あ、まただ。

この街の人とは明らかに違う服装の人が通り過ぎたのを見て、私は、声には出さずに呟いた。

整えられた道に、高い建物、立ち並ぶ家々。
よくチンピラが出たりして、危ない時もあるけど、それでも、綺麗な街だと思う。
まぁ、治安が悪いって理由で立ち入り禁止とされてる区域もあって、そこに関しては見た事ないから分からないけれど……

私の暮らす街はそんな街。
そんな街に、見慣れない人たちが訪れるようになったのは、ほんの2~3年前。国内最大企業って言われてて、街の人の大部分がそこに勤めてる大企業レッケンベル。そこの関係者以外は利用できなかった飛行船発着場が一般開放されて、誰でも利用できるようになってから。

ふっと、先程通り過ぎた人を思い出す。
金属の服、鎧を着て、マントを纏い、背中には大きな剣。
同じ学校の子達はそういう変わった格好の人をみて、クスクスと笑いながらも近づこうとはしない。基本的にこの街の人達が排他的で、あまり他人、特に他の街の人達に関心を持たないのは知っていた。
それを分かっていながら、彼らに強い興味を持つ私は、もしかしたら、変わっているのかも。
そうは思いつつも、自分の好奇心を抑える事は出来なかった。

「ねぇ、お兄さん、外の人?」

ある日、私は思い切って、不思議な格好をした人に話しかけてみた。

この前見た人より軽装だけど、肩とか膝とかに鎧の部品みたいな、金属をつけて、剣を持っていて、やっぱり、私からすると見慣れない、不思議な格好。
私よりもいくつか年上に見える、少し癖のある金髪のお兄さん。
お兄さんは、突然話しかけてきた私に、ちょっと驚いたように目を見張ってから、小首を傾げる。

「えっと、外って言うのはうーん。別の街から来たって言うこと、かな?」

柔らかく笑ってそう聞き返してきたお兄さんに、私は頷く。

「うん。珍しいかっこしてるから。この街の人じゃないんだろうな、って思ったから聞いてみたんだ」
「なるほど。そうだよ。出身はアインブロックだけど、今はいろいろな所を冒険してるんだ。冒険者って言うんだけど……」

お兄さんの言葉に、私は目を瞬かせる。聞き覚えのない、知らない単語が出てきたからだ。

「……ぼうけんしゃ?」

首を傾げ、呟くようにその単語を復唱してから、お兄さんを見上げる。

「それって、どういう仕事をする人?」
「街の外に出て、人を襲う強いモンスターを倒したり。普通の人が入れないような森や洞窟のおくから、必要とされるものをとってきたり、色々かな。あとは、そうだな。街中でのテロとか、そういう時にその場にいれば戦うよ」

私の質問に、お兄さんは小さく笑って、そう答える。
それは、この街しか知らない私にとって、とても、心惹かれるものだった。

「へーーっ! そんな仕事もあるんだ。じゃあ、お兄さんも色んな所行ってるんだ。……ねぇ、お兄さんはどういう所にいったの?」

知りたい。
その思いに突き動かされるままに、私は更にお兄さんに問いかける。お兄さんは思い出すかのように少し視線を上げると、ゆっくりと口を開いた。

「そう、だなぁ。中がダンジョンになっているぐらい大きい木とか、ひんやりと凍りついた氷の洞窟とか色々行ったよ」

そういってから、お兄さんは小さく苦笑して、今言った2ヶ所はどっちもかなり危険だけどな、と付け足す。想像も出来なかった知らない場所。それに思わず目を輝かして、次の質問を口にする。

「へーー。じゃあじゃあ、どういう生き物がいるの?」

質問攻めにしてる自覚はあった。けど、でも、色々知りたくて、聞いてみたかった。
そんな私に、お兄さんは嫌な顔をせず、むしろ楽しそうに快く教えてくれた。

「そう、だなぁ……。木のダンジョンには、木でできたゴーレムとか。火を吐き出して襲いかかってくる木、パチンコで攻撃してくるサルとか、かな」

お兄さんの話す不思議な、危険と言われてるモンスターと言われるモノたち。それに私は目を丸くする。

「木が火を吐くの? 燃えない? あと、パチンコって、猿が自分で作ってるのかな?」
「どうだろう……」

私の疑問に、さすがに、お兄さんも困ったように眉を寄せる。
お兄さんも分からない事なんだと思って、私は違う質問をする。

「じゃあ、さっき言ってた……えと、氷の洞窟? そこはどんな生き物がいるの?」
「氷の洞窟には、ふわふわの毛を鋭く硬くして攻撃してくるモンスターもいてね、他にも――」

そんな感じで、私はお兄さんの話す外の話に聞き入っていた。

「お兄さんっ!」
「やぁ、こんにちは」
「こんにちはっ。昨日の続き聞かせてっ!」

次の日の昼下がり。
昨日と同じ所にいたお兄さんを見つけて、私は声を上げた。私に気付いたお兄さんは柔らかく笑う。

昨日、色々話を聞いているうちに、夕方になってしまい、お兄さんに家に帰るよう言われた。けど、まだ話を色々聞いてみたかった私は、当然のように渋り……それを見たお兄さんが、また、明日も話をしてくれると約束してくれたのだ。

「いいよ。……その前に、はい」

そう言ってお兄さんが渡してくれたのは、ハート型をした青く透き通ったもの。

「わっ、冷たいっ! ……なに、これ?」

ぱちくり、と目を瞬かせて受け取った私に、お兄さんは笑う。

「昨日、氷の洞窟の話をした時にふわふわの毛を鋭く硬くして攻撃してくるモンスターがいるって話しただろう? それが持っていたものだよ。あれから、そういえば、ジョンダに預けてあったかもしれないと思ってね」

見つけたから、持ってきてみたんだ。と言うお兄さんに、驚いて私は、まじまじと手の中のモノを見つめる。
それは、とても冷たくて、長く持っていると手が痛くなりそうだったけど、でも、とても、綺麗だと思った。

「どうだい? あ、長く持ってると凍傷になるかもしれないから気をつけるんだよ」
「うん。……うんっ! すごーい、へーー、こんなのがあるんだ。すごーいっ」

驚きの後にやってきたのは興奮。
自分の手の中に、知らない世界の欠片がある。
それがとても、胸をときめかせた。

「おもしろーい。わー、いいなぁ」

夢中になって、ぺたぺた触ってみたり、太陽に透かしたりする私に、お兄さんは口を開いた。

「こら。長く触ってると危ないって言っただろう?」

そう言ってお兄さんは私から青いハートを取り上げる。
思わず、残念に思ってると、それが表情に出てたのか、お兄さんが苦笑する。

「そんな顔しない。……ほら、ちょっと手が赤くなってる」

言われて、自分の手を見てみれば、たしかに、手のひらが少し赤くなっていた。
遅れて感じるのは小さな痛み。まるでずっと氷を持っていた時みたいだと思いながらも、お兄さんを見る。すると、お兄さんは透明で平べったい何かで青いハートを包んでいた。ぱちくりと目を瞬かせてそれを見ていると、再びお兄さんが青いハートを差し出してくる。

「はい。これで持ってても大丈夫だ」
「あ、ありがとう」

再びそれを受け取ると、青いハートを包んでるそれは、柔らかく、滑らかな布の手触りがして、思わず目を丸くする。

「これ……布?」
「ああ、そうだよ。透明な布っていう……まぁ、そのまんまな名前の布で、これはお化けみたいなモンスターから取れるものなんだ」
「へーっ」

布を隔てたおかげで、青いハートをもっていても、微かにひんやりするのを感じる程度だ。けれど、布が無色透明なおかげで、直接持っているのと同じように青いハートが良く見える。不思議な感覚。

「すごいなー」

また、まじまじと見始める私に、お兄さんが苦笑する。

「もう、話は聞かなくていいのかい?」

そう言ったお兄さんに、私は慌てて顔を上げた。

「聞くっ!」

即答した私に、お兄さんは笑って、また、色々な話を聞かせてくれた。

「あ。……ねぇ、あの人も冒険者?」

それは、お兄さんを出会って3日目の事。
お兄さんといる時に、ふと通り過ぎて行った女の人。緑地に黄色の星が描かれているとんがり帽子に変な形の杖みたいなものを持ったその人を目で見送ってから、そう聞いてみると、お兄さんはあっさり頷いた。

「あぁ、あの人はウィザードだね」
「うぃざーど? ……えと、冒険者じゃないの?」

きょとんとして首を傾げると、お兄さんは、あぁそっか、と呟いてから口を開く。

「えっと、一口に冒険者といっても、色々また、職業が分かれていてね。ウィザードはその1つで……まぁ、簡単に言えば、魔法使いの事だよ」

その言葉に、私は目を見開いた。

「え、じゃあ、魔法使いって本当にいるのっ?!」
「いるよ」

さらりと、そう、肯定されて、私は思わず言葉を失った。
魔法、なんてものは、絵本の中で存在する架空のものだとばかり思っていて、実際、そう聞かされていた私にとって、お兄さんの言葉は俄かには信じられないものだったのだ。

「うわーうわーっ。じゃあ、魔法って本当にあったんだっっ! じゃ、じゃあ、今の人、箒で空飛んだりとか、使い魔の猫とか蝙蝠とかがいたりするのかなっ?」

少し上擦った声で、どきどきとそう問うと、お兄さんは苦笑を浮かべる。

「さすがに、それはないかな。君が持ってる魔法使いって、魔女のイメージみたいだけど、魔法は、絵本のものみたく、何でもありじゃないからね」
「……そうなの?」

青いハートを抱きしめながら、小首を傾げてそう問うと、お兄さんは何でか微笑して私の頭をなでてきた。

「彼ら曰く、魔法も学問らしいよ。基本的には、自分の魔力を属性化して、具現化するとか何とか……俺は、専門じゃないから、説明聞いてもいまいち分からないんだけど」

本人も良く分かってないらしいお兄さんの説明は、やっぱり私にも良く分からなくて、首を傾げる。

「ふーん……じゃあ、どんな事ができるんだろ?」
「そうだなぁ、俺が知ってる限りでは、炎や氷の壁を出して敵の行く手を塞いだり、敵を凍らせたり、雷を使って攻撃したり……そんな、対魔物用のものばっかりだね」
「ふわ~、何にもないとこから、火とか氷とか出すんだよね? すっごーいっ! ……私にも、出来たりしないかなぁ」

お兄さんの話を聞いて、思わずそう呟く。……もちろん、出来る訳ないだろうなって、そう思いながら言った言葉だったけど、でも、お兄さんは、さらりと口を開いた。

「出来るんじゃないかな?」

「……え?」

信じられない返答に思わず目を見開く。

「……それ、本当?」

じっとお兄さんを見つめて、そう口にする。
私が、私も、魔法が使えるかもしれないなんて、信じられなくて、でも、そうだったら、いいなって思ったから。そんな私に、お兄さんは笑いかける。

「本当だよ。まぁ、さすがに、向いてるかどうかまでは分からないけど、でも、魔力は誰にでもあるものだからね」
「……まりょく?」
「そうだなぁ、分かりやすくいうなら、魔法を使うための力、かな。正確にはちょっと違うんだけどね」

苦笑していったお兄さんに、私は首を傾げる。

「そうなの?」
「俺みたいに、魔法を使えなくても、魔力は使うからね」
「え。そうなんだっ。……でも、何に?」
「主にモンスターと戦うために、って答えになるんだろうけど……まぁ、色々かな。冒険者になる事で得られる技術の一つだからね、魔力の使い方は」
「へ~っ。……ねぇ、お兄さん」
「ん? 何だい」

お兄さんの話を聞いて、ふと、出た疑問を私は口にする。

「……冒険者って、どうしたら、なれるの?」

私も、慣れるのかな、と少しだけ思いつつ問いかけると、お兄さんは笑って教えてくれた。

「修練所、っていって、冒険者としての基礎の基礎を学ぶ所がルーンミッドガッツにあるんだけど、そこで、簡単な講義と実践試験を受けるんだ。それに合格さえすれば、冒険者として登録してもらえる。そこで、冒険者と認められるんだ」
「へー……試験、かあ。実戦、って事はいきなり戦うの?」

私の言葉にお兄さんは苦笑する。

「一応そうなるかな。でも、試験内容が内容だからね。絶対に戦わないといけない訳じゃない、かな」
「……どういう事?」

お兄さんの言った意味が分からなくて、首を傾げると、お兄さんは、それは教えられないんだと言った。
試験の内容は皆同じだから、冒険者じゃない人に教えちゃいけない事になっているんだと。
それなら、しょうがないと思っても、残念に思っているのが顔にでも出てたのか、お兄さんは小さく笑って言葉を付け足した。

「でも、本当に、難しい試験じゃないんだよ。冒険者の登録可能年齢は12歳からだし、。この年齢以外には制限もない。それに、冒険者になりたいって人達も皆始めは弱いんだ。冒険者になってから、段々と強くなってくんだよ」
「……そっか。皆最初から強い訳じゃないんだ」

何故かちょっとほっとして、そう呟いてから、お兄さんの言葉に引っかかりを覚えて、ん? と声を上げる。

「お兄さん、今、12歳から、って言った?」
「言ったけど……」

それがどうかした? とお兄さんは小首を傾げてたけど、私はそれどころじゃないくらい驚いていた。12歳……それは、今の私と、同じ、年齢。

「……冒険者、って子供でも、なれるの……?」

思わず、私は呟くように問いかけていた。
12という年齢は、私の、この街の感覚だと、子供以外の何者でもない。だから、お兄さんの言った言葉はそうそう信じられるものではなかったのだ。

「……あぁ、そっか。ここだと、12歳って、まだ子供なんだね」

私の言葉と反応で察したらしいお兄さんの言葉に、私は頷く事で肯定する。

「なれるか、って聞かれたら、なれるよとしか答えられないなぁ。実際、12歳になってすぐ、冒険者を始める人もいるらしいから。でも、確かに、その歳で、冒険者登録する人は、少し珍しいかもしれないね。普通は、そのくらいの歳に自分が何をしたいのか決めて、……そうだな、個人差はあるけど冒険者登録する年齢は、14歳から16歳くらいが一番多い、って聞いたかな」
「……自分が、何をしたいのかを決める……」

それは、新鮮な、言葉だった。
この街に生まれた人はほとんど、レッケンベルで働く事になる。
レッケンベルに出来るだけ良い条件で入る為に勉強して、入ったら、自分に割り振られた仕事をして、男の人だったら、そのまま仕事を頑張って、女の人だったら、大概、そこで良い人っていうのを見つけて、結婚して、主婦になって、そして、お母さんになる。
この街のほとんどの人が通る道。私も、通るんだろうなって思ってた道。
それは、自分で何をしたいかなんて、考えてもいない、ただ、決められただけの道。
それ以外の、選択肢なんて、知らなかったから、それでいいと思ってたけど、けれど、違う道もあるって知ったから。
だから、考えてみようかな、ってそう思った。

「……お兄さんはさ、どうして、冒険者になったの?」

だから、気になった。お兄さんは、どうして、冒険者って道を選んだんだろう、って。
思った事を素直に問いかけると、お兄さんは、ちょっと照れたように笑って、頭を掻いた。

「本で読んだ騎士に憧れてね、騎士になりたいと思ったのがきっかけかな」
「……騎士? それも、冒険者の種類の一つ?」
「そうだよ」
「へー、そっかー……そっかー……」

お兄さんも、最初は憧れだったんだ。そう知って、ちょっとだけ、嬉しくなった。だって、それは、憧れが切欠でも、冒険者になれるって事だから。

それから、色々な事を聞いた。
冒険者についてもだけど、お兄さんの故郷の事とか、今までに行った場所や、街。そこで暮らす人たちの事。
きっと、聞けたのは、お兄さんが見聞きして、知った事のほんの一部。
それでも、私にとっては、知らない事ばかりでとてもとても沢山の事だった。

そして、初めてお兄さんと出会って五日目の事。
お兄さんは、この街から去って行った。
残念で、ちょっと淋しいって、もっと色々聞きたいって、そう思ったのも確かだったけど、お兄さんは、ただ、この街に立ち寄っただけ冒険者だから、その内出発するのは、分かっていた。
だから、お別れは、あっさりしてたと思う。ただ、私に、新しい世界を教えてくれた人だったから、精一杯の感謝の気持ちを込めた、ありがとうを伝えた。お兄さんにとって、私は、ただ、立ち寄った先の子供なんだろうから、きっと、その内、忘れちゃうんだろうなって思ったけど、でも、少しだけでも、この感謝の気持ち、届いているといいなって、そう思う。

それから私は、今まで以上に、勉強を頑張った。前は、ただ単に、やらせられるからやってた勉強だったけど、今は、少しでも、自分が何をしたいのかと決める、選ぶための判断材料が欲しかったから。
けど、それで分かったのは、この街の勉強は、とても閉鎖的だということだった。
レッケンベルで働くために必要な知識、それが、主な勉強内容。
けれど、私が求めてるのは、それじゃない。もっともっと、外の事、他の選択肢。それに繋がる事が知りたかった。

だから、私はまた、この街に来ていた、色々な冒険者さんに話を聞いた。冒険者の事。他の街や場所。そこに生きてる人や生き物。話だけは、沢山聞いた。魔法を使える冒険者さんに魔法を見せて貰ったりもした。そこで、たった一つしかなかった選択肢をいくつも見つけた。けれど、いや、選択肢を知った今だからこそ、私も、……いや、私は、冒険者になりたいと、そう思った。

最初は、ただの好奇心。
話しかけただけの、小さな切欠。それは、話を聞く事で興味になって、そして、憧れになった。
それから、色んな人と話して、一部だけなんだろうけど、それでも私にとっては色んな事を知って、選択肢がたくさん増えた。けど、憧れは消える事がなくて、むしろ、どんどんと大きくなって……それは、夢になった。そして、私は、夢を実現させたいと思う。
お兄さんだって、他の冒険者さんだって、出来たんだから、私も、頑張りたい。それがきっと、自分で選ぶって、事だから。決められた道じゃなくて、私が、選んだ道。そこを歩きたいから。
頑張って進んでいこうと、そう、思った。

そうして、私は、13歳になった。
お兄さんと出会って、そして、冒険者になろうってそう決めた時から、決めていた事。13歳になったら、両親に告白しようって。私が、冒険者になりたいって事を。

「誕生日、おめでとう、クルト」
「えへへ、ありがとう」

美味しそうな料理やケーキがテーブルの上に並んでいる。家族内でのささやかなお祝い。それを父さんと母さんと、3人で食べる。和やかな食事。
それが終わってから、私は1つ息を吸った。

「……ねぇ、父さん、母さん」
「ん? どうした」

こちらを見る2人に、私は、覚悟を決めて口を開く。

「……私、私ね、冒険者になりたい」

私の言葉に、父さんと母さんは目を丸くしてから、呆れたように息を吐いた。

「いきなり何を言っているんだ」
「いきなりじゃない。私、ずっと考えてた。私の、将来の事」
「馬鹿馬鹿しい。お前の将来など決まってるだろう? 良い成績をとって、良い条件で企業に入る事だけを考えていればいいんだ」

決めつけるような物言い。
それは、前なら何とも思わなかったかもしれないけど、でも、今は、酷く、気に障った。

「何で? 私は私だよ。私が将来何をするか、決めるのは私でしょっ」
「だから、決めるも何もないと言っているんだ。企業に入らないのは、代々家業を営んでいる人か、どうしようもない落ち零れだけだ。そうなりたいと言うのか」
「違うっ!」

父さんの言葉に、思わず、声を荒げる。

「それだけが選択肢じゃないって、私、知ったんだ」
「……全く、最近ずっと良い子によく勉強していたのに、何で急に……」

呆れたような、困ったような母さんの声に、私はそちらに顔を向ける。

「だから、急にじゃない。私も、将来なんてずっと一本道だと思ってた。けど、そうじゃないって分かったから、自分で道を選ぶために、選択材料が欲しかったから、だから、勉強してた。決められた道に行くため、企業に入る為じゃない。……増えた選択肢の中から、父さんや母さんみたいに企業に入りたいって思ってたら、そのために勉強してたと思うけど、でも、私は違う道を選ぶ事にしたから」

はっきりと宣言した私に、父さんの表情が不機嫌なものに変わる。

「そもそも、冒険者というのは一体何なんだ」

それは、両親を説得するために、待っていた言葉だった。
きっと、ちゃんと説明すれば、分かってくれると、そう思ったから。

「あ、それはね――」
「ほら、お父さん、あれですよ。数年前から見かけるようになったよそ者の……」

だから、説明しようと口を開きかけたその時、横から割り込んだのは母さんだった。

「……あぁ、あの奇抜な格好をしている奴らの事か」
「えぇ、確かによそ者の人達がそう言っていたのを聞いた事があるわ。全く、何であんな人達なんかがこの街に入れるようにしたのかしら」
「……全くだな。ふらふらして、どこかに勤めているようにも見えん。その癖、羽振りはそこそこ良いときた。不審極まりない。大方、怪しい事に手を出しているんだろうよ。全く、チンピラでさえ、問題だというのに、あんなのまでやってくるとは、街の治安も風前の灯だな……クルト、お前本当にそんなものになりたいのか?」
「近所の方が、クルトがよそ者と話をしている所を見たと言っていたから、大方何か吹き込まれたんでしょうよ」
「何? お前、それを知っていて何も言っていなかったのか?」
「だって、それから、あの子、真面目に勉強するようになったんですもの。てっきり、話を聞いて、自分はああならないために勉強するようになったのかと……」
「なるほどな。それにしても本当にあのよそ者共は――」

「違うっ!」

両親の会話に耐えきれなくなって、私は叫ぶように声を上げた。

「違う違う違うっ!! 何で、何でそんな事言うのっ! 何も、何も知らないくせにっ!」
「そんなもの、見れば分かる」
「分かってないっ!」

吐き捨てるように言った父さんの言葉に、反射的に叫び返すと同時に、だんっ、と音が部屋に響いた。
遅れて、両手がじん、とした痛みを訴える。そこでようやく、今のは自分が思い切りテーブルを叩いたから発生した音だと、頭の片隅が理解したけど、私は、完全にそれどころじゃなかった。

「全っ然分かってないっ! そもそもっ、父さんも母さんもっ、よそ者ってだけで、知ろうともしてないじゃないっ! 話を聞いてよっ!!」
「その必要がどこにある」

心の底からの叫び。……けど、それは届く事はなくて、話を聞いてもらえない、伝わらないもどかしたと悔しさに、唇を噛み締める、そんな私に父さんは言葉を続けた。

「一体お前が何を吹き込まれたかは知らんが、現実を見ろ。冒険者なんていう訳のわからないものになりたいなどと言うのは許さん」
「…………訳の、分からない……?」
「そうだ。そもそも、冒険者なんてものが本当にいるのか? 適当なホラ話を聞かせられただけじゃないのか?」

……もう、限界だった。

「……けるな……」
「ん?」

訝しげな顔をした目の前の人物を、私はキッと睨みつける。

「ふざけるなっ! 知りもしないくせにっ、なんっにもっ、知ろうともしない癖にっ! あんた、そんな事言う資格があると思ってる訳っ!?」

許せなかった。
今の言葉は、私への、私が決めた道への否定だけじゃない。お兄さんや、他の冒険者の人達も、全否定する言葉だったから。それは、冒険者って職業への、侮辱に他ならなかった。
不意に、乾いた音が響いた。同時に痛みを発する頬に、叩かれたのだと分かる。

「親に向かってなんて口をきくんだっ!」

一喝する男に、私は怯むことなく言葉を吐き出す。

「子供よりも狭い視野しか持てない人が偉そうに言わないでっ! 冒険者は列記とした職業よっ! 皆、冒険者の人達は皆、自分でその道を決めて、そして、その道を選んだ事に誇りを持ってたっ! 選ぶ事をしないで、ただ決められた道だけを進んでた人が、知りもしない人が、否定するんじゃないっ!」
「なんだとっ!」
「あ、あなたっ。……クルト! お父さんとお母さんに謝りなさいっ!」

私の言葉に怒った男がもう一度手を振り上げた所で、女がそれを制止する。
そして、言われた言葉に、私は思い切り舌を出した。

「間違った事は言ってないのに、謝る気なんてない! こっちこそ、冒険者を侮辱した事、謝ってほしいくらいなんだからっ!」
「何ですって……!」

眉を吊り上げ、高い声を上げる女に私は、大きく息を吸って、宣言した。

「私、出て行くっ! 十三年間お世話になりましたっ! 2人とも、大っ嫌いっ!!」

そう吐き捨てると同時に、私はだっと駆けだした。
後ろで怒鳴り声が聞こえたけど、気にもならなかった。
ただ、あったのは、目の前が真っ赤になる程の怒り。

素直に、賛成はされないだろうと思ってた。
冒険者になるには、街をでないといけないし、何より多大に危険を伴うから。けど、あんな冒険者を否定するような、そんな反対の仕方はあんまりだった。
自分の部屋へ行くと、リュックに簡単に服をつめ、机の上にあった、可愛らしい家の形をした貯金箱を叩き割る。これは、冒険者になりたいと思った時から、その日の為にお小遣いを貯めてたものだ。そして、中のお金を財布に詰めて、小さく呟く。

「足りない……っ」

本当は、家を出るのは、もっと後のはずだった。この街では、15~6歳から学校を卒業し、働き始める。
だから、今日、冒険者になりたいと話して、そのために、護身術を習いたいと、言って。そして、学校を卒業したら、街を出て、冒険者になる。
本当はそういうつもりだったのだ。だから、予定よりも溜まった金額が少ないのは当然だった。
けど、こんな所、もう、1秒だって居たくない。絶対に出ていく。
そして、冒険者になる。それは確定事項だ。

私は、キッと前を向くと、荷物を手に走りだした。そして、母の部屋へいって、アクセサリーをいくつか引っ掴んで、そのまま家の外へと駆けだした。それが悪い事だっていうのは、自覚してたけど、今の私を突き動かしていたのは怒り。ただそれだけだった。夜の街を走り抜けて、向かうのは飛行船発着場。なんとか、足りた乗り物代を払って、ジュノーへ向かう本日最終便へと乗り込む。そうして私は、街を出た。自分の選んだ道を進むために、冒険者に、なるために、ルーンミッドガッツへと向かっていったのだった。

fin

あとがき
……会話文ばっかですいませんでしたっ!
きっかけは、話を聞いてだから、しょうがないんだけど、ねぇ。とりあえず、クルトの家出はこんな感じ。思ったよりも、クルちゃんが色々考える子になってちょっぴり驚き。でも、書いてて、確かにこの子マジ系向きかもしれないなぁと、納得したのも確かだったり(ぉぃ
色々考えると、本当にリヒタルゼン、って閉鎖的な街だよなぁ、と思います。そもそも、冒険者というのが一般的であるはずのこの世界で、冒険者の存在を知らず、尚且つ、剣と魔法が幻想の世界と言っているのはここだけですしね。それを考えると、ここの街の住人で、外を知っているのは、仕事とかで街の外に行く人とか、外から来た人とか、あとは、レッケンベルである一定以上の地位を持ってる人、あとは、研究者かなぁとか考えたり。 そんな土地柄である以上、実はクルトの両親が反対するのはある意味当たり前なんだろうな。ある日突然、聞いた事もないものになると言ったら、そりゃ、ね……
ついでに言うなら、リヒタルゼンに生まれた人って、生まれながら、この街の歯車に組み込まれてしまっているんじゃないかなと思ったり。公式の街の説明見ても、住民のほとんどはレッケンベルで働いているとかあるしね。ベースは、現代だろうから、1つの街で、外を知らずに、1つの企業で働いてるなら、本当に、選択肢ってないよなぁ、と。現在社会もある意味、画一化してるとこはあると思う、学校とか受験とか就職活動とか、大半の人が通る道は存在するから。けど、その中でも、どの学校に行くとか、どこに勤めるとか、やっぱり、選択肢は存在する訳で。そうするとリヒが現代と違うのは、やっぱり選択肢の有無だよなと思う訳なのです。ただ、最初から歯車に組み込まれているなら、確かに、教育は楽そうかもしれないと思うのも事実。色々教える現代と違って、レッケンベルで働くのに必要な事だけ教えればいいんだからね。作中で15,6歳から働き始めると書いたのもそれが理由。こっちでいう義務教育が終わったら即就職。そんなイメージ。小学校で基礎教養を教えて、中学でレッケンベルで働くのに必要な事を教わる。そんな感じじゃないかなぁ、と。
……前々から、リヒ、っていうか、レッケンベルは怪しいというか、きな臭いと言うか、そんな感じがしてたんだけど、この辺の事を考えてから、尚更ちょっと怖いなぁと思ったり(ぉぃコラ
なんか、こう、ラヘルとは違った不気味さがあると思うんだよね……


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