夜の闇の中に、無数の真っ赤な花弁が舞う。
辺りは色の判別どころか、そこに何かあるのが薄ぼんやりとしか判断出来ない程暗いというのに、真紅が、目に、焼き付いた。
否、分かっている。あれは、あの赤は、花びらなどではない。闇を照らす赤が、花びらであるはずがない。
あれは、火の粉だ。
目の前を、自分を、周囲を照らすモノから振り撒かれている炎の欠片だ。
でも、だって、認めたくなどないのだ。
目の前の光景を。
物心ついてから、ずっと、過ごしてきた場所が、炎に包まれ、燃え盛っている、この光景を。
「ルキナ」
声がする。大好きな人の声が。
「お父さんっ」
声を上げた次の瞬間、ぐっと、痛いくらいに両肩を掴まれる。
「父さんと母さんがいない間は、父さん達の代わりに、ルキナが2人を守るんだ。……頼めるかい?」
そうして、言われた言葉。それに、大きく頷いて……
……はた、と目が覚めた。
「ゆめ……」
辺りを見回し、小さく呟く。ふわり、と風が頬を撫でていった。
「……夢、だったら、よかったのにね」
野宿用の布団――寝袋――から出て、ここ、洞窟の外へと向かう。洞窟から一歩外へ出れば、眩しいくらいの朝日。今日も、良い天気だ。
――そう、今見た夢は、本当にあったこと。数日前の、夜の出来事だ。
「あ。よかった。お魚さん、かかってる」
近くの小川まで歩き、昨日設置した罠をのぞき込めば、中に3匹程、魚の姿があった。それを回収し、罠を仕掛けなおして、来た道を戻る。
お母さんに言われた通り、薬草採りの洞窟まで逃げてきた私達は、言われた通り、ここで、お父さんとお母さんを待っている。
「カルちゃーん! プレちゃーん! 起きて~~!! お魚さんとってきたよー!」
洞窟まで戻ってくれば、まだ奥で寝ているはずの妹たちに声をかける。
そのまま足を進め、隅に集めてあった枝を、火を使う所、丸く石で囲んである所――簡易的な竈――まで持って行って、重ねていく。そうして、準備が出来たら、お母さんの短剣を取り出して、枝に強く、押し付ける。
さくり、と切れる枝。そして、その断面から、火が付き、周りの枝へと燃え移って、しっかりした火になっていく。
なんで、火が付くんだろう、って思って、ずっと前に聞いてみたら、このお母さんの短剣――ス、すれなんとか、って言ってた気がするが正直よく覚えていない――には、作製の際に火の属性付与がされているから、とかなんとか……難しくて、ちゃんとは分からなかったけど、火の力が宿ってて、だから、切ったものを燃やせる、特別な短剣、って事は分かった。
これがあるから――否、これだけじゃない。他にも色々、薬草採りのために、お父さんとお母さんが用意してくれてたものがあるから、お父さんとお母さんがいなくても、私たちだけで、どうにか出来ているのだ。
火をつけた短剣とは別のナイフを持ってきて、捕ってきたお魚さんの鱗を取る。……あんまり、上手じゃないから、鱗、残っちゃったり、別のとこまで切っちゃったり、まだまだ失敗も多いのだけど……
「お姉ちゃん、おはよー」
「……おはよー」
そうこうしているうちに、カルちゃんとプレちゃんが起きてくる。
「お魚さん、できたー?」
「あはは、あんまり……また、口の中、ちくちくしたら、ごめんね?」
「はぁーい。気を付ける」
「なかなか、お父さんみたいには、出来ないねぇ」
「ルゥねぇ、おしお、もってきた……」
「わ。プレちゃん、ありがとー!」
そんな風におしゃべりしながら、3人だけの朝ごはんの準備は進んでいく。
お魚さん、ウロコ残ってたー、とか、ちょっとこげちゃってた、とか、そんな事を話しながら、お魚食べて、食べ終わったら、今度は薬草探しだ。
お母さんのカードを見ながら、それぞれ、食べられる葉っぱとか、薬草とかを探す。
と言っても、採り過ぎちゃだめ、とか、こーゆー採り方をしないとだめ、とか色々あるから、薬草は、見つけても、採るのはちょっとだけ。それよりも、ごはんになる、食べれる葉っぱとかをしっかり探す。
「あ。薬草みっけ! ……これ、たしか、おなか痛い時のお薬になるんだよね。……お母さんに、教えてあげたいなぁ。ここにあったよー、って」
そうしたら、絶対、喜んでくれるのに。そう、思いながら、つん、と見つけた薬草を指でつつく。そうして、葉っぱを2~3枚、見本に貰っておく、これがあった、って見せられるように。私自身が、忘れないように。
「……お父さんとお母さん、早く、来ないかなぁ。……ごはん、無くなっちゃうよ。せっかく、見つけた薬草だって、大きくなりすぎたり、他の生き物に食べられちゃったり、しちゃうよ……」
ぎゅっと、手を握りしめ、呟く。
今日の朝は、お魚さんが捕れてたから、それを食べたけど、捕れてなかったら、おうちから持ってきた保存食をごはんにするし、夜だって、食べられる葉っぱと、持ってきた保存食だ。
つまり、ゆっくりとではあるが、家から持ってきた食べ物も、少しづつ、無くなっていく。
「……おそい、なぁ」
つい、そんな言葉が零れ落ちる。だって、もう、何日も経っているのだ。
あの、夜から。先に行ってて、と、言われた、あの時から。
「…………」
ざわり、とした。胸の中がざわざわして、きゅーっとなる。こわく、なる。
「大丈夫。……大丈夫。おうち、燃えちゃってたんだもん。まだ、色々、終わってないから、おむかえ、来れてない、だけだもん……」
自分自身に、言い聞かせるように、呟く。きっと、もうすぐ、来てくれる、と。
……でも。
「……もうすぐ、だったら、ちょっとだけ、様子、見に、行ってみても、良いかな? 何か、お手伝い……出来るかも、しれないし」
カルちゃんとプレちゃんは、正反対の方向に、別の葉っぱを探しに行ってるから、今、ここには私1人だ。
――少し、少しだけ、様子を見て、そしてすぐ、戻ってくれば、きっと、大丈夫。
そんな事を考えて、葉っぱの入った籠を手にしたまま、駆けだした。
そうして、集落の近くまで、戻ってきて……何かが、おかしい、と思った。
だって、……そう、だって……もう、この辺までくれば、おうちや、ラースおじさんのおうちが、見えてくるはずなのだ。なのに……
自然と、走っていた足が、鈍くなる。ばくばくと、心臓が痛い。怖い。……けど。
ゆっくりと、足を進める。そうして、集落の端までたどり着き、見えたものに、目を、見開いた。
「う……あ……」
燃え尽きてしまったのだろう。真っ黒になった家だったはずのモノの残骸。バラバラに壊された家。家であった事すらも分からなそうな瓦礫の山。壁の1部だけが、かろうじて立っているだけの家。焼け焦げた家。否、もう、住むことなんて出来ない、家、なんて呼べないものばかりで、無事なものなど、1つもない。
「……ルーシーおばさん……ラースおじさん……お兄ちゃん……おじちゃん、……おばちゃん……っ」
ふらつく足を叱咤して、歩く。集落の中へと入り、人を、探す。居るはずの、居るべき人達の姿を探す。
「お父さんっ、お母さんっ……っ、だれか、誰かっ、いないのっっ!!?」
声を上げても、何も返ってこない。怖いくらい、何もかもが嫌になってしまうくらい、静かで、目の奥が熱い。
いやだ、怖い。鼻がつんとして、でも、それでも、誰か居ないかと、泣き声が零れるのを堪えて、知っている人の名を叫ぶ。
ざり、ざり、と自分の足音が、嫌に、耳に付いた。
そうして、壊れた家を避けて、集落だったはずの場を歩き……不意に、目の前に広がったモノタチに、ひゅっ、と、息を飲み、目を見開く。
それは、何てことない、木の棒だった。木の棒を2つ、+の形に組み合わせたものが、いくつもいくつも、地面に突き刺さっていた。そして……それの意味を、私は、知っていた。
「あ……あ……」
それは、十字架。それは……お墓。
死んでしまった人が、眠りにつく所。集落のお墓は、集落の外、ここから、もう少し、離れた所にある。それが、そのはずのものが、ここにある、意味、は……
一歩、足を踏み出し、けれど、足に力が入らず、そのまま、ぺたん、と地面に座り込んでしまう。茫然と、目の前の光景を見る。のどが震え、上手く、息が出来ない。
「っ、ふっ……っう、っふぇっ……っく、う、うぅ……うぁぁああああ」
息は、勝手に声になり、泣き声が溢れ出す。ぽろぽろと、涙が零れ、前が見えなくなる。
悲しかった。信じられなかった。けれど、あの、十字架の数だけ、もう、会えない人がいるのだ。
「うあああ……っ、なん、で、なんでっっ、わぁあああんっっ」
ちょっと前まで、みんな、いたのに、ずっとずっと、いつも通りだったのに。
なのに。
今は、私、1人、泣いているだけ。他の、誰の声も、聞こえない。
「お、と……さ……おかあ、さ……ふわぁぁぁ……ああああ」
泣く。泣く。声が、涙が、止まらなかった。
泣き叫びつつ、ぎゅっと、強く、強く、手を握りしめる。思い出すのは、あの夜のこと。
最期に、お父さんとした会話。
「……きゃ。……守、ら、なきゃ……っ。やく、そく、っ、したもんっっ。……うぇっ、おとう、さん、と、約束っ。か、わり、にっ、うっく、ひっく、代わ、りに、カルちゃんと、プレちゃん、守る……って、だから……っっうう、まも、らなきゃ……っ、だから、だから……っっ」
泣きながら、思う。
だから、もう、泣くのなんて、止めなきゃダメだと、カルちゃんを、プレちゃんを、どうにか残った私の大切を、家族を、私が、守らなきゃ、いけないんだと。
何が、あっても、私が……
***
それから、どのくらい、時間が経ったのだろう。
「……帰らなきゃ。カルちゃん達が、心配しちゃう……」
小さく呟いて、立ち上がる。陽が、傾いてきている。急いだ方が、良さそうだった。
小走りに、また、誰も居ない集落を駆けていく。
その光景に、どうしようもなく、悲しくなりつつ、それでも、集落を目に、焼き付ける。
「……ラースおじさんのおうち、地下室。……探そう。何かあった時のために、皆で、保存食、作って、しまってた所……ごはん、足りなくなったら、そこから、もらって……あと、えっと、何だろう。私、何が出来る? 何が、必要? 考えなくちゃ。頑張らなくちゃ」
洞窟への道を走りながら、静かに、呟く。
「――私が、カルちゃんを、プレちゃんを、守らなくっちゃいけないんだから」
fin
あとがき
全ての始まりの少しだけ、あとの事。
あと、未転生時代のルキナにずっとあり続けた水面下の歪みが刻まれた時のこと、って感じですねぇ。子供時代に、こんな事があって、歪まない訳ないよねぇ……
ちなみに、どこかで語ったかもしれないけど、妹2人は、ルキナが集落へ行くのを止めていたため、そのまま洞窟での生活を続け、グレイシアさんに保護され、プロンテラへ生活の場を移していて……つまり、壊滅した集落を見ていなかったり。
再び集落を訪れたのは、冒険者になった後、もうすでに、集落での記憶はほぼほぼうっすらとしか覚えていないような状態での再訪だったため、ショックを受けるような事はなかったのでした。ルキナと妹2人の差はこれもある気がするなぁ、と思います。
やーー……にしても、この話、日常の崩壊に、を書いた時には既に頭の中にはあったものなので……出力するまで10年かかってるとか、ホント、ホント……何してたんだろーね、私?
使用素材: 使用素材:篝火幻燈様 狐火3