「ふぅ。……とりあえず、こんな所かな?」

それは、2月14日の昼下がりのこと。
カートに積まれた品々を確認して、ルキナは1つ頷いた。

「カカオとか、足りなかったら向こうで売ってもらえるし……うん、大丈夫っ!」

1人呟くと、カートを引き、歩き出す。向かう先は、とあるスイーツショップ。
毎年、この時期になると、厨房を貸し出してくれる店があるのだ。それと共に何かしらのイベントを催してくれるため、なんだかんだ毎年、この時期は賑わっている。

「わっ」

店へとたどり着き、厨房へと足を踏み入れたその瞬間、見えた光景に、ルキナは思わず、小さな声を上げた。普段より、格段に人が多い。
イベントが開催され、厨房が解放されてから、ほぼ毎日来ていたために分かるその違いに、ルキナは目を瞬かせた後、ぽんっ、と軽く手を打った。

「あ、そっか。今日、バレンタインだからかな? じゃなかったら、いつもは午前中に来てたからかもだけど」

小首を傾げ、そう呟いてから、カートを引き、適当に空いている調理場へと向かう。
イベント自体は、バレンタインの大体1週間前から、始まり、まだしばらく続くが、その大元であるバレンタインデーは今日だ。故に、バレンタイン当日にプレゼントしようという人が来ているのだろう。当然、ルキナも、お世話になった人達や、友人達に配るためのチョコレートは昨日作ったし、つい先ほど、配ってきたばかりだ。
ならば、もうここには用がないように思える。が、これから作るのは、露店販売用のチョコレートである。

「……う~ん。露店してる時にでも、会えればいいんだけどなぁ」

チョコレートを刻みながら、ふと零れたのはそんな言葉。ちらりとカートに視線を移せば、材料とは別に鎮座しているのは、奇麗にラッピングされた箱。それは作業台に既にいくつかあるラッピングとは明らかに別のものだ。

「カルちゃん達には帰ってからあげるからいいんだけど……璃緒さん達が住んでるとこ、聞いておけばよかった。……わざわざ耳打ちしてまで渡すような物じゃないし……まぁ、璃緒さんなら、イベント期間中に、1回くらいは会えるんじゃないかな、って思うから、そのときでいいけど、問題はライオネルさんだよなぁ……」

思い浮かべるのはこの前、初日の出を見た時の事。その切っ掛けともなる修羅の璃緒ならば、ハロウィンの時の露店の常連だったのもあって、1度くらいは買いに来てくれるのではないかと楽観視出来るし、群雲ならば、璃緒に頼めば大丈夫だろうとも思う。
だが、初日の出で出会った最後の1人、ライオネルだけはそういったアテがないのだ。
うーん、と漏らしつつも、慣れた手つきでチョコレートを作っていたその時、苦い匂いがするのに気づき、ふと、顔を上げた。
その瞬間、見えた姿に思わず目を見開いた。

「ライオネルさんっ!」

癖のない銀髪にキューブマスクと黄色のたれ猫。ハイプリーストの法衣を身に纏っている彼は、たった今、思い浮かべていた人の姿で、思わず声を上げる。と、驚いたように赤茶色の瞳がこちらを振り返った。

「あっ! 久しぶり~」
「お久しぶりですっ」

足を止めたライオネルに、にこりと笑みを浮かべて言う。
と、ライオネルは何気なく調理台に視線をやり、笑みを浮かべたまま口を開いた。

「ルキナちゃんも、チョコ作り?」

表情は笑みを浮かべているが、どこか不穏な雰囲気を滲ませて問いかけたライオネルに、ルキナはこっくりと頷いた。

「はい。露店用のチョコレート、作ってたんです」
「……露店用?」

思わず目を瞬かせ、そう言ったライオネルに、ルキナはもう1度こくりと頷いてから、小首を傾げ、ライオネルさんは? と問い返す。

「あー、ちょっと……手伝いをしに、ね」

微かに笑みを浮かべたライオネルに、ルキナは素直に納得する。なるほどー、と口にしてから、はたと手を打った。

「そうだっ。ライオネルさんっ、えっと、ちょっと待っててくださいね」

そう言い置いて、ルキナはカートの元へ向かうと、中から綺麗に包装された箱を取り出す。そして、ぱたぱたと、ライオネルの元に戻ると、にこりと笑って、それを差し出した。

「これ、よかったらもらって下さい」

予想外の事だったのか、ライオネルは目を丸くする。
そんなハイプリーストの様子には気づくことなく、えっと、これ、お世話になった人とかに配ってるんです。甘酒ありがとうございました。と口にしてから、ルキナは、あ、と小さく声を上げた。

「……もしかして、甘いの、苦手ですか?」
「いやっ、大丈夫っ」

少し眉を下げ、恐る恐る問いかけられた言葉に、ライオネルは、慌てて首を振った。

「よかったぁ」

ほっとしたように微笑み、そう漏らしたルキナの鼻先を苦い匂いが掠める。
先程も感じた匂い。ルキナは目を瞬かせると、軽く辺りを見回す。

「……どうかした?」
「えっと……何か、苦い匂いがした気がして……」

受け取ったチョコを仕舞いつつ、そんなルキナの様子に気づいたライオネルが問いかける。と、返って来たのはそんな言葉。アルケミストの少女はきょろきょろと軽く辺りを見回している。彼女が気にしてる匂いに心当たりがあったらしい。ライオネルは、あぁ、と小さく声を上げると、一歩横にずれる。そして、軽く振り返り、背後の調理台を目線で指した。

「あれじゃないかな。結構苦戦してたみたいだし」

ライオネルの後方にいたのはアサシンクロスの少女。さらりとした黒のショートヘアの上にぴこんと存在を主張する黒い猫耳。紫色の瞳は真剣な色を浮かべ、手元の小さな鍋を凝視している。手には木べらがあり、鍋の中身をかき回している。その様子に、がんばってるなぁ、と暢気な事を思ったのは数秒。匂いの元があの鍋と気付くと同時、ふっと思い当たったことに、思わず、あ、と声を上げた。
余計なお世話かもしれないと、迷ったのは一瞬。しかし、次の瞬間、ルキナは、たっとアサシンクロスの元へと駆け寄った。

「あのっ」
「?」

不意に声を掛けられ、訝しげな表情を見せるアサシンクロスに、ルキナは口を開く。

「もし、よかったらですけど、手伝ってもいいですか?」

その言葉に、アサシンクロスは思わずといった様子で目を瞬かせる。そして、小鍋の中身とルキナを交互に見て、厚意に甘える事にしたらしい。小さく頷いた。

「……頼む」

小さく紡がれた言葉に、ルキナはほっとしたように、微笑んで、はいっ、と大きく頷いた。

チョコレート、溶かすときは、直火じゃなくって、湯煎の方がいいですよ、とアサシンクロスを手伝い始めたルキナを眺め、ライオネルは1つ息を吐く。

「あーあ、手伝いをしにきた身としては……どうしよっかなー」

手伝いと言っても、状況悪化の方だけど、と口の中でそんな事を呟きながら、ライオネルが何気なく取り出したのはスフィアーマイン。
といっても、本来のものよりもずっと小さく、片手に乗る程度の大きさである。これは、知り合い、もとい、バレンタインに関しては同志というべきアルケミストに作ってもらった特別性のスフィアーマインだ。殺傷能力は皆無な代わりに、爆発時、非常に大きな音を立てる代物で、本来は、これを適当な所で、爆発させようかと考えていたのだが……
ふむ、と小さく漏らして、手の中のスフィアーマインを、そして、チョコレートを作っている2人の少女を見る。

「……これは、あれかな。ここで、やるよりも、いっそ、チョココーティングでもして、リア充に渡して爆発させた方がいいとみた」

よし、それならさっそく、ついでに、興味あるしあっちの様子でも見るか、と口にして、ライオネルは2人の少女の方へと足を踏み出したのだった。

それからしばらく、苦い匂いを放ち、苦戦しているがアサシンクロスの少女を気にしていた人は他にもいたらしい。彼女、緋汐の使う調理台の周りには人が増えていた。わいわいと声が飛び交い、楽しげな雰囲気の中、着々とチョコレート作成は進んでいるようだった。
既に、調理台にはちょこんと、丸められたガナッシュ達が鎮座している。

「よし、チョコが溶けたら、ヘラで混ぜながらぬるいくらいになるまで冷ます。ちゃんと混ぜろよー。コーティングに使うクーベルチュールチョコレートは温度調節しないと、固まったとき、表面が白っぽくなるって注意書きがあるからなー」

レシピ本を片手にそう指示を出したのは緑色の長い髪を首の後ろ辺りで括った女性。
サングラスをかけ、ハイプリーストの法衣を身に纏ったスワティーという名の彼女は、ライオネルの次にやってきた人物だ。手伝おうか、と声を掛けた後、調理台に並ぶ材料に視線を走らせると、どこからともなく黒茶色の表紙の本を取り出すと、パラパラとページを捲り、オススメだ、と今現在、彼女らが作っているトリュフのレシピを開いて見せた。
それを作ると決めた後は、司令塔に徹している。本を片手に、進行状態を見つつ、次の手順や、注意点、アドバイスなどを指示している。

「洗い物終わったよーっ」

そんな明るい声を上げたのは肩下まで伸ばした緑の髪に、アメジストの瞳の少女。
イグニスキャップを被り、裾がもふもふとした青の服を着た彼女は翠葉という名のチェイサーだ。スワティーの次にやってきたのが彼女で、調理台がすっきりとしているのは、焦げ付いてしまっていた小鍋や、現在までに出た洗い物の後片付けなどを、もう1人の人物と共に請け負ってくれたためだ。

「そっちの様子はどんな感じ?」

そんな言葉と共に、翠葉の後ろからひょっこりと顔を出したのは、青い髪を後ろで括ったソウルリンカーの少年だ。
その頭には、緋汐と同じく、ぴょこりと猫耳があり、瞳はルキナとはまた違った青色。無邪気な笑みを浮かべた彼は、エルマ。翠葉のすぐ後にやってきて、洗い物を引き受けてくれたもう1人の人物である。
エルマの言葉に、スワティーは目線で調理台の上に鎮座しているチョコレートを指す。

「見ての通りだ」

簡潔にそう言ったスワティーに、正確には、出来上がりつつあるチョコレートにエルマは目を輝かせると調理台へと駆け寄った。

「んー……これ、どうしましょうか?」

小鍋を手に持ち、ルキナが小首を傾げた。
その中にあるのは、既に固まりつつあるチョコレート。今作ってるトリュフの材料の予備、という名の余りである。

「あー……そのままあってもしゃーない。適当になんか作っとけ。たぶん、こっから失敗するっつー事はねーだろーしな」

ちらりと、小鍋に視線をやり、そう言ったスワティーの言葉を受け、ルキナは緋汐の方を見る。

「緋汐さん、緋汐さん。使わせてもらってもいいですか?」

そう問いかけると、ボウルに入ったチョコレートを混ぜていた緋汐は、おもむろにその手を止め、ちらりとルキナに視線をやる。

「……構わない」
「了解ですっ」

一言口にしてから、再び手を動かし始めた緋汐に、ルキナは笑って返事を返すと、小鍋を見る。

「んー、とりあえず、これもガナッシュにしちゃおうかなぁ。たぶん、コーティング用のチョコレートも余るだろうし」

そんなことを呟きながら大きなボウルにお湯をいれ、そこに小鍋を漬け、固まりかけていたチョコレートを再湯銭すると、あ、と横で声が上がった。

「そうだルキナちゃん、ちょっと俺ももらっていい?」

そう声を上げたのはライオネルだ。ルキナはその言葉に、にこりと笑って口を開く。

「いいですよー。ライオネルさんは何を作るんですか?」

振り向き、そう聞いてみれば、ライオネルはいい笑顔を浮かべた。

「いやー。作るって程のものじゃないよ。ちょっと、チョココーティングするだけだから」
「コーティングだったら、後で、緋汐さんの作ってるコーティング用の方を分けてもらった方がいいんじゃ?」
「いやいや。普通ので十分十分」

にこにこと笑うライオネルに、ルキナはそうですか? と小首を傾げ、そういえば、何をチョココーティングするんですか? と問いかけた。それに、ライオネルはにんまりと笑う。

「んー。ちょっとなー。……うん。いくらそっくりの巨大グミにチョココーティングをしてみようかと」

ライオネルの言葉に、ルキナは目を丸くする。

「巨大グミですか?」
「そうそう。もらいもんなんだけどなー。せっかくだしさ」
「なるほどー。――っと、ん、いい感じに溶けた溶けた。じゃあ、はい。先に使っちゃってください」
「さんきゅー♪」

そう言って笑って、ボウルから小鍋を引き上げ軽くタオルで底を拭くとライオネルへと手渡した。それを笑顔で受け取るライオネルに、せっかくだから、ちょっとそのグミ見てみたいなー、と考えた所で、後ろから聞こえてくるのは翠葉の楽しげな声。

「ねぇねぇ。せっかく作るならさ。ちょっと特別な隠し味入れてみない?」
「……隠し味?」
「そそ。実はさ、チョコレートに、陰湿な闇を混ぜると、チョコの香りがぐっと引き立っておいしくなるっていう不思議現象が起きるんだよね」

こしょこしょと声を潜めてはいるものの聞こえてくる声に、ぱちくり、と目を瞬かせるとルキナは振り返った。

「翠葉さん、陰湿な闇入れて出来るのは、体に良いチョコレートですよー。それに、ものすごく、苦くなりますよ? それ。ビター系のが好きな人ならいいかもしれないけど……んー。ガナッシュは普通に甘いから、余計に苦さが際立っちゃうかも。あ、でも、コーティングだから……逆に中の甘みを強く感じれるかも……? でも、食べたとき、びっくりはするかもだなぁ」

後半は、半分独り言と化していたルキナの言葉に、上がったのは、む、という小さな声。

「もしかして、イベントチョコ、毎年作ってる?」
「はい。えーっと……翠葉さんのって、たしか、一昨年のレシピですよね」
「よく覚えてるねー。うっかり記憶混同しちゃってたよ」

あはは、とごまかし笑いを浮かべ、頬を掻く翠葉に、だって、あれ、すごく印象的でしたもん、と答えるルキナ。
2人の会話から、隠し味を入れるのは却下したらしい。2人に視線を向けてから、緋汐は再びボウルへと意識を戻す。
そんな中、作業台の上、鎮座されているチョコレートへと、そろりと手が伸びる。エルマの手が、もう少しでチョコレートに届く。その時だ。

「いたっ」

伸ばした手目掛け、容赦なくふってきたレシピ本――しかも角だ――に、思わずエルマは声を上げる。反射的に手を引っ込めれば、隣から響くのは低い声。

「――何をやっている」
「い、いや、ちょっと味見を、ね」

じろり、とサングラス越しに見える瞳に、わたわたとそう言い訳すれば、もう1度ぱこん、とレシピ本が、今度は頭に降ってくる。

「ぼ、暴力反対ーっ」
「教育的指導だ、馬鹿者。人の役目を取ろうとするからだ」

反射的に、そう声を上げれば、きっぱりと返ってきたのはそんな返答。それにエルマは頭を抑えながら目を瞬かせた。

「……人の役目?」

小首を傾げるエルマに、スワティーはにやりと笑って宣言する。

「“それ”は、私の役目だ」

それを聞いたエルマから、上がるのは、えー、という不満の声。それに、軽く鼻を鳴らして、スワティーは腕を組んだ。

「当たり前だろう。このチョコ作りは私が指示してたんだ。ちゃんとうまくいってるかは、私が確認しないとな」

そんな事を言った丁度タイミングで、ガナッシュを作っていたルキナがひょい、と作りかけのそれを指で掬い、口に入れる。

「んー……こんなところかなぁ。あ、誰か味見、してみません?」
「あ、するするするー♪」

こてん、と首を傾げ言ったルキナの言葉に、即座に反応したのはエルマ。
続いて、スワティーも口を開こうとしたところで、ボウルをかき混ぜる手を止め、緋汐が顔を上げた。

「出来た。次は?」
「あ、あぁ。次は、っと、さっき作ったガナッシュにそれを固めてコーティングする。んでもって、ちょっと固まりかけてきたら、フォークで転がして、コーティングに角をつける……要するに、見た目をトリュフっぽくするって訳だ。んで、それで完成だな」
「分かった」

スワティーの言葉に、1つ頷いて、緋汐は仕上げへと取り掛かっていく。
無事、チョコレートが完成するまで、あと微か……

fin

あとがき
半年くらいの間を開けて、再up。
いや、単純に、ROSNSに上げた後、こっちにupるの忘れてただけです、すみません……
これも、かなり楽しく書かせてもらったけど、今読み返すと結構短かったんだなぁ……ちょっと反省。いや、せっかく人様のキャラ借りたってのに、出番が少なすぎる……
まぁ、うん。動かし慣れてなかったから、ってのはあるかもだけどなぁ、短くなった原因。
あと、ちょっと今回は、貰ったイラストの他に、チョコアイコンを散りばめて見たり。
いや、うん。バレンタインssだから、チョコレートの素材使いたかったの。んでもって、このアイコンがイメージどんぴしゃだったんだけど、通常通り1こだけ使って背景に……ってなると、こう……なんてゆーか、いまいちだったんで、今回はこんな感じ ←



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使用素材: Heaven’s Garden様 bitter sweet 1 / Atelier Little Eden様 Petit Glass

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