、露店の奥、ころんと転がる赤ポーションへと視線を移す。

「んっとさ。……さっき、それ、ハーブから作ってた……んだよな?」
「うん」

こっくりと頷いて問いかけを肯定すれば、じゃあさ、と少年が口を開く。

「ハーブ、持ってきたら……それでポーションとかって作ってもらえるか?」

その言葉に、ルキナの瞳が見開かれる。
え、と声が零れ落ちた。

「いや、ハーブって、あんまいい値段で売れないし、そのままじゃあんま使えないしで倉庫に放置状態なんだよ。だから、作ってくれるとすっげぇ助かるなーって。……やっぱダメか?」

ちらりとこちらを窺い見る少年に、ルキナは、慌てて首を横に振る。
どきどきと胸が高鳴った。

「うぅんっ! やりたいっ! で、でもあのっ、わ、私で……いいの? まだ、私、経験浅いし、私よりすごい人、いっぱいいるよ?」

わたわたと口を開けば、返ってくるのはあっけらかんとした声。

「俺、他にこういうの出来る人知らないしなー。元々倉庫で余ってたんだ。ポーションになってくれればラッキーって思うぞ。……で、いいのか?」

問いかけられたその言葉に、大きく頷いた。

「うん。頑張るっ! ありがとう、嬉しいっっ」

本当に嬉しいのだろう。微かに頬を上気させ、口元を両手で押さえるルキナの様子に、少年は苦笑する。

「なんか、喜ばれるとは思わなかったな。……それじゃ、今度持ってくるから、頼むな」
「うんっ、こちらこそ、よろしくお願いします」

笑顔でそういうと、ルキナはぺこんと頭を下げる。
これが、少年、ファルク・ドラグニールとルキナの出会いであった。

fin.

あとがき
ふぅ。……小ネタのはずだったのに、何か結構長くなってるような……
そんな訳で、初の製薬依頼、というか、ファルクとの出会い話でした。
このファルクは、友人のキャラで……出会いの欠片に出てくる予定のキャラだったりします。ホントは名前名乗らせようと思ったけど、上手くいかなかった罠。
……というか、口調とか、大丈夫かどうか、心配以外の何物でもない。でもなー……ROはほとんど休止というか、半引退してる人に、わざわざチェック頼むのも気が引ける……バレて指摘が来たら直そう、そうしよう(ぉぃ


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