「ありがとうございました」

ぺこり、と軽く頭を下げ、客を見送ると、ルキナは、ふぅ、と1つ息をつく。

「売れちゃったね、品物。今日は早かったなぁ」

凄く、ありがたい事だけど。と、そんな事を呟いて、ルキナは自身の開く露店を見た。
仕入れという名の狩りをし、集めてきた品々も、自作の白ポーションも早々に売り切れ、残っているのはいくつかのスリムポーションとアルコールだ。んー、と声を上げ、ルキナは、傍らでちょこんと丸くなっているユエに視線を向け、語りかける。

「ねぇ、ユエちゃん。仕入れ行ってみようか。もう、あんまり売り物ないし、今の時間からだったら、行っても大丈夫と思うし。それに、何か今日、あったかいし」

今は2月の中頃である。
まだ春には遠く、今も風が冷たいが、日辺りの良い所に居たためか、ルキナには、妙に温かく感じた。そんな彼女に、ユエは小首を傾げてから、行くと答えるかのように、小さく鳴いて、宙へと羽ばたく。それに微笑を零してから、ルキナは露店を片づけ始めた。

(んー……?)

それに、気付いたのは、露店を片づけ、カートを引いて、歩き始めた時だった。

(……カート、重い……? 色々売れたから、軽くなってると思ったんだけど……)

いつもより重く感じるカートに、内心首を傾げつつ、とりあえず、カプラさんの元へ向かおうと足を進める。

(……何か、重いの、入れてたかなぁ……? んー……まぁ、ある程度重い方がカートの威力は上がるけど……ホントに、何、入れてたっけ……ソードメイスと……売れ残ったポーションと、アルコールと……あと、プラントボトル……あと、何、入れてたっけ……なぁんか、頭、ぼんやりしてる気がする。……まぁ、カプラさんのとこ、ついたら、一回カートの中、確認――)

ぽやぽやと、そんなことを考えながら、歩いていたその時だった。

「きゃっ」

不意に、どん、と何かにぶつかり、ルキナは尻持ちをつく。顔をあげれば、目に入ったのは青。
それが男性アルケミストの纏うマントの色だと気付き、反射的に声を上げた。

「あ、ご、ごめんなさいっ」

ぼんやりと歩いていたせいで、目の前の人物に気付かずにぶつかってしまったらしい。
すぐ傍には、目を瞬かせるカプラさんの姿も見えて、いつの間にか目的地に着いていた事に気付く。人にぶつかってしまった事といい、本当にぼーっとしていたんだと痛感すると共に、立ち上がる事も忘れて、謝罪の言葉を口にすると、目の前の人物が振りかえった。

「大丈夫か、あんた……ん?」

ルキナが尻もちをついたままなのを見て、青年は、そう口を開き、こちらへと手を差し出す。と、不意に青年の手が止まった。ルキナの見上げる先に居るのは、X字ヘアピンで留めた薄茶色の髪に、鳶色の瞳の年上の青年。見覚えのあるその姿に、彼女の口から、あ、と小さく声が零れた。ぱちくりと目を瞬かせると、小首を傾げ、確認するように記憶に残る名前を紡ぐ。

「……アイジ、先輩?」

それは、先日、製薬用品の買いだしに出た際、アルデバランの段差から落ちそうだった所を助けてくれ、そして、そのまま買い出しを手伝ってくれた、親切なアルケミストの青年の名前だった。

「なんだルキナか。こないだぶり」

向こうも、こちらに気付いたらしく、藍磁は苦笑を浮かべると、そう口にして、改めてルキナへと手を差し出した。その柔らかな口調と前回会った時と変わらぬ優しさに、ふにゃりとルキナの頬が緩む。

「こんにちわ、先輩」
「おー」

柔らかな微笑と共にそう言葉を紡いで、ルキナは差し出された手を取った。そのひんやりとした藍磁の手の温度に、はっと、自分が彼にぶつかってしまった事を改めて思い出し、藍磁の手を借り、立ち上がりながらも、おずおずと口を開く。

「あの、先輩、ごめんなさい。ぶつかっちゃって……ちょっと、ぼーっとしてて……」
「いや、それはいいけど……」

ルキナの手を軽く引いて助け起こしつつ、そう言う藍磁だったが、何か気になる事でもあるのか、その眉は軽く顰められている。
そんな藍磁に、立ち上がったルキナは、どこか不安げな表情を見せた。その表情の原因の心当たりは、たった今、自分の不注意で彼にぶつかってしまった事しかない。やはり、もう1度謝ろうと思い、ルキナは口を開く。

「……あの、先ぱ――っ」

その時だった。ぐらり、と地面が、視界が揺れた。

「あ、おいっ」

どこか慌てた声と共に、軽く肩を支えられる。
幸いにも、眩暈はその一瞬だけで、ルキナは緩く頭を振ると、自分の足で立ち、藍磁を見上げる。

「すいません。ありがとう、ございます」

謝罪と礼を口にして、軽く頭を下げる。そして、もう1度顔をあげると、藍磁がどこか険しい瞳でこちらを見ているのに気付く。

「先輩……?」

その視線に不安になって、小さく声を上げると同時、藍磁が口を開いた。

「ちょっといいか?」
「はい?」

疑問調であったが、それは許可を取るというよりも、触れるという宣言だったのだろう。
言うや否や、額に触れてくる藍磁に、ルキナはきょとんと、目を瞬かせる。何で唐突にそんな事をするんだろうと、不思議に思いながらも、額に当てられた手は、ひんやりとしていて心地良い。

(……冷たくて、気持ちいい……)

ぼんやりと、そんな事を思っていると、何かが聞こえた気がして、ぱちくりと目を瞬かせる。それと同時に一気に鮮明になる視界。一拍遅れて、また自分がぼんやりとしていたのだと気付く。

(本当に、今日はよくぼーっとしてるなぁ……)

そんな事を考えながらどこか真剣な顔でこちらを見る藍磁に微かに首を傾げる。

「……?」

先輩、どうしたんだろう、と思い、藍磁を見上げていると、藍磁はルキナの額から手を離す。
ひんやりと心地良かったそれが離れる事を、少しだけ名残惜しく思ったその時、険しい色を瞳に乗せて、藍磁が口を開いた。

「あんた、こんな熱出してんのに、フラフラしてる場合じゃないだろ」
「ふえ?」

その思いもよらない言葉に、思わず間の抜けた声が漏れる。
ぱちくりと目を瞬かせるルキナに、藍磁は溜息をついた。その様子を見ながら、もう1度たった今、藍磁が発した言葉を思い返し、ルキナは小首を傾げる。

「えっと……大丈夫、ですよ? 別に、頭痛くもないし、気分悪いって事もないですもん」

ただ、ちょっと、ぼーっとしてる気はするけど、と口には出さずに呟く。
どうやら、藍磁の言葉から、風邪を疑われてるらしいというのは分かったが、本当に、少しぼんやりするくらいで、不調な所はない。確かに、先程、眩暈に襲われはしたが、あの時だけだし、それも、すぐに治まった。だから、大丈夫だと伝えると、藍磁はどこか難しい顔をして、考えるように、何事か小さく呟く。

「えと……?」

その様子にもう1度首を傾げてから、はたと、ここへ来た元々の目的を思い出す。

(そうだ、仕入れ、行かないと……)

ちょっとぼんやりしてる気はするが、仕入れであれば、危険はあまりないし、そうでなくても、ユエが共にいる。それに、狩りで身体を動かせば、このぼんやりも取れるだろう。
そう考えて、ルキナは口を開く。

「んー、と……とりあえず、仕入れ行かないとなので、私行きますね。ぶつかってしまって、すみませんでした」

せっかく、また会えた先輩とここで別れるのは、少しだけ惜しい気もした。けれど、向こうにも向こうの予定があるだろう。そう考えて、最後にもう1度、ぶつかってしまった事を謝ると、カプラさんに、空間転送をお願いするため、藍磁の脇をすり抜ける。――否、すり抜けようとした。

「だ、あ、ストップ! だからあんた熱出してんだって言ってるでしょーがっ」

その刹那、どこか慌てたような声と共に腕を掴まれ、引き止められる。その言葉と手に、ルキナは困惑の表情で藍磁を見上げた。

「でも、本当に、なんともない、ですよ……?」
「そんなに熱くてなんともないわけあるか」

自分で額に触れてみても、とくに熱いようには感じられず、再度主張するルキナに、間髪入れず切り返すと、藍磁は溜息をつく。

「とにかく今日は家帰って寝とけ。出先でぶっ倒れたら洒落にならないぞ」

その言葉に、ルキナは、んー、と小さく声を漏らす。少しぼんやりするくらいで、本当に、不調と感じる所はない。けれど、目の前の青年が、自分の事を心配して、忠告してくれているのは十分感じられた。
それを大丈夫だと、頑なに言うのも失礼に思えたし、もし、本当に風邪を引いてしまっているのなら、下手に家に帰る訳にはいかない。
そこまで考え、とりあえず様子見するべきかな、と口に出さずに呟いてから、ルキナは、ちらりと藍磁を見上げた。

「……分かりました。一旦、どこか、宿屋に行ってみる事にします」

そう言ってから、次に考えるのは、どこの街の宿屋に行くかという事だ。この街の宿屋に泊まるのは、ここに家がある以上、あまり気乗りがしないし、モロクも、あの気候があまり好きではない。アルデバランも却下だ。
それに、本当に泊まるのであれば、ちゃんと連絡をしなければならない。それなら、不審に思われないよう、仕入れに行く街がいい。
そうすれば、大丈夫そうだったら、仕入れに行けるし……となると、無難なのは、ゲフェン辺りかなぁ。と、つらつら考えていたその時、正面から声が響いた。

「あー、だったらちょっと心当たりがあるな。送ってくよ」
「あ、はいっ」

その声に、反射的に答えてから、はたと、ルキナは目を瞬かせ、小首を傾げる。

「……今、私、声に出してたっけ?」

小声で呟くが、答えは無い。けれど、返答があった事から考えても、つらつら考えていただけのつもりが、どこからかは分からないが、口に出してたのだろう。

「う~、ホントにぼーっとしてるなぁ」

思わず呻く。が、カプラさんとやりとりをしている藍磁を見て、ルキナは再度はっとする。
先程は、反射的に頷いてしまったが、送る、という事は、ゲフェンまでついてきてくれるという事だ。向こうも、自分の予定があるだろうに、そこまで付き合わせてしまうのは悪いと思った。けど、反射的にとはいえ、受けてしまった申し出を今更断るのもどうなんだろう、と思い悩んでいたその時だった。

「……大丈夫か?」

再び声をかけられ、ルキナは、ぱちくりと目を瞬かせると、自然と俯いていた顔を上げる。そうして目に入ったのは、何時の間に戻ってきたのか、軽く眉を顰めこちらを見る藍磁の姿。その表情から、心配をかけてしまっているのに気付き、ルキナは、慌ててこくこくと頷いた。

「あ、はい、大丈夫ですっ」

そう答えてから、ついでとばかりに続けて口を開く。

「あの、本当に大丈夫なので、やっぱり――」
「じゃあ、行こうか。今回は、俺が先に飛ばしてもらうな」

――1人で大丈夫です。

その言葉は、何気なく紡がれた藍磁の言葉で遮られ、音にならずに消える。
そして、ルキナがもう1度口を開くより早く、宣言通り、さっさとカプラによる空間転送で姿を消した藍磁に、ルキナは慌ててその後を追ったのだった。

一瞬の浮遊感の後、見えたのは、仕入れや買い出しで頻繁に訪れるため、見慣れたゲフェンの街並み。ふっと、地に足がついた感触がした刹那、ぐらりと景色が揺れた。

「っ!」
「おっと」

ふわりと浮遊感が身体を包み、足が地に着く――その刹那、ふらつき、膝をつきそうになった。
そんなルキナを支えたのは、一足先にゲフェンへと飛んだ藍磁だ。数度目となる大丈夫か、という問いかけに、頷く事で答えを返し、礼の言葉を紡いでから、自分の足で立ち上がると、ルキナは1つ息を吐いた。
空間転送特有の浮遊感。一瞬とはいえ、はっきりと感じるそれは、慣れぬ内ならば、転送直後にバランスを崩すのはそう珍しい事ではない。が、疾うに慣れたはずの自分が、それに今更バランスを崩すのは珍しい。
そんな事を思いつつ、藍磁の先導の元、歩き始める。ゆっくりと流れる景色。そして、ゲフェンの東門前を通り過ぎたのを見て、はたと、自分がまだ妹に連絡をしてない事に気がつき、思わず呟いた。

「あ、そだ。お泊りするなら、プレちゃんに連絡入れなくっちゃ……」

宿屋に着いた後、仕入れに行くにしろ、そのまま休むにしろ、1泊するのであれば、連絡を入れなくてはいけない。
帰宅が遅くなる場合、もしくは、帰らない場合は、事前に連絡する。
それは、姉妹間でのルールだ。カルロは出掛けに今日向こうで泊まるかもしれないと言ってアルデバランへと出発したため、連絡すべき相手は、家に居るであろうプレナだ。
カルちゃんも無理してないといいんだけどなぁ、と考えながら、ルキナは片手を耳に当てる。そして、冒険者証を介し、声を送ろうとしたその刹那、横から声が耳に届いた。

「え、お泊り、って……家族居るんなら帰った方が」

微かな驚きと戸惑いが混じった声色でそう言ったのは、ルキナの横を歩いていた藍磁だ。
以前、成り行きで買い出しに付き合ってもらった時は彼の後を追う形で歩いていたのだが、今回は、歩調を合わせてくれているのか、隣を歩いてくれていた。そんな青年の言葉に、ルキナは、ぱちくりと目を瞬かせた後、苦笑する。

「ダメですよ~。風邪引いてるかもしれないのに、家に帰ったら、移しちゃうかもしれないじゃないですか」

まるで当たり前の事を話すかのように、さらりと、そういうルキナに対し、藍磁はきょとんとした表情を見せた。

「……そういう問題?」
「そういう問題です」
「……あ、そう……」

こっくりと頷いて、藍磁の言葉を肯定してから、ルキナは大切な大切な家族の姿を脳裏に描きながら、ふわりと柔らかな笑みで言葉を紡ぐ。

「だって、風邪、移って欲しくなんてないですもん」
「あー、うん、まあ、ね……」

ルキナの言葉に、藍磁は、視線を斜めに流しつつも、微苦笑を浮かべたのだった。

「ふぅ……」

ぱたん、と扉の閉まる音を聞き流しながら、ルキナは、1つ息を吐き、軽く辺りを見回す。
視界に広がるのは簡素な部屋。正面にある窓からはこの街の象徴ともいえるゲフェンタワーが見えた。

「……どうしようかな」

ぽつりと、呟き、ルキナは小首を傾げる。ここまで案内してくれた藍磁とは、この部屋の前で別れたため、今は1人だ。
相変わらず、ぼんやりとしているが、特に不調と感じる所は無い。唯一気になるとすれば、先ほど、珍しくバランスを崩してしまった事くらいだろうか。しかし、それも、珍しいと思いはするものの、そこまで気になる訳でもない。
とはいえ、部屋に入ってすぐ、出ていくというのもどうかと思い、考えていると、ふっと、肩から微かな重みがなくなったのを感じて、顔をあげる。そうして見えたのは、寝台の枕元に降り立ち、羽をたたむユエの姿。それに、ルキナは小さく笑う。

「そうだね。せっかくなんだし、少し、休憩していこっか」

そう言って、寝台へと腰を下ろしたその時だった。

「……あ、れ?」

ずしり。
座った途端に、沈み込んでしまいそうに思えるほどの倦怠感に襲われ、思わずルキナは声を漏らす。
もう1度立つのが辛く、何故今まで普通に動けたのかと思う程に体が重い。いっそ、倒れこんでしまいたかったが、そうすると、起き上がれなくなってしまいそうな気がして、はふ、と心なしか熱く感じた吐息を吐きだした。
そこでようやく、己の不調を自覚する。熱がある、とは、何度も言われていたし、もしかしたら、先程からのぼんやりや、眩暈はそれが原因だったのかもしれない。

(……先輩の言う通り、宿とってよかったぁ。気がつかないで帰っちゃってたら、カルちゃんとプレちゃんに、心配かけて、移しちゃうかもしれないとこだった)

そんな事を考え、心の底から、ほっと息をつく。そして呟くのは2度目の、どうしよう、だ。

(……薬、飲んだ方が、いい……んだろうな。……でも、持ってない、し…………体が、すごく、重い……)

風邪薬か何かを買って来て飲むべきだとは思う。が、一度自覚してしまった不調のせいだろう。体が酷くだるい。
ルキナはもう1度、はふ、と息をつく。本当に、このまま寝てしまおうか。そう考えたその刹那、声が聞こえた気がして、ぱちくり、と目を瞬かせる。と、同時に額に手が当てられた。

「……また、熱上がったか……?」

顔を上げると、目の前にいたのは先程別れたはずの人物で、その姿に、思わずルキナは軽く目を見開いた。

「あれ? 先輩……?」

何で、ここにいるんだろう、と思い、小首を傾げて、ルキナはそう呟くようにそう声を発する。と、藍磁は、軽く頷いて、口を開いた。

「ん、材料取りに行ってた」

そう言って、手に持っていた簡素な麻袋を、見せるように軽く上げてみせる。
かちゃり、と、小さな音を立てたその袋に、ルキナは、目を瞬かせ、こてん、と首を傾げる。

「材料?」
「そ、一応薬作っとこうと思って」

何でもない事のように、さらりと言われたその台詞にルキナは目を丸くする。え、と声が零れ落ちた。

「長引かせて家族心配させるのもまずいだろ?」

大事な家族だ。心配など、かけたくはない。
続けて問われた言葉に、ルキナがこくこくと頷けば、藍磁はちょっと待ってろな、と言い置いて、テーブルの方へと向かう。そして、袋から出されるのは、数種類の薬草と調合に使ういくつかの器具。それらを、使いやすいよう並べ置いて、そして始まるのは、薬の調合。必要な分の薬草を計って、それを刻んで、混ぜて擂り潰して――
思わず、まじまじとその様子を見ていたが、聞こえてくる作業の音にいつしか、自然と瞳を閉じていた。

懐かしい、と感じた。聞こえてくるその音が、酷く懐かしかった。思い出すのは、幼い頃の記憶。集落の人々の為に、薬を作る母の姿。それをすぐ傍で見ているのが好きだった。憧れていた。いつか、それを手伝いたいと、手伝って、作り方を教わって、自分でも作れるようになりたいと、そう、思っていた。いや、今でもそう思っている。自分自身よりも、自分の望みなどよりも、大切なモノができて、冒険者になって、錬金術師としての技術を身に付けたけれど、それでも。
ふっと、瞳を開く。再び視界に移るのは、調合を進める青年の姿。だからこそ、凄いな、と思った。羨ましいと思った。ずっと、憧れていたから。

――私も、そうなりたいな。

そう、思った。

「っと…よし、出来た」

そんな声が聞こえて、はたと我に返る。
何時の間にやら、調合が完了したらしい。そう気がつくと共に、出来たばかりの薬とぬるま湯が手渡される。

「あ、ありがとうございます」

それを零さないよう気をつけて受け取ると、藍磁はてきぱきとテーブルの上を片づけ始める。

「それ、飲んだらちゃんと栄養とってあったかくしとけよ」

作業台となっていたテーブルの上が片付けてから、振り返り、そう言った藍磁にルキナはこくりと頷き返した。

「はい」

その返事に、藍磁は微笑して、じゃ、おやすみ、と言葉を紡ぐ。
ちゃんとしっかり休めという思いが込められたその言葉に、ルキナは頭を下げる。

「おやすみなさい。先輩、本当にありがとうございました」
「いえいえー。お大事に」

柔らかな声の後、キィ、ぱたん、と小さく戸が閉まる音が響いた。
頭を上げ、音が消えた部屋を軽く見回して、そして、手元にある薬に視線を落とす。軽くぬるま湯を口に含んで、次に薬を口へと入れる。
こくり、と飲みこむと同時に、じわりと広がる独特の苦み。

「……苦い。……けど、良薬口に苦し」

苦いからこそ、ちゃんと薬が効くんだと、そう言っていた両親の言葉を思い出し、ルキナは微苦笑を浮かべる。そして、くっと、残りの湯を飲み干し、口に残る苦みを流す。そして、立ち上がり、コップと薬包紙をテーブルへ置くと、再び、寝台に腰を下ろした。
ふと、枕元に視線を向ければ、羽をたたみ眠るユエの姿。それに、ふっと、微笑を浮かべると、ぽすんと、倒れ込んだ。実際に横になると、本当にこのまま沈み込んでしまいそうなほど、体が重く感じる。

「……先輩、ちゃんと栄養とって、って言ってたけど……後でで、いい、よね。……寝て、目が覚めたら、薬、効いてるだろうし、それからの方が、きっと楽」

そんな事を小さく呟いて、ルキナはそっと目を閉じたのだった。

fin

おまけ

カルロ『……さん。ねぇ、姉さん。……姉さんってばっ』

ルキナ「……ん…………かる、ちゃん……?」

カルロ『姉さんっ! お願いだからいい加減返事してよっ!』

ルキナ「わわっっ! 耳打ちっ?!『ごめん、カルちゃんっ』」

カルロ『あ、……もう、どうしたのよ、姉さん。返答遅すぎ。露店しに行ったはずなのに、中々帰って来ないし、耳打ち返って来ないし』

ルキナ「あ……そだ、連絡しようって、思ってたのに、うっかり、耳打ち、するの忘れちゃったんだ……」

カルロ『ホントに、一体どうしたのよ』

ルキナ『ごめん、カルちゃん。……ちょっと、寝ちゃってた』

カルロ『寝てたぁっ?! 姉さん何やってるのよ』

ルキナ『えっと……露店、早々に売り切れちゃったから、仕入れしようと思って、ゲフェンの方に、行ってたの。……けど、その、疲れちゃったみたいで、休憩してたら……』

カルロ『何やってるのよ。いくら疲れたからって、外で寝たら風邪引くでしょっ。まだ寒いんだし』

ルキナ『うん。ごめん。気をつけるね。……ねぇ、あの、カルちゃん』

カルロ『ん?』

ルキナ『……そういう訳で、あんまり、まだ数、溜まってないの、だから……』

カルロ『あー。……じゃあ、泊まり?』

ルキナ『うん。ごめんね?」

カルロ『……別にいいけど、無理はしないでよね。まぁ、仕入れだし、大丈夫だとは思うけど』

ルキナ『うん。分かってる。……そういえば、カルちゃん』

カルロ『ん?』

ルキナ『カルちゃんが耳打ちしてきたって事は、今お家?』

カルロ『あ~……うん』

ルキナ『今日、お泊りするかもって言ってたのに……何かあった?』

カルロ『んー。大丈夫、心配かけるような事はないから。というか、今日人多くって、宿が埋まってたのよねー。狩り場も結構込んでてさ。ちょっと疲れたって訳』

ルキナ『そっか。お疲れ様。カルちゃん』

カルロ『ありがと、姉さん。(……まー、狩り場込んでたのもホントだけど、パンク狩ってたら、うっかりクロックに矢が当たっちゃって、逃げるのに、ハエ切れてたのもあって、蝶使ってプロに戻って来ちゃったから、なんだけどねぇ。にしても、本気でクロック痛いったら……)』

ルキナ『ちゃんと、ゆっくり休んでね?』

カルロ『あ、うん。分かってるって、姉さんこそだよ。じゃあ、私、プレの手伝いするから』

ルキナ『はーい。プレちゃんにもよろしくね』

カルロ『りょーかい』

あとがき
再び、Dirge, in the Skyの管理人、斎京蛍様より、キャラをお借りしましたっ! ありがとうございましたっ
ある意味定番な風邪ネタ。でも、結構かなり書いてて楽しかったです(笑
相変わらず、人様のキャラを借りて動かすのは、結構緊張するけど、今回は、元になるキャラ対話があったから、前回よりは、気楽にいけた感じ。……とはいえ、キャラ対話にはないシーンもちょこちょこあった、というかいれちゃったんで、その辺はやっぱり、どきどきでした(苦笑
まぁ、でも、ルキナ視点を目指して玉砕した第3者視点になっちゃってるせいで、ちょっと、拙い感が出てるのが反省点。キャラ視点って、ムズカシイ……


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使用素材: 11.03.07Studio Blue Moon様 アラベスク10

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