ルーンミッドガッツ王国の首都、プロンテラ。
首都と呼ばれるだけはあると言える程には、活気に満ちた街だ。その中でも特に賑わう南大通りに、1人の少女がいた。真新しいノービスの衣装を身に纏い、肩に付くくらいまで伸ばした若葉色の髪を揺らし、きょろきょろと辺りの景色を忙しなく見回している。
行き交う大勢の人々に、立ち並ぶ露店、レンガ調の建物。そんな、プロンテラを知る者にとっては何てことないいつもの景色だ。
けれども、その少女にとっては違うらしい。ふわ~、と感嘆の息を吐き、ターコイズブルーの瞳を好奇心と少しの不安で煌めかせ、ふらふらと歩いている。その様子は、少女がこの街に来たばかりである事を如実に示していた。

「わっ!?」

目に映る光景に気を取られ、注意力散漫になっていたのだろう。どんっ、と不意に背に走った衝撃。そのまま、地面に倒れ込む。ずさっ、という鈍い音は、すぐに街の喧噪に掻き消され、残るは、少女の膝が主張する、じんじんとした痛みだけだ。

「いたた……」

顔を顰め、少女が身を起こしたその時だった。

「――大丈夫か?」

そんな声をかけられたのは。
視線を上げれば、少女の目の前に立っていたのは、背の高い青年だった。黄金を溶かし込んだかのような金色の髪に、薄紅色の花と鈴で出来たどう見ても女性用としか思えない飾りをつけている。瞳の色は、鮮やかな緋色で、髪の色と相まって目を惹く色彩だ。そんな青年が身に纏っているのは、黒地に、肩と袖の部分が赤い、法衣と呼ばれるもの。それは彼がプリーストであるという事を示していた。少女がそんな、冒険者修練所で習った職についてのあれこれを記憶の引き出しから引っ張り出していると、青年は少女の手を取り、くっと引っ張り上げられる。引かれるがまま立ち上がった少女に、正確には立ち上がる事で見えた少女の膝から流れる赤に、青年は軽く眉を寄せると、魔力を編み、口を開いた。

「ヒール」

その刹那、ふわりと淡い光が少女を包み、溶けるように膝の痛みが引いていく。驚いて少女が己の足を見れば、少々血と砂で汚れているだけで傷自体は影も形もなくなっていた。それを青年も確認したらしく、1つ頷くと改めて少女に視線を合わせる。

「まだ、どっか痛かったりする?」

微かに首を傾げ、問いかけてくる青年に、少女は慌ててぶんぶんと首を振る。

「だっ、大丈夫です! 痛くないですっ。ありがとうございましたっ!」

そう言って、ぺこりと頭を下げた少女に青年は、ほっと表情を緩めた。

「そっか。丁度、痛そうに転ぶとこ見ちゃってなぁ」
「あぅ……」

苦笑した青年に、思わぬところを見られていたと知った少女は頬に朱を散らす。そんな少女に、青年は小さく笑って口を開いた。

「ノビちゃん、ここ、プロは初めて来たばっか?」
「へっ?」

ノビちゃん、という聞きなれない呼称に、目を丸くし、間の抜けた声を上げた少女だったが、数拍置いてから、己の纏っている制服がノービスだと示すものであるが故に、そう呼ばれたのだと理解する。が、青年は少女の反応を別に意味に取ったらしい、苦笑して頬を掻く。

「いやー、きょろきょろあちこち見ながら歩いてたからさ。慣れてなさそうというか、そーじゃないかなーって」
「あうぅぅ……」

端から見てお上りさん丸出しの様相を見せていた事実を認識し、少女は意味のなさない声を漏らして頬に両手を当てる。その様子に、己の推測は正しかったらしいと判じて、青年は、あわあわしている少女が落ち着くのを待ってから、にこりと笑って、とある提案を口にした。

「ノビちゃんさ、良かったら、街、案内とかしようか?」

その言葉に、へ? と少女の口から間の抜けた声が漏れる。ぽかん、と口を開け、青年を見上げてから、ハッとして、手と首を勢いよく振った。

「だ、だだ大丈夫ですっっ!! 1人で大丈夫ですっ! 地図もありますしっっ!」

冒険者になったばかりな上にこの街に来たばかりである彼女にとって、青年からの申し出は願ってもないものではあった。
が、そこで、その申し出を受けなかったのは、見ず知らずの青年に対する申し訳なさ半分、警戒心半分だ。ついでに言えば、都会は怖い場所だという先入観も、少女の対応を後押ししていた。
そんな少女の剣幕に、青年はぱちくりと目を瞬かせてから、頭を掻く。

「んー。まぁ、大丈夫ならいいけど、……迷ったり、転んだりしないように気をつけてな?」

元々、無理を言うつもりは無かったらしい。青年はあっさりと引く。その反応は、瞬時にあれこれ考え、最悪、走って逃げる必要があるのではないかという考えすら脳裏を過ぎっていた少女にとっては予想外のものだった。故に、虚を突かれ、一瞬、あれ? これお願いしても大丈夫な奴だった? と思考が掠める。けれど、危ない橋は渡らないに限る、と結論付けて少女は、ぺこりと頭を下げた。

「それじゃあ、私はこれで……ケガ、治してくれて、あり――」
「ちょっと待った」
「ぴっ!?」

紡いでいた言葉を途中で遮られ、腕を掴まれる。反射的に、びくっと肩を跳ね上げた少女は怖々と青年を見上げた。が、青年と目が合う事はなかった。青年は、北の方、大通りの奥を睨みつけていたからだ。先程までの和やかな表情を一変させ、険しい表情を浮かべているその様子につられるように、少女がそちらを見てみれば、まだ見知らぬ街の景色が見えた。ただ、それだけに見えた。
けれど、すぐにそれは違うと気付く。
ざわめく空気、それはすぐに悲鳴や大きな物音に取って代わられる。
だっと、幾人もの人が逃げていくその隙間から、この場所ではありえないはずの姿が見え、少女は大きく瞳を見開いた。

「っ、やっぱか!」

同時に頭上から青年の舌打ちが響く。そして、青年が口早に唱えるのは、ブレッシングと速度増加、基本支援と呼ばれる支援魔法だ。
そしてそれは、少女にもかけられる。ふっと、身体が軽くなったかのような感覚、初めてなそれを味わう間もなく、辺りは悪い意味で騒がしくなっていた。騒ぎから逃げ出そうと走る人、逆に武器を手に持ち、騒ぎの中心へと向かっていく人、様々だ。

「テロだーー!!」

この事態を周知させるためか、少し離れたところから、誰かの叫び声が聞こえる。
その声が、聞こえてくる戦闘音が、緊迫した空気が、今、少女が見たものが、見間違いなどではないと突きつけていた。

「何、で、魔物が……」

見た事のない様々な姿をしたモノタチ、それらの名前は冒険者になったばかりの少女には知る由もないが、それが魔物である事だけは、理解していた。

「ノビちゃん、セーブ地は?」

すぐそこから響く刃のぶつかる音に、魔物の唸り声。視界の端で炎が降り注ぐ。青年が、上手く立ちまわっているせいなのか、単純に運なのか、まだ、直接青年と少女へと向かってくる魔物はおらず、周辺の冒険者の元へと襲い掛かっている。そんな戦闘真っただ中な冒険者達へ支援魔法をかける合間に問われた言葉。それに少女は、ふるふると首を振る。

「わ、わからないです。カプラさんとか、修練所で初めて知ったし、まだ、登録してない……」
「――なら、故郷か、運が良ければイズ辺りかな。これ、持ってて」

そう言って青年から渡されたのは、縁が薄黄色で、所々に青が入った淡い水色の蝶の羽だった。見た目そのものの名を持つアイテムの意味はさすがに少女でも知っているものだ。

「せっかく来たばっかで悪いんだけど、危ないときにはそれ、使ってな。何するにしたって、生きててこそなんだから。ノビちゃん、避難出来る?」
「え、えっと……」
「うん、分かった。なら、俺から離れないでな。出来るだけ守るから。でも、ホントに危ない時は迷わず使ってな」

ある程度、プロに慣れていなければ、テロの範囲外を推測し、身を隠しながらそちらへ逃げる、なんて芸当は難しいだろう。故に、青年はそう言ってから、先程とは別の言霊を紡ぐ。

「キリエエレイソン」

キン、と澄んだ、けれでも硬質な音が少女の耳元で響き、目の前に一瞬、淡い緑色の透き通った障壁が浮かび上がり、そして消える。

「本職じゃないから弱いけど、まぁ、無いよりはましってね」

そう言って、青年は、自分にも同じものをかけ、再び周囲の冒険者に支援をかけようとしたその時だった。どっ、と空気が揺れ、魔物の勢いが増す。今現在も既に乱戦地帯になっているというのに、更にやってくる魔物たち。鋭く巨大な爪のついた腕に、背からいくつもの刃物を生やした白髪の男性。雁字搦めに絡みついた鎖が足のように動く剣。赤い煽情的な服を身に纏い、顔の半分を鬼の面で覆った、艶やかな長い髪の美しい女性。一見離れたところから見れば魔物のようには見えないが、その女性が従えているのは幾人もの全裸の男性だ。その肌の色は生者の持つ色では決してなく、目流れる血と、その四肢を貫く何本もの太い杭が異様さを際立たせていた。それらと共にある姿を見れば、とても、女性が人であるとは思えない。そして、宙に浮かぶボロボロの黒い布、元は服だったのだろうと予測がつくそれを身に纏う骸骨、けれども、その胴の部分が大きく黒く膨らんでおり中心に巨大な口が裂けているモノなど、見るからに禍々しく、恐怖を掻き立てるそれらに、本当に恐怖が行き過ぎると悲鳴すら凍り付いて出てこないのだと、少女は知った。

「へぇ、今回は割とちょいちょい効くのが混じってるな」

そんな時、傍らから響いた言葉に、少女は青年を見る。と、青年は、完全に支援の手を止め、それぞればらけながらもこちらへと迫ってくる魔物達を見据え、何やら言葉を呟いていた。詠唱にしては、今までと比べ、長い。
ふと、視界に小さな青が過ぎった。少女が思わず視線を向ければ、それは青年の手だった。正確に言えば、いつの間にか、青年の手の中に在った青い石、じんわりと淡く光を放つそれが、少女の目を惹いたものの正体だ。と、少女の見てる前で、ぴしり、と石に亀裂が入り砕け散る。刹那、青年の声が響いた。

「マグヌスエクソシズム!」

***

それから、しばらく。
少女の目の前には、様々なものが散乱した大通り、という光景が広がっていた。あちこちで、おつかれーと軽く声が交わされるのが聞こえる。そんな中、少女は大通りの端で、ぺたり、と座り込んでいた。
散乱した物を拾い集める人、談笑する人、気を取り直したようにどこかへ向かう人、露店の準備をし始める人、あんな事があったばかりだというのに、もう、大通りには、活気が戻りつつあった。

「ノービちゃん、大丈夫?」

不意に、そんな声がかけられる。ひょこりと、少女の目の前に立ったのは、金髪の青年だ。上半身を軽く横に倒すように傾けてそう問いかけてから、青年はその場にしゃがみ込む。

「はい、これ。良かったら飲んで」

そう言って差し出されたのは、赤いリンゴの形をした瓶だ。真上に穴が開いており、そこにストローが刺さっている。受け取ると、中の液体がたぷん、と揺れるのが分かった。

「あ、ありがとうございます」
「あぁ、それは、俺からじゃなくって、シャン……あー、そこのケミさんからだから、お礼はいらないよ」

そう言って、青年が指さした先にいたのは、あちこち跳ねた薄紫色の髪の青年だった。すぐ傍に、若苗色の長い髪に、白いノースリーブのワンピースを身に纏った幼い少女を連れている。少女の視線に気付いたのか、薄紫の青年はたれ目がちの青い瞳をぱちりと瞬かせると、笑って少女へ手を振る。それにぺこりと軽く頭を下げて、瓶に突き刺さるストローを軽く口に銜える。そのまま吸い込めば、口の中に広がるのは林檎の甘みだ。

「おいしい……」

思わず呟いて息をつく。自然と表情が柔らかくなるのが、分かった。
その様子を見て、青年は、ほっと息を吐いた。大体の魔物が倒され、直接的な危機は去ったと、分かるや否や、気が抜けたのか、その場に座り込み、動けなくなってしまった少女を大通りの端、座れそうな所へと運んだのが彼だ。なんだかんだ、負傷者が出ていたため、そちらの対応をしていたが、来たばかりの街でとんだ目に遭った少女が気にならない訳はなかった。

「災難だったなー」

そう口を開いてみれば、少女はこくん、と果汁を飲み込んでから、こくりと頷いた。

「すっごく、びっくりしたし、怖かったです……。なん、だったんですか、あれ」
「あー……あれは、テロ、枝テロ、って呼ばれてる」
「枝テロ……」

そういえば、と少女は思い出す。乱戦の真っ只中、テロだと誰が叫んでいるのを聞いた事を。
そんな少女に、青年は口を開く。

「古木の枝、ってアイテムがあるんだ。フェイヨンの南東付近にいるエルダーウィローや、コンロンにいる人面桃樹、って魔物がたまに落とすものなんだけどな。見た目はただの小枝で、でも、魔力がめっちゃ籠ってるから、冒険者とかちゃんと魔力の扱いが分かる人なら、ただの枝には見えない。それをこう、ぽきって折ると、魔物を召喚する事が出来るんだ」
「魔物を、召喚……」
「そう。まぁ、何が出てくるかは分からないんだけどな。ポリンみたいな無害なのから、とんでもない相手まで出てくるから。……それを、大量に街中で折って、起きるのが、これ。本来、枝で召喚された魔物は召喚主を襲うんだけど、その前に、召喚主がいなくなれば、あとは無差別に襲い掛かってくるからな。まー、今回は、比較的規模が小さかったのが不幸中の幸いか」

最後に何気なく付け足された言葉に、少女は思わず頬を引き攣らせる。

「規模、これで小さいんですか……。それに、今回は、って……」

まさか、割とよくある事だったりするのかと、恐々窺う少女に気付き、青年は、困ったように頬を掻いた。

「あー……うん。今回は比較的ましな方。結局最後まで跳ばずに済んだし……んで、これ……プロだと、うん、稀によくある、ってくらいには起きてるから……」
「……都会、って、怖い」
「あはははは……」

しみじみと吐き出された言葉に、視線を逸らした青年の口から乾いた声が漏れる。テロに関しては、フォローのしようがない。そんな青年に何を思ったのか、少女は、1人頷く。

「……うん。おにーさん、助けてくれて、ありがとうございました」

顔を上げ、しっかりと青年を見て、そう紡いだ少女に、青年は緋色の瞳を少し丸くしてから、ふっと、笑う。

「そーいや、自己紹介ってしてなかったっけな。俺はオーア」

そう言った青年、オーアに、少女も笑い返して言葉を紡ぐ。

「オーアさん、ですね。私はサツキ、って言います」
「サツキちゃんか。うん、サツキちゃんにも1回提案」
「はい?」

リンゴジュースの瓶を両の手で持ち、首を傾げたサツキに、オーアは口を開く。もう1回、の言葉通り、それは、確かに、先程聞いたものだった。

「ここの街の案内、俺にさせてくれない?」
「……何で?」

1度、断ったのにもかかわらず、何故再びそう言ってきてくれるのかが分からず、困惑するサツキに、オーアは頭を掻く。

「あー、余計なお世話かもしれないけど、テロの後だからなぁ。ちょっと心配で…………んーっと、クリーミーっているだろ? おっきい蝶々」
「え?」

唐突に変わった話題に、つい間の抜けた声を漏らす。頭上に疑問符を浮かべつつも、頷いて見せれば、オーアは続きを口にした。

「あれって、よく跳んでる……えーと、ひゅん、っていきなり姿消すだろ? そういう風に、別の場所に跳ぶ事が出来る魔物ってのは、それなりにいるんだ。で、割と厄介な奴が多い。……枝で召喚される魔物は何が出てくるか、分からないし、こういうテロじゃ、いくつ枝が折られたのか分からないから、魔物が何匹召喚されて、何匹討伐したか、なんて把握の仕様がないんだよね。だから、もし、召喚された魔物の中に、跳べるのがいて、早々に跳んでいたら……」
「……まだ、街のどこかに魔物が残ってるかもしれない……?」
「そゆ事」

さらりと肯定された言葉に、ぞっと背筋が冷える。顔色が悪くなったサツキに気付いたのだろう、金髪の青年は慌てて、わたわたと手を振り、口を開く。

「やっ! でも、大丈夫だって! それは、騎士団の方でも分かってるから、テロの後は、しっかり街中のパトロールしてるしっ! まぁ、でも、今すぐプロンテラ全域の安全確認が出来る訳でもなくってな、跳べる相手だと、見回った後の場所に跳んでくる事もあるから、ホントに何回も見回るって聞いた事あるし、だから、騎士団連中は、露店開いてる常連さん達の次にテロへの恨みが深いとか……って、それは関係ないな。まぁ、だから、テロの後は、路地裏とか、人通りが少ないとこはあんま行かない方がいいってのが、共通認識になってるんだ。けど、サツキちゃんみたく、来たばっかだと、そーゆーのも分かんないだろ? だから、どかなーって。あ! でも、人通りの多いとこなら、大丈夫だから、サツキちゃんだけで回りたいなら、そこら辺注意してれば大丈夫だと思うから!」

だから、断ってくれても問題ないのだと、自分の望む選択をして良いのだと言うオーアに、サツキはそのターコイズブルーの瞳を細め、ふわりと笑った。

「……じゃあ、やっぱり、案内、お願いします」
「おぅ。こっちこそ、よろしくな」

サツキの言葉に、オーアは、にっと笑って、少女の頭を撫でる。

「とりあえず、それ、飲み終わってから出発しようか」

サツキがリンゴジュースを飲み切った所で、それじゃあ、行ってみようかと、オーアは、少女の手を取った。そして、そのまま大通りに沿って北へ向かう……かと思いきや、青年は、サツキが座り込んでいた場所のすぐ近くにある、建物と建物の間へと入っていく。

「ちょっ、オーアさんっ?!」

路地裏という、入らない方が良いと言われた場所へと、忠告した張本人が進んでいくというまさかの事態に、サツキは慌てた声を上げる。それを受けて、オーアは振り返ると悪戯っぽく笑って片目を瞑った。

「こっちは大丈夫。ま、反対側だとちょっとあんまりよろしくないかもだけどな」

そんな事を言いながら、建物の影で薄暗い路地を西へ抜ける。
思ったよりも短く、あっさりと抜けたその先に広がっていたのは広場のような空間だった。すぐ目の前に現れたのは、背中合わせに並んだ緑のベンチ。広場を囲むようにあるのは、出店の数々だ。そして、包まれるのは、大通りに負けない程の喧噪。出店の人に何かを売っている冒険者に、その後ろから、わくわくとした表情を浮かべて、様子を伺っている仲間思しき人達。ベンチに座って談笑している女性達。ふっと、どこからともなく現れ、そして、足早に去っていく人など、様々だ。

「プロンテラの南西、この辺りは清算広場、って呼ばれてる。大通りのとこに、カプラさんがいただろ? そこで、位置セーブを頼むと、ここに戻ってくるってのもあって、 冒険者の行き来が多いんだ。元々は市場……ってか、このまま真っ直ぐ西に歩いてくと、食料とかの市場になってるから元々も何も普通に市場なんだけど、まぁ、店が多いから、狩りの成果をここで売ってお金に換えて、パーティメンバーに分配する、ってのがよくある光景なもんで、清算広場、って呼ばれるようになった感じかな」

軽く辺りを見回してから、そう解説するように言葉を紡いだオーアに、サツキの口からなるほどー、と納得の言葉が漏れた。

「ちなみに、冒険者に何か頼みたいって人とか、冒険者巻き込んだイベントやる時なんかは、ここで募集やら告知やらしてる事が多い。ロックスター商会のお祭りとか、新年のお祭りとか、精錬祭とかな。ただ、イベント会場とかで、冒険者だからって、こう、魔物討伐とか色々頼まれたりとかする事もあるから、気を付けてな。冒険者対象のイベントだとそもそもイベント自体に魔物討伐とかの頼まれごとが含まれてる事もあるし。頼まれ事を引き受けるにしても、イベントに参加してみるにしても、何をするかってのはちゃんと確認する事。……一回、魔物駆除の手伝いに巻き込まれた事あってなー……不死悪魔以外には無力だってのにさぁ……」

遠い目になって、乾いた笑いを漏らすオーアに、どう反応すべきは分からず、サツキは頬を掻く。そんなサツキの様子を見て我に返ったらしい。オーアはわたわたと意味も無く手を振る。

「あ、でも、割と報酬は美味しい事が多いから、無理じゃないようならやってみるのもありだし、イベントでしか出来ない楽しみもあるからオススメ」

ちゃんと自分の実力を踏まえて参加する分にはメリットが多いのだと笑って言ってから、オーアは広場の奥を指差す。

「で、さっきもちらっと言ったけど、向こうに進んでいくと肉屋とか、野菜とか、そういう食料品売ってるとこが多くなる。……行ってみる?」
「うんっ!」

笑顔で大きく頷いたサツキに笑い返して、冒険者の波を抜けていく。と、確かに、オーアの言う通り、出店の種類が変わっていくのが分かった。
プレゼントに良さげな品々や雑貨を扱う店から、カットフルーツや串焼き、軽食など簡単に食べられるものを売る出店へと変わり、そして、パンや野菜、肉など食材を扱うそれへと変化していく。出店の後ろにある建物も店であるらしく、人が出入りしているのが見えた。
サツキの視線に気が付いたのか、オーアが口を挟む。

「出店の後ろにある店は、出店と同じ店が多い。そうじゃない店は今はやってない……飲み屋とかで営業時間が重なってないとこだな。この辺は飲み屋とかも多いから出来る事だな。さすがに、営業中の店の前に出店出したんじゃ、営業妨害って奴になっちゃうし」
「確かに。……でも、ちゃんとお店があるなら、何で出店もやってるのかな? 2つもお店やるなんて、大変だと思うのに」
「あぁ、やっぱ、出店あった方が、人の目に止まるからっぽいぞ。こうやって、歩いてると、やっぱ、そっちのが目に入りやすいだろ? だから、出店が増えるにしたがって、普通の食料品売ってる店も、やり始めたらしい。オススメ商品とかを集中的に売れるから、やるだけの効果はあるんだってさ。ちなみに、出店とお店両方やってるのは大体そういう食料品の店で、他はお店か出店かのどっちかが出てるって感じかなー」

そう説明する青年に、なるほどーと返そうとして、ふと、脳裏を過ぎるものがあり、サツキは口から出てくる言葉を変えた。

「……でも、さっきあったサンドイッチの出店も、後ろのお店、開いてたような……」

そんな呟きに、オーアは目を丸くする。

「お。よく見てるなー。あそこは喫茶店だよ。ゆっくり休みたかったら中でお茶して、さくっと軽く何か食べたいときは出店で、って出来るようにしてるって訳」
「へ~」
「珍しくこの辺で喫茶店やってるだけあって、軽食も美味しいし、甘いものも評判だから、その内行ってみるといいかもなー」

その言葉に、サツキはぱちりと目を瞬かせ、小首を傾げた。

「珍しいの?」

オーアは頷く。

「ここら辺だと唯一だな。お茶するなら、西とか北東辺りのがそーゆー店多いし。この辺りだと他はみんな、食事処か飲み屋ばっかだ」

そう言ってから、オーアは何かに気づいたかのように目を瞬かせ、笑みを作った。

「ここら辺は、昼と夜だと見せる顔が全然違うからな。夜になると、出店が殆どなくなって、今は閉まってる建物が開いて、そこの窓から中の光が漏れてきてる、って感じで、すごく雰囲気変わるんだ」

オーアの言葉に、サツキは改めて辺りを見回してみた。そして、想像する。
夜。星が瞬く空は当然のように暗く、下を見ても、石畳の目地さえ見えない。けれど、前を向けば、視界の両端に並ぶ建物達。その窓から零れる光が、店が開いていることを告げ、戸や看板を照らす灯りが、夜の市場を浮かび上がらせていた。そこは、片づけられた出店と人通りの少なさから、昼よりも広々とした印象を与え、ともすれば、どこか寂しげで浮世離れした雰囲気さえ漂う。けれど、それぞれの店から漏れ聞こえる喧噪が、そんな雰囲気を霧散させていた。
そんな情景を思い描き、サツキは頬を上気させ、瞳を輝かせる。

「っそれはっ、とてもどきどきわくわくしますねっ」

さざ波が立ち、キラキラと陽の光を弾く湖面。そんな表現がぴったりだと思える程、ターコイズブルーの瞳を煌めかせた少女に、思わずくすりと笑みをこぼしてから、オーアは口を開く。

「行ってみるなら、早めの……宵の口くらいにしておく事。あんまし、遅い時間だと、人の目が届きにくいし、酔っ払いもいるからな」

女の子なんだし、自衛は大事、と忠告するオーアに、はーい、と良い子な返事をしてから、サツキは楽し気に問いかける。

「オーアさんっ。ちなみに、おすすめのお店とかは?」
「んー。さっき、サツキちゃんが見つけた喫茶店も美味いよ。あと、あそこも昼と夜で料理作ってる人変わるらしくて、同じ店とは思えないくらいメニューも味も変わるから、そーゆー意味でも、行ってみると面白いかも。後は、そうだなぁ……リストランテって店も面白いよ。味はめちゃくちゃ良くって、で、いろんな地域のいろんな珍しい料理とか置いてるのと、日替わりかってくらい、メニューがころころ変わるから、味に飽きる、ってのはまずないな。……まぁ、だから、アレが食べたかったのになかったっ、って事もあったりするんだけど。あ、でも、メニューになくても、言えば、材料が揃ってれば作ってくれるから、そういう時はダメもとで聞いてみると良かったりするな」

そう言ってから、ここの店はあれが美味しい、そこの店はこれが美味いという話をしながら歩いて行けば、突き当たりまで辿り着く。そこから、北へと歩いて行けば、目に見えて出店の数が減ってきた。缶詰やパスタなど保存が効くものを扱う店から、石鹸やティッシュ等の日用品を扱う店へと様変わりしていったせいだろう。その中に、ぽつ、ぽつ、とお洒落な雰囲気を漂わせたカフェを見つけ、サツキは、オーアの言葉を思い出す。お茶をする店なら西とか北東辺りの方が多いと言っていた。自分達が歩いてきた道のりを考えるに、この辺りが西区なのだろう。そう1人納得した所で、目の前を広い道が横切っていた。
それに沿って視線を左へと滑らせると大きな門が目に入る。それは、サツキがこの街に着いた時にくぐったものと同じように見えた。
それを指差して、オーアは口を開く。

「見て分かる通りではあるけど、あそこがプロンテラの西門な。西門や東門は、南門と比べて人通りが落ち着いてるから、人込みが苦手な人とか、落ち着いて倉庫手続きしたい人とか、テロ対策とかで、こっちに位置セーブしてる人も割といるな」

買い物するには、南にするのが1番楽なんだけどなー、と呟くように言う青年に、ぱちりとサツキは瞬かせた。最初の方の理由は良い。納得するものばかりだ。けれど、1つ、最後の理由だけは、よく理解が出来ないものだった。

「……テロ対策?」

訝し気な響きで零れた言葉に、オーアは1つ頷いてみせる。

「あぁ。大体というか、ほぼ必ず、テロが起きるのは、南大通りなんだよ。そこが1番人通りが多いし、露店が集中してるからな」
「……人が多い所が狙われやすい、っていうのは何となく分かるけど……何で露店?」

単純に、人が集まるから、って事かな、とサツキは首をひねる。そんな素朴な疑問にオーアは腕を組んだ。

「ん~~……俺も聞いた話だから、どこまで正しいのかは知らないんだけど、あーゆーテロ起こす奴らって、大体、起こす理由が3パターンらしくってさ。その3つってゆーのがが、愉快犯か、火事場泥棒か、嫌がらせなんだと。で、愉快犯だと、人通りが多い南大通りを狙って、テロが起きてるどさくさに紛れて露店の売り物盗む火事場泥棒は、露店が集中してる南大通りを狙う。で、嫌がらせの場合は、ターゲットがいる所で、なんだけど、その人の家とか、あからさまにその人を狙ってる、って分かってる場所でテロ起こすと、犯人だってバレやすい、って事で、愉快犯を装う事が多いらしいから……」
「理由は違くっても、狙われる場所はおんなじになる、って事……?」
「そーゆー事。だから、テロの規模によっては、街中央の噴水広場まで行くことはあっても、西門、東門の付近までは被害が及ばないんだよ。それを見越して、危ないときに、すぐにテロの範囲外に逃げられるように、もしくは、他の街とか狩場から蝶で戻ってきたらテロの真っ只中だった! みたいな状況にならないように、って理由で、こっちでセーブしてる人もいる、って事だなー」
「なるほどー。……私もそうした方がいいのかな?」

納得の息を吐いてから、小首を傾げたサツキに、金髪の青年は軽く頷いた。

「最初はその方がいいかもな。テロ対策もそうだけど、位置セーブもしてないって事は、カプラさんの倉庫手続きとかもまだ慣れてない所か使ったことない感じだろ? 南はいつも人多いから、それだけ利用者も多いって事だからなー。倉庫とか、転送サービスとか使う時、色々分からない事聞きながらやるなら、西とか東とかの方が、焦らずに出来るんじゃないかな?」
「たしかに」

今見ても、正門前にいるカプラ嬢付近にいる冒険者は数人程度で、南とは比べるまでもない程の差だ。

「西か東かは、家、えーと、住むとこに近い方がいいと思う。サツキちゃんは、最初は宿暮らし?」
「あ、はいっ! 最初はその方が安上がり、って聞いてるので」
「ん。その方が良いだろうな。って事は、修練所と提携してるとこだから……あの2か所か。ついでにそこも案内するよ」
「わっ、ありがとうございますっ!」

冒険者となる経緯は人それぞれだ。そして、日々の糧を得るためにという動機は珍しいものではない。
けれど同時に、冒険者を始めるには、お金がかかるのも事実である。魔物と対峙するための武器や防具の用意に、蝶の羽やポーションなど、予期せぬ事態に陥った時の為のアイテムの準備、地方からやってきた人であれば、更に滞在費も上乗せされる。それらの事前準備を十全に行えなかったが故に、冒険者の卵が雛になる前に潰れてしまっては問題だという事で、修練所では、冒険者登録をしたばかりのノービスを対象に、装備の貸し出しや、アイテムの配布など、何かと援助を行っている。
各都市の宿屋と提携して行っている宿泊サービスもその1つだ。
ノービスであるならば、冒険者資格取得証明書の提示を行うことで、証明書に記されてる日付から3ヶ月の間は、宿が提示した個数の空き瓶の納品で宿泊費が免除されるというものである。空きビンは駆け出しの冒険者でも狩れるポリン等から手に入れる事が出来る代物で、一般商会では大した値がつかないが、冒険者間では、アコライト系やアルケミストからの需要があるため、常にそこそこの値で取引されているものだ。
故に、修練所が冒険者間での相場で買い取る契約を交わす事で、このようなサービスが実現出来たらしい。

「んー、となると……今日のとこは、冒険者がよく行くとこを案内する感じでいいかな?」

今日の宿の手配に加え、初めての街で初めてのテロに巻き込まれたという肉体的・精神的負荷を考えると、プロンテラの街全域を案内するのはキツイだろうと判断してそういえば、サツキは、笑って大きく頷く。それに笑い返して、オーアは右の方を指差した。

「なら、ここからは、そっち――右の方に行ってみようか。そういうとこは中心部に集まってるからなー」
「はーい」

サツキの返事を受けてから、ちなみに、と言ってオーアは、正面、北の方を指す。

「このまま真っ直ぐ行くと、住宅地に入る。で、そのまま進んでくと、プロンテラ騎士団の詰め所がある。もし何か、困ったことがあったらそこに……っても、騎士団が動くのは事件が起きた時だから、お世話になることがない方がいいんだけどなー。まぁ、もし何かあったら通報して思いっきり頼っていいからな。向こうもそれがお仕事な訳だし。それとー……」

そこで、何故かオーアは言い淀むと、じっとサツキを見る。

「……オーアさん?」

訝し気に見返すサツキに、んーー、と謎の声を発してから、オーアは口を開いた。

「サツキちゃん、虫ってか、Tって平気?」
「へっ?」

唐突に問われた言葉に、思わず間の抜けた声が漏れる。
けれど、返答はどちらでも良かったのか、きょとんとオーアを見る少女が口を開くより先に、オーアは軽く手を振り、続きを紡ぐ。

「いや、別にどっちでも良いんだけどな。あいつらは俺もきしょくて嫌いだし。……んっと、そこの西門から外に出て、そのままずっと西に進んでくと、プロンテラの地下水路ダンジョンがあるんだよ。いや、元々はただの地下水路だったんだけど、盗蟲を中心にした魔物が入り込んで繁殖したせいでダンジョンって言っていい状態になっちゃってんの。で、騎士団の方で定期的に駆除はしてるから、増えすぎは防げてるらしいんだけど、減りはしてなくてな。有志の討伐隊を募集してるんだよ。討伐隊って言っても、いついつに絶対来ないとダメとかそういうのじゃなくって、行きたい時に好きに入れるようになるだけのものだから、気軽に参加登録して大丈夫。一応、街のライフライン担ってる施設だから、許可がないと中に入れなくてな。単純に立ち入り許可を与えた人の管理のために、討伐隊って言ってるだけのものだから。で、その討伐隊の参加受付も騎士団の詰め所でやってるんだ。奥深くに行くんじゃなきゃ、そんなに危ない魔物もいないし、職にもよるだろうけど、Tとかが平気なら、冒険者に慣れた頃にチャレンジしてみるのもいいと思う。って話」
「なるほどー」
「てか、話長くなったな、悪い」
「うぅん、知らない事ばっかりなので、ありがたいですっ」

ぶんぶんと首を横に振って言ったサツキに、オーアはほっと息を吐いた。

「そっか。それじゃあ、とりあえず、噴水広場の方まで行ってみるか」
「はいっ!」

サツキはわくわくとした表情で、オーアの言葉に応え、2人で西門から真っ直ぐに伸びる道の上を歩く。

「そういえば、オーアさんはその、地下水路ダンジョン、って行った事あるんですか?」

ふと、若葉色の髪を揺らして歩きながら紡いだ問いかけは、先程の話の続きに近いものだった。それに、オーアは、あー……と声を漏らす。

「アコの頃に何回か、シャン……あーっと、知り合いの奴に、連れられて行ったくらいだな。1人では行った事ないや」

それは、サツキにとっては予想外の返答だったのだろう。ターコイズブルーの瞳がまんまるになる。

「そうなのっ!?」
「おぅ。そもそも、俺、プリだしなー。今行ったとしても、ソロじゃ、ちゃんとは狩れないからなぁ」
「え? え? でも、オーアさん、さっき、ソロで、びかーって、すっごい怖そうなのの相手してましたよね?!」

手をバッと広げてそう主張するサツキに、オーアは、少し目を丸くした後、くすくすと笑う。

「それは、あいつらが、不死とか悪魔だったからだなー。俺は、プリーストの中でも、退魔型、っていって、まぁ、早い話が、お化け退治が得意なタイプなんだよ。だから、そういうの相手だったらイケるんだけど、そうじゃないの相手の時は、普通のアコプリさんと一緒。アコライトの特徴は教えてもらったんだろ?」

オーアの言葉に、頷いてから、サツキは、ぐっと両の手で拳を作った。

「でもでもっ、お化けやっつけられるのはすごいと思いますっ! お化け退治、頑張ってほしいので、頑張ってくださいっ!!」

私のところに絶対出てこないくらいにっ、と言うその語気の強さに、オーアは目を瞬かせた。が、ふと、思い当たることがあって、小さく笑みを作る。

「……もしかして、サツキちゃん、お化けとか、苦手?」
「うぐっ」

図星らしい。
何とも言えない声を漏らしてから、サツキはだって! と声を上げる。

「怖いじゃないですかお化けっ! なんか訳分からないしっ!! 見た目も不気味だしっ! 怖いしっ! 襲ってきそうだしっ!」
「まぁ、実際その手の魔物は襲ってくるのが殆どだしなぁ」
「やっぱり~~~っっ!! 絶対お化けは、嫌ですダメですっ! オーアさんは大丈夫なんだろうけどっっ!」

思い切り主張してから、気恥ずかしくなったらしい、うろとろと視線を彷徨わせる。と、少し離れた所にある看板に目を止め、あ、と声を上げた。

「あれって、宿屋の看板ですよねっ?!」

誤魔化すようにそう言い置いて、サツキはパタパタと駆け出して行く。その背に、複雑そうな苦笑を漏らして、金髪の青年は小さく呟いた。

「……よく、分かるよ」

それは、周りの音に簡単に掻き消されてしまう程度の声。けれども、先を駆けていたサツキは、ぴたりと立ち止まると、振り返った。

「今、何か言いました?」

きょとんとした表情を浮かべる少女に、オーアはにっこりと笑って見せた。

「そうだよ、って言っただけ。そこが、修練所と提携してる宿屋」

旅館ネンカラス、と書かれた看板を一度見上げてから、オーアはサツキに視線を戻す。

「ここが本館で、東の方にも1こ、別館があるんだけど……どうする? 宿泊手続き、ここでしてきちゃうか?」

その問いかけに、サツキは迷うように目を揺らし、ん~~、と声を漏らす。

「……その手続き、って時間かかります?」
「あー……結構かかるな。冒険者支援制度使う分、普通よりも」

頬を掻き、正直に答えてから、でも、案内終わってないし、予定もないから待ってても大丈夫だとオーアは言い添える。
けれど、サツキは首を振った。

「んーん。時間かかるんだったら、見て回りたいし、後回しにします」
「そっか」

そんなやり取りを経て、再び歩き始めると、不意に視界が開ける。前方に見える噴水と、噴水を囲む花壇とベンチ。それらの周りをぐるりと広い石畳の道が囲み、開けた空間を作っていた。南大通り程ではないが、この辺りにもぽつぽつと露店がある。友人同士で喋りながらゆったりと歩いていく2人組、駆けていくペコペコに乗った冒険者に、リュックを背負っている――どうやらペットらしい――ポリンと歩く女性など、混雑しているという程ではないが、人の行き来が多いように思えた。

「ここが、街の中心部。噴水があるから、噴水広場って呼ばれてる。んで、冒険者御用達なお店が集まってるのがこの辺だな」

そう言って、オーアは、道具屋、武器屋、防具屋、鍛冶屋と、広場に接する店を1つづつ、説明していく。

「――んで、今日のとこは行かないけど、ここの道を真っ直ぐ北に行くと、北広場があって、そこを抜けると、まぁ、ここからでも見えるけど、お城がある。で、南に行けば南大通りに繋がってる。……あと、はー……」

そこで、言葉を止め、オーアはきょろきょろを辺りを見回した。
何かを探している様子だったが、見つからなかったらしい。諦めたように1つ息を吐いて、サツキに向き直る。

「んー、何でもない。後は、さっくり東の方だな」

そんなオーアに、若干首を傾げつつも、頷いたその時、だった。

「あれ? オーアさん?」

そんな、澄んだ声が響いたのは。
反射的に振り向いた先にいたのは、1人の少女だった。紫がかった青い髪に海のような蒼い瞳。年の頃はオーアよりも幼く、サツキよりいくつか年上、といったところだろうか。暗い色の丈の短いタイトワンピースに、ロングブーツ、ギザギザと裾が大きく尖ったマントを身に纏っていた。片腕で大きな紙袋を抱え、もう片手でカートを引くその姿は、どこから見ても、買い物帰り、といった様子だ。

「あ、ルキナちゃん、こん~」
「こんにちわ、オーアさん」

ルキナと呼ばれた少女は、ふわりと微笑って挨拶を返すと、オーアの傍にいるサツキに目を留め、ぱちりと目を瞬かせる。

「はじめまして。オーアさんのお友達かな?」
「えっと……」

小首を傾げ、柔らかく問うルキナに、どう答えたものかと迷ったサツキが答えを紡ぐ前に、オーアが口を開いた。

「そんな感じかな。冒険者になったばっかで、プロに来たばっかだったから、案内してたの」
「あ、えと! 転ん……テロに巻き込まれたのとかっ、助けてもらってっ」
「えっ!? 大丈夫だったっ?! 大変だったでしょ」

驚いたように、目を見開き心配の言葉をかけるルキナに、サツキはわたわたと手を振る。

「だ、大丈夫ですっ! オーアさん、守ってくれたしっ」
「正確には、大通りにいた露店主さん達だなー。テロの中、上手く、俺とかサツキちゃんにタゲが行かないよう気を付けてくれたから……その代わり、ME型って知られたら遠慮なくそっち系のは俺に流されたけど……」
「あはは。向こうの露店の常連さんは、良いのか悪いのか分からないけど、テロ、慣れてますもんねぇ」

苦笑するルキナに、今度はオーアが問いかける。

「それで、ルキナちゃんは買い物?」
「あ、はい。買い物というか買い出しというか……」

そこまで紡いでから、ルキナは思いついたように、声をあげる。

「そうだ! 今から時間ってあります? もし良かったら、ちょっと、寄り道して行きませんか?」
「寄り道?」

不思議そうに首を傾げたサツキに、ルキナは笑って頷く。

「うん。えっと、向こうにある旅館の前でね、今、ハロウィンパーティーやってるの。だから、どうかなーって」
「ハロウィンパーティー、って……イベントか?」
「イベントだけど、そっちのイベントじゃないですよ。旅館の人とか、お泊りの常連さんとか、近所の人とかが集まってやってる感じのイベントです。なんでも、趣味でお野菜育ててた人が、カボチャすごく豊作で採れすぎてて、困ってたらしくって……」
「あー、どう巡り巡ったのかは知らないけど、パーティーって事で、一気にそのカボチャを消費しよう、ってなった、って事?」
「はいっ」

推測を口にすれば、ルキナはにこりと笑って頷く。ふむ、と声を漏らし、オーアはサツキへと視線を合わせた。

「サツキちゃんはどうしたい? 別館の方はまだ行ってないから、どっちにしろ近くまでは行く事になるけど」

そう、オーアは問いかける。その問いに、笑って、もしくは瞳を煌めかせて大きく頷く姿を予想しながら。しかし、その予想に反し、サツキはうろとろと視線を彷徨わせた。

「あ、え、うーっと……」

何やら迷っているらしい様子に、オーアは思わず首を傾げる。が、ふと、気づく。ほんのついさっき、垣間見れた様子とよく似ている事に。理由を察し、ハイプリーストの青年は苦笑を漏らした。

「サツキちゃん」

声をかける。気まぐれのような軽さを意識して、口を開いた。

「案内はここまでにしよっか」
「えっ?!」

笑いかけ、手を差し出したオーアと、目をまん丸にするサツキを交互に見て、ルキナは困惑したように眉を下げる。

「良いんですか? オーアさん、そんな……」

少し咎めるような色を混ぜた声音に、オーアは軽く笑う。

「平気平気。……元々、冒険者がよく使うとこの案内をしてたから、後は、宿屋の別館の方と、東のカプラさんのとこくらいだったんだよ。東門なら、分かりやすいし、大丈夫かなって」
「むぅ。ならいい……のかなぁ? ん~……なんかごめんね、お邪魔しちゃったみたいで」

サツキに視線を移し、申し訳なさそうに謝るルキナに、サツキはぶんぶんと首を振る。

「うぅんっ! あのっ、パーティ行ってみたいけど、案内の途中で寄り道してもらうのも、悪いと思ってたからっ! 少し残念だけど、パーティ行けるの嬉しい、です」

そう言って笑う少女に、ルキナも少しほっとしたように笑みを零した。

「そっか。……じゃあ、案内するから、よろしくね」

「ふわぁ……!」

目の前に広がる光景に、サツキは華やいだ声を上げた。
噴水広場から東へと伸びる道を進んでしばし。ここだよ、と、ルキナの先導で、どこか見覚えのある建物の角を右に曲がった先に広がっていたのは、先程の清算広場に負けず劣らずな程の喧噪。元は、それなりに広々とした空間だったそこに並ぶのはいくつもの長机。飲食スペースなのだろう、幾人もの人々がそこで飲み食いをしていた。その中に、鎧を身につけたり、武器を所持している人もいる事から、冒険者もそうでない人も関係なくこの場を楽しんでいるのが分かった。
飲食スペースを囲むようにあるのは、簡易的だと一目で分かるいくつかの出店で、いい匂いを漂わせている。

「サキちゃん、ごめんね。ちょっとこれ、頼まれてたの渡してくるから」
「あ、はーい」

きょろきょろと忙しなく、辺りを見回すサツキに、ルキナは笑ってそう言った。彼女が抱えていた荷物は、ここで提供している料理の材料が心許なくなり、追加の買い出しをしにいった結果だったらしい。
上手く人を避け、出店の方へと歩いていくルキナを見送る。

「……オマエも、……楽しみに来たのか……?」
「は――イッ?!」

そんな時、背後からかけられた声。
反射的に、他の参加者かと思い、返事と共にそちらへと、振り返ったサツキは、硬質な音が聞こえてきそうな程、ピシリと固まった。

目の前に、ふよりと白いモノが浮いていた。一見、幼い子供が、頭からシーツを被ったかのような、布のかたまり。けれど、その裾からは手も足も覗くことはなく、そもそも、宙に浮いているという時点で、人ではあり得ない。早い話が、お化けという3文字を聞いて、大体の人がイメージするであろう姿そのものだ。

「……ぼくの中身、気になる? ……フフフッ」

ふよん、と白いそれが揺れ動き、顔を模した模様がくるくると回る。その様を間近で見た衝撃で、フリーズしていた頭が再び動き出す。
瞬間、脳裏を過ぎったのは、南大通りでしたオーアとの会話だ。

『別の場所に跳ぶ事が出来る魔物ってのは、それなりにいるんだ。で、割と厄介な奴が多い。……枝で召喚される魔物は何が出てくるか、分からないし、こういうテロじゃ、いくつ枝が折られたのか分からないから、魔物が何匹召喚されて、何匹討伐したか、なんて把握の仕様がないんだよね。だから、もし、召喚された魔物の中に、跳べるのがいて、早々に跳んでいたら……』
『……まだ、街のどこかに魔物が残ってるかもしれない……?』
『そゆ事』

ザッと血の気が下がる音が聞こえた気がした。

「お、おおおオーアさぁぁんっっ!! 魔物っ!! お化けっっ!!! びかーーってのっ! びかーーーってのぉぉっっ!!」

慌ててオーアの服を掴み、お化けを指差す。
金髪の青年は、お化け退治が得意だと言っていた。ならば、どこからどう見ても、お化けでしかないこれも倒せるはず。そんな思いから上げた叫びだった。が、何故か反応が鈍い。テロの時は、少女が気付く前に警戒する様子を見せたというのに。
ソレから目を離すのも怖かったが、どうにかオーアの方へと視線を向ければ、金髪のハイプリーストは、なぜか、ぽかんとした表情で、ソレを見ていた。

「オーア、さん……?」
「……おまえ、もしかして、いや、もしかしなくてもキューペット、だよな、珍しい……」

まじまじと、目を丸くしてソレを見ていたオーアだったが、はたと、サツキに視線を戻し、安心させるように笑いかける。

「サツキちゃん、大丈夫。これは平気な奴だから」
「え?」

ぱちくりと目を瞬かせるサツキに、オーアは、ん~、と何事か考えるかのように声を漏らしてから口を開いた。

「街歩いてる時に、ポリンとか、ルナティックとか、連れて歩いてる人、見なかった?」

そう言われて思い出す。確かに、街を歩いている時、そんな姿を見かけた覚えがあった。故に、サツキは頷き、怖々とふよりふよりと気ままに揺蕩うソレに視線を戻す。

「見た、気がします……じゃあ、これも……?」
「そう。こいつもそれとおんなじ。キューペット、って言って――」

オーアが、キューペットについて説明しようとしたその時だった。

「すみませんっっ!」

横から響いた声にそちらを向けば、1人の冒険者が駆けてくる所だった。
ナイトであろう青年は、オーア達の元まで辿り着くなり、頭を下げる。

「すみません。こいつ何かやらかしましたか?」

ちょっと目を離したらいなくなってて、と言って溜息を吐く青年にオーアは苦笑を返す。

「まぁ、ウィスパーは消えるからなぁ。お疲れ。んでもって、こっちは、ノビちゃんが初めてウィスパー見て、びっくりしちゃっただけだから気にすんな」

オーアの言葉に、青年は納得の表情を浮かべた後、改めてサツキに向き直り、軽く腰を落として視線を合わせる。

「こいつが驚かせちゃったみたいで、ごめんな」
「いえっ、あのっ、こっちこそ、初めて見て、びっくりしちゃって、そのっ」

わたわたと支離滅裂な言葉を漏らす少女に、青年は苦笑して若葉色の頭を撫でる。

「うん、大丈夫。ちゃんと伝わってるから」
「うんうん。大丈夫、つか、俺もびっくりしたからなー。キューペットのウィスパーとか初めて見たもん」
「あはは、まぁ、縁があってね」

笑ってそう言った青年は、ふと改めて2人を見ると小首を傾げた。

「2人は……ここには今来た所かい?」
「はいっ! 今来たところですっ」

大きく頷いたサツキに、青年は、そうか、と1つ頷くと、とある方を指差す。

「じゃあ、あれはまだかな?」

青年の指差した先に見えたものに、ぱちりとサツキは目を瞬かせる。

「……かぼちゃ?」

少し離れたところに見える橙色。何やら、大きな台に乗せられているらしいそれは、確かにカボチャに見える。
けれど、距離があるここからでもそうだと分かる程度にはっきりと見えるくらいには存在感を放っている。つまり、大きい。

「催し物の1つで、あの巨大カボチャの重さ当て、っていうのをやってるんだよ。賞品も出るみたいだから、時間に余裕があるなら行ってみると良いんじゃないか?」

そう言って、青年は、じゃあ俺はこれで、とウィスパーを連れて去っていく。それを見送って、サツキはほっと息を吐いた。

「びっくり、したぁ……」

ドキドキと鳴る胸に手を当てしみじみ吐き出す。いくら危害を加えてこないとしても、近くに居るというだけで、怖いものは怖い。

「お疲れ」

そんな心情を察したかのように、自然とかけられる労りの声。それは、じんわりと優しく心に沁みていく。

「ありがとうございます」

ふわり、と笑みをこぼしたサツキに、オーアは苦笑する。

「まー、苦手なもんは、何があっても苦手だからなぁ。こっちも向こうも悪い訳じゃないんだけど、まぁ、しゃーない、って奴だよな」

軽く肩を竦めてそう言ってから、オーアは青年が告げていった橙色へと視線を向け、口を開いた。

「アレ。せっかく教えてもらったんだし、見に行ってみようか」

「ふわぁぁ……おっきい」
「はー……確かに、でかいとは思ってたけど、近くで見ると、ホント巨大カボチャだなぁ」

オレンジと黒で彩られた台に、どん、と鎮座するカボチャ。
遠目から見た時点で大きいと分かるものだったが、間近で見ると更に強くそれを感じる。なにせ、そのカボチャは、オーアの背丈をゆうに越していたのだから。乗せられている台の高さも含めれば、サツキの背丈の倍はあるだろう。

「こんなのの重さなんて、予想つかないなぁ……まぁ、だからこそ、イベントとして成り立つんだろうけど」

カボチャを見上げ、オーアとサツキは感嘆の息を吐く。と、そんな2人に気付いたらしい。1人の男性が声をかけてきた。

「お。重量当て、参加してくかい?」

にっと笑う男にオーアは問いかける。

「まず、これってどういうルールなんだ? 予想って何回でもやっていい訳じゃないだろ?」
「そりゃな。1人1枚、この紙に予想した重さを書いてもらう」

そう言って、2人に渡されたのは、手のひらの半分程の小さな紙だ。上下に小さく数字が入っており、2人とも違う数字であることを見るに、ナンバリングだと思われる。

「で、2つに切って、重さが書かれてる方は、こっちで預かる。もう片方は、当たってた時の引換券になるから、無くさないように注意してくれ。呼ばれるときは、ここの番号になるしな。予想受付は16時までだからまだしばらく先だから、それまでは適当に時間潰してるといい。受付終了と同時に、重さを計って答え合わせと結果発表、って流れだ。ちなみに、賞品一覧はそこだから」

そう言って、男性がポスターを指差す。とほぼ同時、ぴっ、とサツキが手を上げた。

「質問ですっ。そのカボチャ、どうやって重さ量るんですか?」

サツキの問いに、男性はその疑問はもっともだという風に頷いて、巨大カボチャを支える台を指す。

「あぁ。あの台が大きな量りになってるんだよ。で、その周りを色塗った板で囲って隠してるんだ」

なるほどー、とサツキとオーアの声が揃う。

「で、どうする? やってくかい?」
「はいっ!」

元気よく頷いてから、真剣な目で、カボチャを見るサツキに、男性は微笑ましいものを見たという目で笑うと、予想重量を書くためのペンを手渡し、オーアへと視線を向ける。

「そっちはどうする?」

もう1本、手に取ったペンを軽く振って問いかける。

「んー。運試しと思ってやってみるわ」
「はいよ」

そんなやりとりの後、ペンを受け取り、各々思い浮かんだ数字を綴って男性へと渡した。そんな時だった。先程聞いた声が、喧噪の中、耳朶を打った。

「重さ当てですか?」

桔梗色の髪を揺らし、そう声をかけてきたのは、先程、荷を置いてくるといって離れていったルキナだ。
宣言通り、荷は、しっかり置いてきたようだが、代わりに大きさの違う青い鳥を2羽、連れていた。

「あ、ルキナちゃん、おかえり~」
「おかえりなさ――鳥さんだ!」

振り向き、ルキナが連れた青い鳥を瞳に映すと、サツキはパッと表情を輝かせる。

「うん。私のホムンクルス。大きい子がユエちゃんで、頭に乗ってる小さい子がセイちゃんっていうの。よろしくね」
「よろしくですっ。わっ、あ、えっと、触っても良いですか?」

瞳を煌めかせてそう言ったサツキに、ルキナが答えるより早く、ユエがその丸くふかふかした身体を摺り寄せた。その温かさと柔らかさに、サツキは黄色い声を上げる。

「良いみたいね」

くすくすと微笑って見守るルキナに、オーアは先程から宙ぶらりんになってしまっていた問いの答えを口にする。

「ちなみに、俺とサツキちゃんは、今、予想書いて渡したとこ。ルキナちゃんは? これ、やったのか?」

それにルキナはこくりと頷く。

「うん。お野菜辺りが当たるといいなぁ、って。お菓子作りコーナーの手伝いもしてるから、最後まで居ますし」
「なるほどなー。って、そうそう、俺まだ、賞品が何なのか見てないんだった」

ぽん、と手を打つと、ユエと戯れていたサツキの方からも、声が上がった。どうやら、聞こえていたらしい。

「あ、私も見たいですっ」

ユエから離れ、ぱたぱたと駆けてくるサツキと共に、男性から教えてもらったポスターの前へと移動する。そうして見上げてみてみれば、賞品一覧が分かりやすく並んでいた。秋野菜の詰め合わせに、しおれないバラのブーケ、食事券などの文字が並ぶ。

「あ。宿でのお食事券だ。いーなー」

隣から響くサツキの声を聞きながら、一覧の一番上を見て、オーアの目が丸くなった。

「リストランテの特別ディナーコース招待券、ってマジかこれっ?!」

思わず声を上げたオーアに、ぱちくりと色味の違う2対の青い瞳が瞬く。

「オーアさん、どうしました?」
「……あれ? リストランテ、ってさっき教えてくれた……?」

街の案内をしてもらってる最中に、オーアから聞いた事を思い返しつつ、そう口にしたサツキにオーアは1つ頷く。

「そうそう、そこそこ。あの店って気まぐれにメニュー変わるせいか、予約必要なコース料理ってめっちゃくちゃ珍しいんだよ。まぁ、あの店だから、不意打ちでやる時もあるらしいケド。かち合った事ないんだよなぁ、俺……ただ、やっぱ、めっちゃ美味しいっては聞いてるから……いいなぁ~~っ。重さ、もっと真面目に考え……ても分かんねぇな、あれ」

自身を落ち着けるように、はぁ~、と大きく息を吐く。

「ってか、どうやったら、あんな巨大カボチャが育つんだか……」

それは、気分を切り替えようと、疑問と呆れを多分に含ませた独り言だった。けれど、意外な所から、答えが返る。

「あぁ、何か、種がトクベツだったらしいですよ? さっき、このカボチャとか他のお野菜育てたっていうルーンナイトさんが言ってました」
「へ?」

さらりと告げたルキナに、思わず間の抜けた声が漏れる。

「トクベツ、って、何が特別なんですか? 新しい種類のカボチャとか?」

興味津々といった様子で視線を向けてくるサツキに、ルキナは頬を掻いた。

「ん~……具体的に何が違うのかは分からないですけど、このカボチャの種、ジャックから貰ったんだ、って言ってました」
「は?」

聞き捨てならない言葉に、オーアの声が反射的に低くなる。

「ルキナちゃん、ごめん、ちょいまち。ジャック、って、あのジャック? ジャックって名前の人とかじゃなくて?」

出来るならそうであって欲しいと願いつつそう問いかけたオーアに、ルキナは、思わず苦笑いを浮かべ、視線を逸らす。

「……たぶん、あのジャックだと思います。去年の今頃貰った、って言ってましたし」
「おぉぉいいぃ……」

ルキナの返答にオーアは頭を抱える。そんな2人に困惑した視線を送るのは、なりたてノービスであるが故に、全く話についていけなかったサツキだ。

「え、っと……?」

そんなサツキに、気付き、ルキナはえっとねー、と解説の為に口を開いた。

「ジャック、って名前の、身体が黒くって、頭がくりぬいたカボチャになってる魔物がいるの」
「……魔物」

思わず、サツキの頬が引き攣る。トクベツ、の意味が魔物から貰ったから特別なのだとしたら、オーアの反応がこれ以上なくよく分かる。そんな事を思うサツキの前で、ルキナは続きを口にする。

「うん。……で、その、大体この時期って、ハロウィンなせいか、よく、ニブルヘイム……死者の街の人……人じゃないね、えっと、人間に友好的な魔物さんが、冒険者に手伝いを求めに、こっちに来る事があるの。だから、確かに、貰う機会はありそうだなぁ、ってお話」
「……死者の街、って事はお化けの街? ぜっっっったい行きたくない……っ! じゃなくって、その種から、出来たカボチャってホントに大丈夫なんですか?!」
「そう! それな!」

サツキの叫びにオーアも同調する。そんな2人に、ルキナは頬に人差し指を当て、ん~、と声を漏らした。

「まぁ、確かに、育てて出来たカボチャの3つに1つくらいは、ジャックの顔みたいになって、動き出したらしいですけど――」
「「ダメじゃんっっ!!」」

2人の声が綺麗に揃う。

「でも、そうならなかった、っていうカボチャは普通の甘くて美味しいカボチャでしたよ? ルーンナイトさんも、自分で食べて、知り合いに食べさせて、大丈夫なのは確認したって言ってましたし」
「それって、毒見じゃ……」

安全性の分からんもんを人に食べさせるなよ、と若干引くオーアに、ルキナは苦笑する。

「でも、私から見ても、ここにあるカボチャは普通のカボチャですよ。魔力含有量的には、冒険者が回復材として食べる方のカボチャと同じくらいですから」

ルキナはアルケミストである。しかも、ポーションなどの制作に特化した、純製薬型と呼ばれるタイプのそれである。職業柄、魔力を含んだ植物の扱いには長けているのを知ってるため、オーアは一応の納得を見せる。

「なら、一応、大丈夫……なのか?? ……あぁもうっ、でもこれって、一歩間違えるとうちの案件……っ、いやっ、あいつ、あの見た目の癖に悪魔じゃないから、違うけどっ! つか、正直、騎士団さーんっ! って感じなんだけどっっ」

深く考えると思うところがありすぎたらしい。オーアは再び頭を抱える。
と、その時、背後から笑いを含んだ声が返った。

「だいじょぶだいじょぶ、俺たち、騎士団員だから」

そう言って笑うのは、今さっき、重量予想の受付をしてくれた男性、つまり、主催者側の人間だ。

「おいぃぃぃ、良いのかよ、ホントにそれぇ……」
「大丈夫大丈夫。騎士団が動くのは何か起こってから、もしくは起こることが確定してからだしなー。まだ何も起こってないし、俺らが魔物化してないカボチャ食べても何も起きなかったし、問題ない問題ない。そもそも、ここのカボチャとか野菜とかって、うちの隊長が育てて持ってきた奴だし」
「はぁっ?!」

思いもよらない言葉に、オーアは目を剥き、しばし固まった後、深々と、本当に深々と息を吐いた。

「ホンっトに……何やってんだよ、その人は……」

驚き疲れたらしく、力ない声を漏らしたオーアに男性は笑う。

「あっはっは。まぁ、隊長だからなぁ。控え目に言って、畑仕事と騎士団、どっちが本業か分からなくなってるし」

それは、実質、畑仕事の方が本業と化しているという事ではと、思わず突っ込みたくなるが、これ以上突っ込んだらキリがない、と飲み込み、代わりに特大の溜息をつく。

「あの……オーアさん、……大丈夫?」

そんなオーアにおずおずと声をかけてきたのはサツキだった。その声に、オーアはハッとしてそちらへと向き直り、苦笑を見せた。

「ごめん、サツキちゃん。大丈夫大丈夫。……とりあえず、気を取り直して……どうしようか?」

へらりと笑って、間の抜けた問いをするオーアに、ルキナがくすりと微笑う。

「今、サキちゃんと、時間あるなら、一緒にカボチャケーキ作らない? って話してたんです。カボチャパイとプリンはまだいっぱいあるから」
「お菓子作り体験コーナーで作ったお菓子は、そのまま全部もらえるんだって!」

満面の笑みでそう付け足すサツキを見れば、乗り気なのは一目瞭然だ。故に、オーアは頷いてみせた。

「ん。じゃあ俺も手伝うよ」
「わーい! ありがとうございますっ」

はしゃいだ声を上げるサツキに、ルキナが声をかける。

「じゃあ、1つ作業台の確保、お願いするね。私、材料貰ってくるから、そうしたら、一緒に作ろっか」
「はいっ!」
「え、ルキナちゃんいいの? イベントの手伝いしてたんじゃ……」

買い出しをしてた姿を思い返し、オーアが口を挟めば、ルキナは、にこりと笑った。

「大丈夫ですよ~。元々は私も一般参加ですから。最初、提供する方のお菓子、作る人が少なかったのと、私が作るの好きだから、手伝ってた感じですし」

めいっぱい、作れて楽しかったです、と笑う。そんなルキナに、オーアも笑みを返した。彼女の腕前はなんだかんだで良く知っている。

「じゃあ、遠慮なく、よろしく頼むな」
「はーいっ」

返事をして、ルキナはぱたぱたと材料を貰いに向かう。その刹那、ちらりと巨大カボチャに視線を移した。

(……普通の大きさのカボチャは、ホントに普通のカボチャなんだけど)

すぐに、視線を元に戻し、ぱたぱたと走りながら、胸中でぽつりと呟く。

(おっきいのは、大きいから魔力が多いだけなのか、純粋に含有魔力が多いのか、判断、つかないんだよなぁ……)

「お待たせですっ」

そんな声と共に、ルキナが戻ってくる。片手で紙袋を抱いているその姿は、今日最初に出会った時と同様で、違うのは、先程よりも紙袋が小さい事と、ホムンクルスを連れたままという事くらいだ。

「カボチャは、最初に茹でてあるから、ちょっと手間は省けるねー」

そんな事を言いながら、紙袋から材料を取り出し、作業台へと並べていく。

「んじゃあ、俺はカボチャペースト作るか」
「はーい。じゃあ、私たちは、卵割って、生地作ろっか」
「はいっ!」

そんな会話の後、それぞれが必要なものに手を伸ばす。
調理音が響く中、何気なくルキナは口を開いた。

「そういえば、サキちゃんは何になるの?」
「あー、確かに。プロまで来たって事はアコか?」

手を動かしながら、そう問いかければ、ふえっ、とサツキの声がひっくり返った。

「いっ、いやっ! そういう訳じゃないですっ。イズルートのすぐ近くだったし、大きい街って行った事なかったから、どんな所なのかなって思って!」

冒険者登録をするための修練所へ行くにはイズルートから出ている船に乗るしかない。帰りは、希望する都市があれば転送してもらえるが、そうでなければ、船でイズルートに戻ってくることになる。地方から出てきて諸々一段落した後、すぐ近くに存在するプロンテラに足を運んでみたくなる、というのは、十分に理解出来る話だった。

「あと、私、何になるか、まだ決めてなくって……修練所で適性のある職は教えてもらったけど……それでいいのかな、って……」

迷いを表すかのように、ボウルの中で白と黄色がぐるぐる回る。カシャカシャと泡だて器とボウルがぶつかる音を響かせるサツキにルキナは柔らかく笑う。

「時間はあるんだから、ゆっくり、自分がやりたい事を考えて選ぶのがいいよ。適正結果は向いてる、ってだけで、それにならないといけない訳じゃないんだから」

そこで1度、言葉を止め、ルキナはにこりと笑った。

「実際、私、修練所の適正結果は、アコライトだったしね」
「「えっ」」

その言葉に、オーアとサツキは目を丸くする。

「マジか! いや、でも、確かに、言われてみれば向いてそうだけど」
「武器を扱う適正が壊滅的だったんだよねぇ……」

あはは、と苦笑してから、でも、商人になる、って決めてたから、と紡いで、ルキナは、ボウルに小麦粉や砂糖などの材料を入れていく。

「あ。ケミじゃないんだ」

カボチャをヘラで押しつぶしながら、思わず、といった様子でオーアは声を上げた。

「ふふ、実は、ちゃんとアルケミストって存在を知ったの、商人になってからだったんです」
「はぁ~……意外。てっきり初めからケミ目指しだったのかと思ってた」

しみじみと息を吐いたオーアに、サツキは期待に満ちた眼差しを送る。

「ねぇねぇ、オーアさんはどうだったんですか?」
「俺? 俺は最初から、プリ目指しだったなぁ。運良く適正もアコだったし。……とはいえ、もし、適性が別の職だったとしても、プリ目指したと思うけど」
「なるほどなー。……やりたい事かぁ」

む~、と眉を寄せるサツキに、ルキナはくすくすと微笑う。

「今言ったことと真逆に聞こえるかもしれないけど、今、やりたい事がどうしても思いつかないなら、適正ある職になってから、もう1回考えてみるのも1つの道だよ。出来る事が変わると、見えるものも変わってくるから。そうして、初めて気づく事もあると思う。私の妹もね、とりあえず、適正ある職に転職してから、やりたい事、見つけたみたいだったから」
「ま、適正ある方に進むのもいいし、やりたい事があるなら、適性があまりなさそうに思えてもやってみるといい、って事だなー」
「そうだね。私、武器の扱いだめだめだけど、狩りはユエちゃんと、装備の効果で使える魔法のおかげでどうにかなってるし」
「弓の扱いが壊滅的に下手なのに、鷹が好きで、ハンターになって、鷹の扱いがめっちゃ上手くなって転生までいったっていう人も居たりするし。そういう風に一見適性が全然ないように見えても割とどうにかなるっていうな。選択肢が狭められないってのは逆に迷うかもしれないけど、迷って迷ってノビを普通よりも長くやったって人も割といるから、焦って答えだす必要もない訳で……っと、ペースト出来たから、生地かしてー」
「はーい」

返事をして、ルキナは、持っていたボウルをオーアへと渡す。

「生クリームにも混ぜるから、ペースト、3分の1くらい残しておいてくださいな」
「ほいほい。サツキちゃんが混ぜてる方の生地は?」
「あ、ごめんなさい。まだです~~っっ」

慌てて、動かす手を早めようとするサツキに、ルキナが声をかける。

「焦らなくても大丈夫だよ。そっちはプレーンのままでいくから。カボチャの生地が出来たらさっくり混ぜてマーブルにするの」
「あ、なる」

じゃあ、私は型に油塗っておくね、とそんな他愛のない会話を交えながら、菓子作りは進んでいくのだった。

それからしばらく。

「お待たせしましたー!」

そんな声と共に、パタパタとサツキが駆けてくる。
カボチャケーキも無事完成し、実食という名の一休みをした後、さすがにそろそろ、という訳で、宿屋へ宿泊手続きをしに行っていたのだ。

「あ、サツキちゃんおかえり~」
「どうだった?」

飲食スペースに座り、談笑していたオーアとルキナは笑ってサツキに席を勧める。促されるまま座り、サツキはにこりと笑って口を開いた。

「無事、ちゃんと出来ましたっ! 空きビンの納品は明日からでいいって」
「そっか、おつかれ~」
「明日から、頑張ってポリン倒しますっ!」

ぐっと、両の手を握りしめ、言うサツキに、応援の言葉をかけてから、オーアはそういえば、と口を開く。

「重さ当ての結果発表、そろそろっぽいぞ」
「本当ですかっ」

パッと顔を輝かせ、サツキが、わくわくとした表情を浮かべたその時だった。

「お集まりの皆さん、今日はカボチャ消費のご協力、もとい、このイベントに参加していただき、ありがとうございます!」

巨大カボチャの方から、朗々とした声が聞こえてくる。
始まったかと思い、視線を向ければ、巨大カボチャの前に立つ男性の姿が見えた。

「つらつら挨拶を述べても面白くもなんともないと思いますので、さっさと本題に入ります。と、いう訳で、今! 現時点をもって! カボチャの重量予想の受付を締め切らせていただきます! そして! これより! 答え合わせ及び結果発表を行いたいと思います!」

男性の言葉に、この場にいる人々から歓声と拍手が沸き起こる。
それに応えるかのように、数人の男たちが現れ、ガタゴトとカボチャの乗った台の外側の板を剥がしていく。

「カボチャを乗せているこの台! 実は、騎乗用種族の体重計になっております! 今、目隠しの板を外してますので、この巨大カボチャの重さ、その答えを皆さんご一緒にご確認ーー……」

そこでふと、男性の口を止まる。違和感に、気が付いたためだ。

「……あれ?」

ほぼ同時、それに気づいたサツキが訝し気に眉を寄せた。

「カボチャ、震えてる……?」

板を剥がしてるため、確かに台は揺れている。けれど、明らかにそれとは違う揺れ方を、そのカボチャはしていた。
次の瞬間、バコン! ボコン!と怪音が響き、巨大カボチャに三角の大きな穴が出来る。次いで、バキィィと、音を立てて、カボチャの下部分を横に裂け目が出来た。
瞬く間に、巨大ジャックオランタンへと変貌したそれを目の当たりにして、一瞬、その場が水を打ったように静まり返る。次の瞬間、巨大ジャックオランタンが動き出そうとするのと同時に、悲鳴や驚愕の声が響き渡った。

「っだっから、言わんこっちゃないっ!!」

そう叫び、反射的に立ち上がったオーアは同様に、――逃げるためではなく戦うために――立ち上がった他の冒険者に支援魔法をかけようとして……出鼻をくじかれる事となった。
飛び上がろうと震えた巨大ジャックオランタンの上から、どこからともなく飛び降りてきた人影が、重力の勢いすらも利用し、ジャックオランタンを台諸共一刀両断にしたのだ。

「斬れば、止まる」

軽やかな音を立てて着地したのは青い髪をたなびかせた長身の女性だ。ルーンナイトである事を示す鎧に身を包んだ女性に、板を抱えていた男性は、ほっとしたように声を上げた。

「隊長~~っ」

こうして、騒動は未然に防がれた。
――が。

「たーいちょー。下の量りまで壊れてるんですけどー」
「あ」
「まだ答え確認してなかったのに……つか、これ、結構無理言って借りてきたとか言ってませんでしたっけ?」
「あー……やっば」
「というか、これ、どう、収集つけるんです?」

開催者側のそんな会話を経て、残念ながら、重量当てはただの抽選会となる。
その抽選会にて、運良くサツキが賞品の1つを手にする事になるのは、もう少し後の話である。

fin

あとがき
RO夏の創作交流会2018という、素敵企画に参加させていただきました!
のは、いいんですが、本当に、期限ギリギリというか、セウトランクのギリギリさで、絵を担当してくださったあやの様に迷惑かけまくりだったのが反省点です。
ついでに、後半、ちょいちょい入れ損ねた会話があったり……。主催者な隊長どこにいたのかとか……(A.枝テロの後始末という名のプロ見回りに駆り出されてました)
あとどこだっけ……いかん、眠気で頭が回ってない…… ←

それはともかく。あやのさんちのサツキちゃんがめっちゃ可愛かったのと、完全な初心者さんって感じの子だったのとで、オーアとルキナがお世話好きを発動させて、色々懇切丁寧に説明しだしたのが遅くなった&長くなった原因ですな……
でも、めっちゃ楽しかったです……!! 手の遅い私が、約1か月で28k字書くとか快挙ですよ!! いや、うん、遅くなったのは本当に反省してますすみませんでした(土下座

んでもってっ! あやのさんのイラストがホント素敵です!
サツキちゃん可愛い! オーアとルキナがお兄さんお姉さんしてる!!ww 特に、オーアな。この人がこう、ちゃんとしたお兄さんっぽいのって割とレアな気がしてならない(ぇ
あと、サツキちゃんの所の背景に地味に吹いた私でした。実は、このイラストをあやのさんが完成させた時点で、私はまだ書きあがっておらず……オチに持ってきてた巨大カボチャがジャックオランタン化するとこまで見せられてなかったのですよね。割と分かりやすいフラグ立ててたとはいえ、ばれてーら、と思わず思ってしまいました(笑)

最後に、素敵企画本当にありがとうございました!
そして、こんなエントリーシートに書き込んでた時点で、めんどくさそうな感じだった私を拾ってくれてありがとうございました!


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使用素材: Little Eden様 Colorful Blocks

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