季節が夏から秋へと移り、段々と涼しくなってきたある日の早朝。静かに部屋の戸が開いた。辺りの様子を伺いながら、物音を立てぬよう気をつけて廊下へと出てきたのは、紫がかった青い髪の少女だ。手には小さく纏めた荷を持ち、そろそろと外へ向かう少女は、一見すれば家出のようにも見える。

「……行くの?」

玄関へ辿り着き、外へと続く扉に手をかけたその時、背後からかけられた声。思わぬそれに、少女、ルキナはびくりと肩を跳ね上げ、振り返る。

「……グレイシアさん」

振り返った先にいたのは、淡い金色の髪を背の中程まで伸ばし、プリーストの制服を身に纏った女性だった。
自分達を保護しここへと連れて来てくれた女性を見上げ、ルキナはこくりと小さく頷く。

「せめて、明日にすればいいのに。……1日で帰って来れるものじゃないのよ?」

ルキナが何をしに行こうとしているのか察しているのだろう。苦笑してそう言ったグレイシアに、ルキナは分かってます、と小さく答える。

「分かってます。……でも、ずっと前から決めてたから……」
「そう。……まぁ、それをルキナちゃんが望むなら止めないわ」

そう言葉を紡いでから、グレイシアはすっと足を進め、ルキナの隣へと行くと玄関の扉を開ける。

「行きましょう? 時間はまだあるけど、話は歩きながらでも出来るし……送らせて」

その言葉にルキナは頷くと開け放たれた扉から、外へ出る。
ひやりとした朝の空気がルキナを包み、少女は1つ深呼吸すると歩き始める。その横に当然のように並ぶのはグレイシアだ。

「……本当に良かったの?」

いつもは様々な人で賑わうプロンテラだが、早朝のせいだろう。人はほとんど居らず、こつこつと2人分の足音が響く。そんな中、グレイシアはそっと問い掛けた。

「……何が、ですか?」

小首を傾げ、不思議そうに問い返すルキナに、グレイシアは苦笑を浮かべる。

「そうね……本当に、冒険者になるのかって事と……何も言わないで来た事かしら。言ってないんでしょう。カルロちゃんとプレナちゃんに」

それを聞いて、ルキナは目を瞬かせ、次いで、不思議そうに、こてり、と首を傾げた。

「……何で、分かったんですか?」
「分かるに決まってるでしょう? 知ってからカルロちゃん達も見送りに来るはずだもの。それに、あの子達、お祝いするつもりだったみたいだし、知ってたら、昨日してたんじゃないかしら」
「……そっか」

小さく呟くように相槌を打つと、ルキナはふと空を見上げる。

「ずっと待ってた。私が12才になるのを。……グレイシアさんは、冒険者にならなくても……まだ子供でいてもいいって、そう言ってくれたけど……」

そこで言葉を止めると、ルキナは、すっ、と空からグレイシアへと視線を移す。

「……でも、それはダメなんです」
「ルキナちゃん……」
「今のままじゃ、私、何も出来ないから。お父さんと約束したんです。カルちゃんとプレちゃん、私が守るって。だから、今のままじゃダメ。約束、守れないから……それに、いつまでも、あそこにお世話になる訳にはいかないですから」

はっきりと言葉を紡ぐルキナにグレイシアは眉を寄せる。

「……そんな事、ルキナちゃんは気にする必要、ないのよ?」
「でも、私たちがお世話になるようになってから、グレイシアさんが、私たちといっしょにいるから、前より狩りに行かなくなったって聞いたし……それに、ギルドハウスは、ギルドに入ってる人が住む所でしょ? 本当は、私達がいていい所じゃないの、分かってます。……みんな、いい人だけど、でも、1番最初……グレイシアさんと言い争いしたの、知ってますから」

それを聞いて、グレイシアは息を詰め、目を見開く。

「っ! ルキナちゃん、あの時……聞いてたの?!」
「ごめんなさい。……最初の日、眠れなくって、歩いてたら……声、聞こえて……」
「……そうだったの」

軽く目を伏せ、声の調子を落としたグレイシアに、ルキナは少し慌てたように言い募る。

「あっ、でも、私、みんな好きですよっ。すごくいい人達だもん。優しいし、12才になったら冒険者になれる事とか、色々教えてくれたし」
「そう……」

そんな事を話しているうちに、2人はプロンテラの南門を抜け、街の外へと出る。そして、向かうのは、南東にある港町、イズルートだ。

「だからこそ、迷惑掛けたくないし、カルちゃんとプレちゃんは、ちゃんと私が守れるようになりたいって、そう思ったから、決めてたんです。12才の誕生日に、冒険者登録をしに行こう、って」

にこり、と笑ってそう言ったルキナに、グレイシアは思わず手を伸ばし、目の前のまだ小さな少女を抱きしめる。

「……ごめんなさい。本当は、まだ、子供でいさせてあげたかったのに……」

小さく零れ出たその言葉に、ルキナはきょとんと目を瞬かせる。

「どうして、グレイシアさんが謝るんですか? なんにも悪い事してないのに。それに、私は、私が冒険者になりたいって思ったから、今、こうしてるんだもん。さっきも言ったけど、……今のままじゃ、私、守れないもの。お父さんとお母さんの代わりに、守れない」

何度も自分に言い聞かせるようにルキナは言葉を紡ぐ。その様子を見て、グレイシアは痛ましげな表情を浮かべた。

「……私じゃ、ラルスとリシアの代わりには、ならなかったのね……」
「当たり前ですよ。だって、グレイシアさんはグレイシアさんでしょう?」

ぱちくりと目を瞬かせ、小首を傾げてそういうルキナに、そういう事ではないのだと、言葉が喉元まで出かかったが、今のこの子に言っても届かないだろう。それが分かったからこそ、グレイシアは、ただ苦笑する。

「……そうね」
「それより、早く行こう? 船、行っちゃったら、困るです」

つっと、視界に映る港町の方を向き、そわそわとした様子でそう言うルキナに、グレイシアはもう1度そうね、と答え、ルキナの手を取ったのだった。

イズルートの街へと入り、街の中を進む。そうして見えてくるのは、幾つもの船。
その中の1隻へと真っ直ぐに向かう。毎朝1度だけ出るその船こそがルキナの目的の船だった。

「じゃあ、行ってきます。見送り、ありがとうございました」

船の前へ辿り着くと、ルキナはくるりと、グレイシアの方を振り返り、ふわりと笑って言葉を紡ぐ。
それに対し、グレイシアも柔らかな微笑を浮かべた。

「えぇ、いってらっしゃい。……帰ってきたら、お祝い、しましょうね」

それを聞いて、ルキナはぱちくりと目を瞬かせた後、嬉しそうに笑った。

「ありがとうっ」

そう言って、ルキナはたっと船へと駆けて行った。

たったった。
軽い足音を立てて、船へと乗り込むと、そこに人は殆どおらず、ルキナは目を瞬かせる。

「人、いない……?」

話を聞いて、ふんわりと想像していたのは、それなりの人数の人々が思い思いの場所に居る光景だ。まさか誰も居ないなんて想像もしておらず、つい、小首を傾げ、呟いたその時だ。不意に背後から、声がかかった。

「こんにちは」
「ひゃっ!?」

思わず驚きの声を上げて振り返ると、そこに立っていたのは、白金色の髪を肩上で切りそろえた女性。
女性は、ルキナの反応に目を瞬かせてから、にこりと笑う。

「ごめんね、驚かせちゃったかしら?」
「あ、えと……大丈夫、です。……んと、お姉さんは?」

ことり、と首を傾げて問いかけるルキナに、女性は自己紹介する。

「私はファラ。修練所の案内人よ。あなた、冒険者登録希望者、よね?」
「うん。ルキナ・ディアレント、っていいます。今日、12才になりました」

ルキナの言葉に、ファラは軽く目を見開いた後、納得したように呟く。

「そう。道理で幼く見えたはずだわ」
「?」
「あぁ、ごめんなさい。登録可能年齢になってすぐ来た子を、見たのは久しぶりだったから……」

小首を傾げたルキナに、ファラがそう口にしたその時、ぐらりと船が揺れた。

「わわっ」

急な揺れに、バランスを崩し、転びそうになるルキナだったが、ぽふ、と誰かに受け止められる。

「大丈夫?」

視線を上げれば見えたのはファラの顔で、ルキナはこくりと頷いた。

「あ、大丈夫、です。ありがとう」
「どういたしまして。……今日の乗船者は、ルキナちゃんだけみたいね」
「え……?」

礼を言ったルキナににこりと笑いかけてから、ふと、ファラはルキナから視線を外してそう呟いた。
唐突な言葉にルキナは目を瞬かせるが、理由はすぐに分かった。景色が動いている。船が動き出したのだ。ゆっくりと遠ざかる港。それをルキナはじっと静かに見つめる。

――もう、後戻りはできない。

そんな言葉が、脳裏を過ぎった。
冒険者になる。それは、ずっと前から決めていた事のはずだったのに、いざその時が来てみれば、溢れてくるのは、緊張と不安。それを抑えつけようとするかのように、きゅっと、手を握り締める。

「さて、と……」

不意に声が聞こえ、振り返るとこちらを見つめるファラと目が合った。

「船は1時間くらいで着くから、その間に、知ってるかもしれないけど、いくつか説明させてもらうわね」

柔らかくそう言葉を紡ぐファラに、ルキナは小首を傾げる。

「説明?」
「そう。まずはこの船の行き先。まぁ、詳しい場所は話せないけど、何があるかは知ってるのよね?」

確認するかのように、問いかけるファラにルキナはこくりと頷いた。

「冒険者登録所と、修練所……ですよね?」
「そう。向こうに着いたら、冒険者登録申請書、っていうのを書いてもらって、それから3日間、修練所で講習を受けてもらう事になるわ。講習が終わったら、正式に冒険者として、登録が受理される事になってるの」
「そっか。……だから、3日かかるって、ミュゼットさん、言ってたんだ……」

今現在お世話になっているギルドメンバーの1人であるハイプリーストの言葉を思い出し、納得したようにそう呟く。ルキナに、ファラは再び問いかける。

「講習、何をするかは聞いてる?」
「あ、うぅん。そこまでは、行けば分かるから、って……」
「大丈夫、要するに、冒険者としての基礎を学んでもらうという事だから、心配する事はないわ」
「……冒険者としての基礎……」
「そう。冒険者としての心得や、認められている職業の説明、職業ギルドと個人ギルドの違い、ドロップ品についてとか、色々ね。あと、実技とかもあるけど……まぁ、これは職業によって戦い方が違うから、本当に触りだけね。本格的なものは、各職業ギルドで指導してもらう事になっているから」
「はい」

素直にこくりと頷いたルキナに、ファラは微笑する。

「あと、何か、聞きたい事はある?」
「え、と……あの、じゃあ、……冒険者になる人って、少ないんですか?」

ファラの言葉に、ルキナは逡巡してから、おずおずと問いかける。その言葉に、ファラは目を瞬かせた。

「いいえ、多いわよ? 誰にでもなれるし、国や街、地域を問わない職業だから。……でも、どうして……あぁ、そっか。今日の乗船者がルキナちゃんだけだったから、気になったのかしら?」

小首を傾げ、そう問い返すと、ルキナは小さく頷いた。それにファラは苦笑する。

「ふふ、ルキナちゃんが珍しいのよ?」
「ふぇ?」

間の抜けた声を上げ、きょとんとした表情を見せるルキナに、ファラは続ける。

「まぁ、色々な人がいるから、一概には言えないけど、冒険者になる人は、大体春から夏にかけてくる事が多いの」
「……春に?」
「そう。切りがよくて、活動しやすい季節だから、っていうのが主な理由かしら。あと、冒険者登録平均年齢は14~16歳。ルキナちゃんみたく、12歳になってすぐ来る子は珍しいのよ?」
「……そっか。今、秋だから、人少ないんだ……」

納得したように呟くルキナにファラは軽く頷いて見せる。

「そう言う事になるわね」
「……じゃあ、何で毎日船出してるんですか? だったら、春だけ船出した方がいいんじゃ……」

ふと、首を傾げ、そう口にすると、ファラは微笑して答えを返す。

「それは、ルキナちゃんみたいに、春以外にも来る人がいるからよ。それに、冒険者になる理由も本当に様々で、すぐになる必要があるっていう人も中には入るの。あとは、他の……このルーンミッドガッツ王国の外から冒険者になろうと来る人には対応するため、っていうのもあるかな。……ほら、もし、わざわざ遠くから来たのに、何かがあって船を乗り過ごしちゃったら、次の船が明日、っていうならいいけど、来年だったら、それまで、その人大変でしょ?」
「うん」

真顔で大きく頷くルキナの素直な反応に、ファラは思わず笑みを零すと続けて口を開く。

「でもね、それだけじゃないの。私達、修練所・登録所側にとっても、同じ人数に対応するなら、短い期間で大勢の冒険者登録をするより、長期間で少人数づつの方が都合がいいの」

その言葉にルキナは目を瞬かせる。

「そうなの?」
「そうなのよ。3日間しかないという短い講習期間で、出来るだけ多くの事を伝えたいと思っているから。それには、少人数の方が都合がいいの。一度に大勢を相手に教えようとすると、ただ説明するだけで終わって、1人1人を見る事が出来なくなってしまうから。……例えば、ルキナちゃんの質問に答えられるのは、今、ここにルキナちゃん1人しかいないから、って事。もし、ルキナちゃんの他に沢山人がいて、その人達皆がちがう質問をしたら、ルキナちゃんの質問に答える余裕は無いかもしれないでしょ? まぁ、ここで話す事は、そんなに多くないから、大丈夫かもしれないけど、向こうでの講習じゃ違う。教える事は、本当に沢山あるから」
「そっかー……」

苦笑して言ったファラの言葉に、ルキナは納得したような声を漏らす。

「他に、聞きたい事はあるかしら?」

小首を傾げ、そう問いかけるファラに、ルキナは少々沈黙してから、口を開いた。

「じゃあ……――」

船が目的地へと到着し、大地へと降り立つと、ルキナはくっと伸びをする。そして、くるりと振り返ると、にこりと笑みを浮かべた。

「ファラさん、色々教えてくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして。ここからは、道なりにあそこに見える建物に向かえばいいから。……頑張ってね」
「はいっ」

微笑して、ファラが指さすのは、そう遠くない所に見える建物。他に建物はなく、荒野が広がっているため、それは酷く目立って見えた。
それを確認してから、ルキナは笑顔で頷くと、ファラに背を向け、歩きだす。

「……あの子は、どういう結果になるのかしら。私の予想だと、マジ辺りなんだけど……」

小さな少女の背を見送りながら、楽しそうな笑みを浮かべ、ファラは呟く。その手にあるのは、乗船中のルキナの様子が記された報告書だ。乗船中、船の揺れで転びそうになっていた所や、様々な事を問いかけてきた様子を思い返しながら、さて、私はヘイスンさんにこれを提出しないと、とひとりごちるとファラはルキナが向かったのとは別方向へと歩き出した。

道を歩き、つり橋を渡って、建物の中へと辿り着くと、そこは小ホールとなっており、まるでルキナを待ち構えるかのように、1人の男性が立っていた。栗色の髪をした、真面目そうな顔の青年は、ルキナを見ると、淡々と口を開く。

「ようこそ、冒険者修練所へ。さっそくだが、ついて来なさい」
「は、はいっ」

そう言い置くと、男性はルキナに背を向け、歩きだす。それに、慌ててルキナは返事をし、パタパタと小走りに後に続いた。
廊下をしばらく歩いた先。通されたのは沢山の机が置いてある部屋だった。
一定の間隔でずらりと並んでいる机達に、ルキナは思わず目を瞬かせるが、とりあえず座りなさいと、声をかけられ、わたわたと近くの席に着く。それを確認してから、男性は口を開いた。

「ここで、講義を行う。……が、その前に、まず冒険者登録申請書を書いてもらう」

そう言って、渡されたのは筆記用具と書類。それに了承の返事をして、ルキナは書類を手にする。軽く目を通し、ぺらりと、2枚目以降の紙を見て、ふと、ルキナは首を傾げた。

「えと……あの、これ、何ですか?」

1枚目の紙は名前や年齢など、自身の情報を書き込むものであった。けれど、それ以降は、次の内、自身に近い単語を選べといったものや、このような場合、あなたならどうするかといった答えのないであろう質問ばかりが並んでいたのだ。

「それは、アンケートだと思ってくれて構わない。どんな者が冒険者登録するのかの傾向を知る等に使われる物だからな。協力してくれると助かる」
「あ、はい。分かりました」

なるほど、と納得し、ルキナはこくりと頷くと、ペンを手に取った。

書類とアンケートを書き終えると、それからは、休憩を挟みつつも、入れ替わり立ち替わり、教官の人々がやってきて、講義を行った。
冒険者の心得や、魔力の存在、定義と使い方、Wisもしくは耳打ちと呼ばれる冒険者特有の連絡方法のやり方等を教えてくれたのは、クリスと言う名の、前髪の一部が跳ねた青い髪の青年。
ポーションや蝶の羽、ハエの羽等、冒険者の使う基本的なアイテムの効果や使い方、注意点。魔物の落とすアイテム、通称ドロップ品についての説明や、それを売却できる店の紹介などについて講義してくれたのは、薄茶色の髪を赤い髪紐でツインテールにしたアリスという名の女性だ。
冒険者として認定されている職業と、その職業ギルド同士の関連性。そして、各職業の特徴などを説明してくれたのは鉄灰色の髪に、眼鏡をかけたブルースという名の初老の男性だった。

「はふー……疲れたぁ」

講習期間中、貸し出された部屋の中、ぽふりと寝台に倒れこみ、ルキナは呟く。

「……ホントに、ファラさんが言った通り、……覚える事いっぱい、……聞きたい事も、いっぱいだったぁ……」

たしかに、他に人いっぱい居たら、聞けなかった事、いっぱいあった……と洩らしてから、講習の際に渡された配布資料を眺める。しばらくの間、復習するかのように、今日の講習を思い返していたが、ふと、溜息をつくと寝返りをうち、天井を見上げる。

「……カルちゃんとプレちゃん……今、どうしてるかな……」

ぽつりと漏れた声は頼りなく、微かに不安の色が滲んでいた。
思い返してみれば、ずっと、それこそ当たり前のように、一緒にいたのだ。こんなに長い間、離れていたのは初めてだった。
思わず心細くなる心に、ルキナはバッと上半身を起こすと、ぶんぶんと頭を振る。

「だめだめだめっ! しっかりしなくっちゃ。私、お姉ちゃんなんだからっ! ちゃんとしなくちゃ。守れるようになるために来たんだもん。まだ、来たばっかりだもん。私は大丈夫じゃないとダメなんだからっ」

きっと、宙を睨むようにしながら、自身に強く言い聞かせるように声を上げると、きゅっと手を握り締める。
強い光を瞳に宿し、はっきりと、宣言した。

「明日も、がんばるっ!」

***

2日目の午前中に行われたのは、魔物についての講義だった。
植物・動物・悪魔・不死等の種族の説明と、その特徴と弱点などの傾向。魔物の危険度及び、通常、アクティブ・ノンアクティブと分けられる魔物の凶暴性。属性の説明とその関係性などこれまた様々な事を教授してくれたのは、飴色の髪をした、エルミンとケーンという名のどこか似ている2人の人物だった。
その講義が終わって、ぼんやりと思う。

(……ロッカーも、……アレも、種族は、昆虫。……ポリンは、植物。ルナティックは、動物。……じゃあ…………)

脳裏をよぎるのは、あの日の記憶。最後に、父を見た時の事。
あの、燃える家の中。たしかに居た黒い影。全てを壊した、元凶。

(……あれは、……一体、何だったんだろう……)

「……大丈夫?」
「え?」

不意に間近から声が響いて、ルキナははっと顔を上げる。

「あ……アリスさん」

そこにいたのは、昨日、アイテムについての講義をしてくれた女性だった。
ぱちくりと目を瞬かせ、どうしたんですか、と小首を傾げて問いかけると、アリスは少し心配そうに、ルキナを見る。

「それは、こっちのセリフ。ぼーっとしてたけど大丈夫? これから、昼食後に実技訓練があるんだけど」
「あ、大丈夫です。……ちょっと、考え事、してて」

苦笑し、少しばつが悪そうに頬を掻いた後、ルキナは小首を傾げた。

「アリスさんは、どうしたんですか?」

先程と同じ質問を繰り返すと、アリスはここへ来た目的を思い出したらしい。
あ、と軽く声を上げて、手に持っていた荷をルキナへと差し出す。

「ごめん、うっかりしてた。はい、これ。実技訓練の時はそれを着てね」

ぱちくりと目を瞬かせ、これは? と問うと、ノービスの制服よ、と答えが返ってくる。
それを聞いて、そういえば、講習の前に、採寸があったのを思いだして、なるほどと口にしてから、はたと気付く。

「……まだ、登録してないけど、着てもいいんですか?」

浮かんだ疑問をそのまま問えば、アリスは目を瞬かせてから、くすくすと笑う。

「ダメだったら、着てきてっては言わないよ。まぁ、確かに、ノビ服も冒険者である事を示す制服だから、本当は駄目なんだけど、物事には例外ってのがあってね。未登録者でも、講習期間中、修練所内でだったら、着ていい事になってるの。まぁ、ルキナちゃん、そこそこ動きやすい服を着てきてはいるみたいだけど、やっぱり、冒険者用の物の方が、適してるからね。それと、装備の着脱練習も兼ねてるから」
「そっかー」

納得したようにこくこくと頷くルキナに、もう1度笑みを見せてから、アリスはふと時計を見る。そろそろ食堂に向かった方がいいであろう時間を指しているそれに、あら、と声を上げた。

「ルキナちゃん、時間、大丈夫?」

その言葉に、え、と声をあげて、ルキナは振り返る。
そして、時計の指し示す時刻を目にし、目が丸くなった。

「わ、もうこんな時間だったんだっ!」

そう言うや否や、音を立てて立ち上がり、テキパキと荷物を片付けると、軽くアリスに頭を下げる。

「食堂、行ってきますっ。アリスさん、ノービス服ありがとうございました!」
「どういたしまして。午後の実技、頑張ってね」
「はいっ」

アリスの言葉に、ルキナは、にこりと笑って、大きく頷いてから、身を翻し、ぱたぱたと駆けていった。
それを見送ってから、アリスはくっと伸びをする。

「さて、と。ルキナちゃんに、ノビ服渡したし……後は、レン君の最終試験準備だけだね。ちゃっちゃとやっちゃうかっ」

1つ息を吐いて、そう呟いてから、アリスも教室を後にしたのだった。

「ん?」

昼食を食べ、ノービスの制服を着て、ぱたぱたと小走りに実技訓練場へと向かっていたルキナだったが、ふと、進行方向から向かって来る2つの人影に気付き、思わず立ち止まる。1人は昨日、冒険者の心得などを教えてくれた教官、クリスだ。そしてもう1人、クリスの後を歩くのは、若草色の髪をした――少年。
ノービスの服を着て、緊張しているのか、微かに顔を強張らせ、けれど、青色の瞳は真っ直ぐに前を見ている、ルキナと同じ年頃に見える少年だ。少年はルキナには目もくれないまま、すっとすれ違い、歩いていく。

「……私の他にも、人、いたんだ」

昨日は、自分以外に冒険者登録希望者を見ることがなかったため、てっきり、今ここにいる希望者は自分だけだと思い込んでいた。
とはいえ、昨日来たのはルキナ1人。ルキナにとって2日目である今日貰ったノービス服を着ているという事は、今日来た訳ではない。つまり、今日は彼にとって3日目であり、講習最終日という事だ。ならば、ルキナが2日目の訓練を終える頃には、彼は既に3日目を終え、街へと帰っているだろう。
今の少年と話す機会はもうない。その事にルキナは少し残念な気持ちになる。
集落での子供は自分たち姉妹だけだったし、プロンテラに来てからも、3人でいることが当たり前だったため、同じ年頃の子と接触する機会がなかったからだ。
ちらり、と後ろを振り返れば、どんどん遠ざかっていく背中。

「がんばってね」

そっと、言葉を紡いでから、前を向き直り、ルキナも歩き出す。
自分の言葉はおそらくあの少年には届いていないだろう。少年とルキナの距離は既にかなり開いていたし、そう大きな声を出した訳でもない。
けれど、それでいい。
そう思いながら、ふと、ルキナは首を傾げた。

(あれ? そういえば、ファラさん、冒険者登録出来るようになってすぐ来た子見たの、久しぶり、って言ってなかったっけ? ……って事は、今の人、私より、年上なのかな。おんなじくらいかと思ったんだけど……それとも、今の人はファラさん、会ってないのかな?)

しばしの間、首を傾げていたルキナだったが、まぁいいか、と結論付けると、再びぱたぱたと小走りに実技訓練場へと向かって行った。
後ろで、少年が振り返っていたのに気付かぬまま……

「ていっ!」

訓練場で借り受けたマインゴーシュを握り、教えられた通り、それを振るう。
とはいえ、中々手本のように体を動かすことは出来ず、その度に教官から注意が飛ぶ。その後も、休憩を挟みつつも、短剣、片手剣、槍、鈍器、弓、と一通りの武器を使った訓練が終わる頃には、空は赤くなり、ルキナは疲労困憊でへたり込んでいた。

「……ふむ。剣といい、槍といい、刃物を扱うのは苦手か?」

そんなルキナに、鉢巻を巻いた教官サイは、訓練中に何か書き込んでいた紙を見ながら淡々と問いかける。
その言葉に、ルキナはしゅんと眉を下げた。

「ご、ごめんなさい。……あの、い、言われた通り、やろうとしてるつもりなん、です、けど……」

尻すぼみになる言葉に、厳つい顔をしていたサイの表情が微かに緩む。

「初めから上手い者などいない。いたとしても、それは天性の才能を持った極々僅かな者だけだ。ここでは、武器の基本的な扱い方しか教える事が出来んしな。……それに、これは、適性を見る意味合いの方が強い」
「え?」

最後の方に、呟くように発せられた言葉。それを聞き取る事ができず、ルキナは思わず声を上げたが、サイは何でもないと、軽く手を振ると、一枚の紙を取り出し、ルキナに差し出す。
受け取ってみれば、淡い青の紋様と共に、見た事のない文字の羅列がびっしりと書き綴られていた。

「えと……これ、何ですか?」

読めないそれに、思わず首を傾げれば、スクロールだ、と答えが返る。

「……すくろーる?」
「ジュノーの魔法アカデミーで開発された魔法紙に、特殊な技法で術式を書き込み、冒険者……魔力の扱いを覚えた者であれば、誰でも魔法を放つことができるようにした物の事を言う。それは、コールドボルトの術式が書き込まれたものだ」
「へーっ」

教官の解説に、目を丸くしてまじまじとそれを見るルキナに、使ってみろ、と声が飛ぶ。
それにルキナは弾かれたように顔を上げた。

「えっ!? あ、あの、どうやって……」
「魔力の引き出し方、扱い方は習ったな?」
「あ、はい。昨日、クリスさんに……」
「魔力を引き出し、スクロールへ込めろ。そして、それを放つ。それだけだ」
「えと……はいっ」

簡潔すぎる説明に、思わず戸惑った声を上げるルキナだったが、こくん、と頷いて、返事をする。
1つ深呼吸し、手元の紙、スクロールへと意識を集中させていく。じわり、と感じる魔力を手へ集め、手からスクロールへと魔力を移動させる。
その刹那、ふわり、とスクロールに描かれた青の紋様が淡い光を放ち始め、ルキナは目を見開いた。どうしよう、と一瞬思うが、サイからの言葉は無い。少し迷ってから、そのまま魔力を込め続ける。すると、じんわり、と文字の方も淡い光を放ち始めた。
直感的に、もう十分だと感じた。もう、後は放つだけだと。
どうすればいいのか、自然と分かった。もう少し、魔力を引き出し、指へと集める。そして、すっと一本線を引くようにスクロールを撫でる。そのまま、少し離れた地面を指差した。

「コールドボルトっ!」

そして、発動の鍵となる言霊を紡げば、パキパキと音を立てて氷塊が頭上に現れ、指差した場所へと勢いよく降り注ぐ。その光景に、思わず声が漏れた。

「ふわぁ……」

スクロールの力を使っただけとはいえ、正真正銘、初めて使った魔法だ。感動しない訳が無い。
今の事象を自分で引き起こしたというのが半分信じられなくて、まじまじと見ているルキナを観察しつつ、サイは小さく呟く。

「……ふむ、本当にアドバイスなしで発動させたか。魔術的センスはあり、と」
「ふえ?」

その声に、ルキナはくるりと振り返る。
不思議そうな顔をしている事から、今の言葉が聞こえたわけではないらしい。そんなルキナにサイは腕を組む。

「君は武器よりも、魔法の適正の方が高いようだな。初めてにしては、発動がスムーズだ」

よくやった、と褒めてやれば、ルキナはぱちくりと目を瞬かせた後、瞳を輝かせた。

「あ、ありがとうございますっ!」

ぺこんっ、と頭を下げ、ルキナは、とても嬉しそうな笑みを零したのだった。

***

3日目は、昼過ぎに、冒険者資格取得試験を行うため、午前中は自由時間との事だった。
要するに、今までの事を復習するなり、他に気になることがあるなら教官に聞きに行くなり、試験に備えて体調を整えるなり、鍛錬を行うなり、好きにしろという事だ。
朝食時、食堂で席が隣だったアリスに聞いてみれば、大体の人は図書室で興味のある知識を学ぶか、昨日の訓練所で鍛錬を行う――これが最も多いらしい――か、自分に与えられた部屋で休むかだという。

「どうしようかな」

廊下で1人ぽつりと呟く。
そして、少し迷ってから、図書室へと足を向けた。鍛錬と言っても、自分1人でなんて、どんな風に練習すればいいのか分からない。なら、少しでも、何かを知りたいと思った。……けど。

「……ちょっとだけ、お話、聞いてみたかったな」

ふと、昨日の少年が脳裏を過ぎる。彼は、無事、試験に合格できたのだろうか。
……どんな冒険者になるのだろうか。そんな事を思う。

「う~……試験って、何するんだろう……」

……私、合格、出来るかなぁ。
少し不安げにそんな事を呟いて、ルキナは魔物図鑑を本棚から引き抜いた。

どきどきと鳴り響く胸を落ち着かせるかのように、大きく息を吐く。

「……つ、いたぁ……っ」

ともすれば、座り込みそうになる足を叱咤して、ルキナはぽてぽてと前に進む。
午後になり、ノービスの制服を着たルキナが連れて来られたのは、昨日とは別の演習場だった。
昨日と似たような光景。けれど、大きく異なっていたのは、あちこちに見える魔物の姿。それに目を見張りつつも聞かされた試験の内容は、要するに、ここから、反対側にある出口まで辿り着けばいい、というものであった。
ここに放されている魔物と戦うかは自由。しかし、中にはアクティブと呼ばれる攻撃的な魔物もいる、と。
実際、ポリンやルナティックは傍へ寄っても自由気ままにしているだけだったが、ファブル――本来、ファブルも、ポリンやルナティックと同じように穏やかな性質の魔物だったはずなので、ファブルによく似た別の魔物なのかもしれない――はこちらを見るなり、襲い掛かってきた。
それを貸し出されたマインゴーシュで倒しつつ、出口へと辿り着いたのである。

「よくやった」

不意に響く声に顔を上げれば、そこにいたのは、昨日の実技演習の教官、サイだ。

「あ、サイさんっ」

ぱたぱたと駆け寄れば、サイは腕を組む。

「合格だ。これから、最終説明と冒険者証の授与を行う。付いて来い」
「あっ、は、はいっ!」

サイの言葉に、思わず、ピンと背筋を正せば、サイは微かに笑うとくるりとルキナに背を剥け、歩き出す。
それにルキナは、ぱたぱたと後を追った。

そして、少し歩いた先。サイに連れられ入ったそこは、それほど広くない部屋だった。
そこにあるのは教壇のようなものと、ヴァルキリーを模した像のみ。教壇の向こうに立っていたのは、壮年の男性だった。

「ルキナ・ディアレントだな」
「はいっ」

静かに名を呼ばれ、どきどきとしつつも返事をする。こちらへ、と声をかけられ、前へと進み出た。

「まずは、2日間に渡る講習、お疲れ様。そして、冒険者資格取得試験の合格、おめでとう」
「あ、ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げたルキナに、男性、ヘイスンは微笑し、口を開いた。

「さて、では、冒険者証授与の前に、適性検査の結果を伝えよう」
「……適正、検査?」

心当たりの無い単語に目を瞬かせ、小首を傾げる。そんな事をした記憶は一切なかった。

「さよう。……冒険者、と一口に言っても、その職は様々。それらの事は既に知っているな?」
「はい。講習で教えてもらいました、けど……」
「ここ、冒険者修練場は、冒険者としての基礎を教える場であるが、同時に冒険者になろうとしている者の適正をみる場でもある」
「えっと、それは……冒険者として、適正があるかどうか、って事、ですか? でも、じゃあ、さっきの試験の合格、って……?」

眉を下げ、不安げな表情を見せる少女に、ヘイスンは、落ち着かせるように手を振る。

「それは、“冒険者として最低限の素質があるかどうか”をみる試験だ。適性検査はその先、“冒険者として、どの職の適正が強いか”というのを見るものだ。そしてそれは、ここへ来る時の船での様子や、ここでの様子、講義や演習、後は、今日の午前中の行動等を見て判断される。……唯一、君にもしてもらったのは、アンケートだな」
「あ」

心当たりのある単語に、ルキナは目を丸くし、声を漏らす。
確かに初日、記入した書類の中にそんなものがあった。初めて知る様々な事に押し流され、すっかり忘れていた。

「そっかー……だから、アンケートしてたんだ」

そう呟くルキナに、ヘイスンは微笑し、口を開いた。

「そうなる。……さて、では、意味を理解したところで、結果を伝えよう」
「は、はいっ」

その瞬間、感じたのは猛烈な緊張と不安。どきどきと鳴り響き始めた胸を押さえるようにして、ヘイスンの言葉を待つ。

「――君に、最も適正があるとされたのは、アコライトだ」

アコライト、その言葉に、ルキナは、軽く目を見張った。
とくん、と胸が高鳴った。……けれど。

「……あの、それって、適正があったものに、ならないとダメ、ですか?」

少しの不安を織り交ぜながら、問いかける。

「いや、そういう訳ではない。他に希望するものがあるなら、それを目指すのは自由だ。……もう、心は決まっているのだな?」
「――はい」

こくり、と頷く。
アコライトに、グレイシアと同じ道に適正があると知って、嬉しさを感じたのは事実だ。自分達を助けてくれた彼女に憧れを抱いていたから。それになれたら、と思う。
けれど、これから先を考えて、冒険者の職の説明を聞いて……もう既に、自分が選ぶべき道は決まっていた。

「……私は、マーチャントに、なりたいです」

はっきりと、口にする。
決めていた。冒険者になったら、今、お世話になっているギルドハウスを出ようと。
いつまでも、部外者である自分達が居ていい場所ではないから。だから、これからは、自分が、妹達を守って、そして、共に暮らせるように、お金を稼ぐ必要があると。
故に、これが、自分がなるべき職であると思った。

「そうか」

ヘイスンはそれだけ言うと、すっと、表情を改め、ルキナを見た。視線が交わる。

「……では、これより、冒険者証の授与を行う」
「はいっ」

背筋を伸ばし、返事をする。
おもむろに手渡されたのは1枚の書状。そして、小さな銀のプレート。書状には、冒険者資格取得証明書という文字があり、目を瞬かせる。

「……これ、は……」
「それを希望する冒険者職業ギルドに提出することで、転職するための試験が受けられる。もちろん、その前にまた、その職になるための修練を積む必要はあるがな。……もう1つの方は、言うまでもないだろう」

その言葉に、もう1度、それへと視線を移す。直径3cmほどの楕円形の小さなプレート。
真新しい銀色のそれの上部にはチェーン等を通すための小さな穴があり、その少し下に埋め込まれた鉱石がキラリと光を反射させる。

そして、鉱石の下部に刻まれた文字は――ルキナ・ディアレント。

確かに、自分自身の名が刻まれているそれに、今更ながらドキドキと胸が高鳴った。正真正銘、彼女が冒険者であることを示すモノ、冒険者証である。冒険者として行動する際には必ず身に着けていなければならないという規約と、耳打ち等をするのに必要な品であるため、全ての冒険者はどこかしらに身に着けている。邪魔にならない大きさである事と、シンプルな見た目故に、ペンダントやブレスレット、あるいはピアス等にしている人が多いらしい。
きゅっ、と大事そうにそれを握り締めると、ルキナはぺこんと頭を下げた。

「ありがとうございましたっ!」

***

波の音が響く。そして、行き交う人々の姿と声。
船から降り、目の前に広がる景色。前に来た時と変わらないはずなのに、何故かそれらは全く別物に見えた。
1つ息を吐くと、くるりと振り向き、去っていく船に向かって、深々と頭を下げる。顔を上げれば、ファラが手を振ってくれているのが見えて、こちらも振り返した――その時だ。

「お姉ちゃんっ!!」

背後から聞こえた声に、はっとして振り返る。
そして見えたのはこちらへと走ってくる2人の少女の姿。
1人はルキナとそう年の変わらなさそうな少女で、緋色のショートヘアに水色の瞳をしており、その後ろを懸命に追いかけているのは、ルキナよりも、いくらか幼い青い髪に藍色の瞳の少女。
それは、何よりも、大切な家族の姿だった。

「カルちゃんっ、プレちゃんっ」

思わず声を上げて、ルキナも駆け出す。どんっとぶつかるように抱きしめあった。

「お姉ちゃん、ひどいよっ! なんにも言わないでっっ」
「……さびし、かった」

文句を言うその声が、その姿が、とても懐かしく感じる。離れていたのは、たった3日間だというのに。
でも、だからこそ、2人の少女が、自分にとって、何よりも大切なのだと、改めて認識できた。

「ごめんね。でも、ずっと決めてたの」

ぎゅっと、カルロとプレナを抱きしめる力を強めると同時、柔らかな声が響く。

「冒険者登録、おめでとう。ルキナちゃん」

顔を上げれば、そこにいたのは淡い金色の長い髪を揺らして歩いてくる女性の姿。優しい笑みを浮かべるその人に、ルキナも笑い返した。

「ありがとうございます、グレイシアさん」
「無事にノービスになったのね」
「はいっ」

グレイシアの言葉にこっくりと頷いてみせれば、笑みを零しグレイシアは軽く手を叩く。

「ほら、カルロちゃんにプレナちゃん。ずっとさびしかったのも、ルキナちゃんが帰ってきて嬉しいのも分かるけど、2人とも何か言う事があったんじゃないの?」

その言葉に、2人はパッとルキナから離れる。それにルキナは目を瞬かせ、小首を傾げた。

「カルちゃん、プレちゃん?」
「あのね、ちょっとおそくなっちゃったけど、おたんじょう日、おめでとうっ」
「あと、……おかえりなさい、ルキねぇ」

はにかみ、そう口にした妹達にルキナは目を丸くする。そして、ふわり、と嬉しそうな笑みを零した。

「うん、ありがとう。ただいまっ!」

fin

おまけ
「……にしても、予想外だったなぁ」

帰るための船に乗る前。カプラ倉庫契約手続きをする少女の姿を眺めながら、アリスが呟く。
それに頷いたのは、ファラだ。

「そうよねぇ。……てっきり、魔法職に行くんだと思ってたんだけど……」
「あぁ、適正はそっち、っていうか、アコだったらしいわよ」
「え、って事は、マーチャントは自己推薦?」
「そうそう」

頷くアリスに、ファラは少し難しい顔で腕を組む。

「んー……あの子、大丈夫なのかしら……」
「さてねぇ、まぁ、サイも似たような心配はしてたわね。武器全般、散々だったみたいだし。思考傾向も、やっぱアコの資質が強かったしね。まぁ、強かさ、ってのとは確かに、無縁っぽい性格してたけど」
「……余計に心配になりそうな事言わないでよ。……素直に、アコライトになれば良かったのに。もしくはマジシャン」
「……でも私、シーフや剣士ならともかく、マーチャントなら、そこまで間違った選択はしてないんじゃないかって思ってるわよ?」
「え?」

意味深な言葉にファラは目を瞬かせる。それにアリスはくすりと笑った。

「まぁ、何にせよ、全てはあの子次第……って事よ」

あとがき
こ、これも、何か時間掛かりまくったなぁ……っっ!
とりあえず、でも、執筆中なのが1つ消化できてほっと一息です。
そんなこんなで、冒険者修練所ネタでした! ……今はこれ、分かるのどのくらいでしょうねぇ。アカデミーが来てから、なくなってしまって……ちょっと所か、結構残念だったりします。
さてはて……次は、憧れか出会いの欠片か……いーかげん、男性陣を出せる環境にしたい……なぁ(遠い目


戻る

使用素材: 幻想素材館Dream Fantasy様 扉の向こうに…

inserted by FC2 system