それは、いつもの仕入れへの道。
プロンテラから、カプラ空間転送でゲフェンに飛んで、そこから、ゲフェンの東門へと向かっていた時の事。

「あっ! カボチャケーキの人っ!!」

プロンテラとは違う穏やかな空気の中、不意に明るく弾んだ声が響き、私は思わず足を止めた。
どこか聞き覚えのある声で、そちらを振り返ればそこにいたのは悪魔の羽耳と子犬のヘアバンドをつけた修羅さん。にっこりと笑うその姿は、見覚えのあるもので、私も笑みを返して口を開いた。

「お久しぶりです」

この人は、私の露店の常連さんだった人だ。だった、と過去形なのは、今年のハロウィンの時期は、普段の定位置とは違う場所でカボチャケーキを売っていた時の常連さんだったから。たった2~3週間くらいしかやってなかった露店なのに、顔を覚えてしまうくらいには来てくれて……だからこそ、向こうもカボチャケーキの人、なのだろう。

「どうしたの、こんな所で」
「仕入れ、しに来たんです」

屈託なく聞いてくる修羅さんの言葉にそう返すと、修羅さんは、何故かパッと嬉しそうな顔をした。
その反応に、ん? とハテナマークが飛んだ。と同時に響くのは、またお店開くのっ、との言葉。
あー、そっか。ハロウィンの時の常連さんなんだから、そう思うのも無理ないなぁ、と思い至って苦笑する。

「ごめんなさい。カボチャケーキは、ハロウィンだから、特別にやっていた露店で……普段は別の場所で、別のもの、売ってるんです。だから、仕入れはケーキの材料じゃないんですよ」

少しばつが悪くて、頬を掻きながらそう言うと、修羅さんは、そっかぁ、と呟くように言って、しゅんとしてしまう。
残念そうなその様子に浮かぶは罪悪感。悪い事、言っちゃったかな、と思う。自分が作ったものを気に入ってくれた、というのは、本当に嬉しい事で、喜んでくれるなら、作ってもいいんだけどなぁ、とも思うから、材料があるなら、じゃあ、良かったら作りましょうか、って言えるけど、当然のことながら、材料なんて、持ってる訳無くて……

「……えっと、……あ。ら、来年っ! 来年のバレンタインとホワイトデーの時期に、またきっと、お店出すと思うのでっ、その時、もし良かったら、また来てくださいっ」

慰めにはならないとは思うけど、思いついた事を――露店出すって事は、別に今思いついた訳じゃないけど、去年もやって、あれも盛況だったからその時から来年もっては思ってたし――言ってみれば、修羅さんは、ぱちくりと目を瞬かせた後、嬉しそうに笑った。

「そっか、分かった。楽しみにしてる」

その言葉は、私にとっても、非常に嬉しいもので、はいっ、と笑顔で頷いた。

「でもそっかー、来年かー。……あ」

不意に、何か思い出したかのように修羅さんは声を上げた。どうしたのだろう、と目を瞬かせると、にっこりと人懐っこい笑顔が私へと向けられる。

「俺達、今年最後の夜、アマツで新年の日の出を見に行くんだけど、カボチャケーキの人も来ないか?」
「え?」

突然の申し出に、思わず漏れるのは間の抜けた声。

「日の出を待ちながら、ご飯とかお酒とか、みんなで食べるんだ。楽しそうだろ?」
「えっと……その、私も、行っても……いいんですか?」

みんな、と言っているのなら、複数人の集まりで、そんな所に、いきなり、初対面になるであろう自分が行っても問題ないのだろうか。
そう思い、少し、戸惑いながら、そう聞いてみれば、修羅さんは大きく頷いて見せた。

「みんなで食べた方が楽しいからなっ」

笑って言う修羅さんに、つられたように笑みが零れる。

「ありがとうございます」

自然と礼を紡ぎ、それなら、と、ふっと思いついたことを口にする。

「じゃあ……他に作ってくれる人、いるとは思うんですけど、私も、何か作って持って行きますね」

にこり、と笑ってそういえば、修羅さんの笑みが、更に嬉しそうなものに変わる。
その弾けるような笑顔に、こちらもとても、嬉しくなった。

……… ……… ……… ……… ………

「えっと……あと、何か買っておくのってあったっけ……?」

プロンテラの市場。買ったばかりの砂糖を抱えて、軽く視線を上げながら、記憶の箱をひっくり返し、呟く。

今日は、今年最後の日。この前、とある修羅さんとした約束の日だ。
そのため、集まりに持っていくためのお菓子を作ろうとした所で、うっかり砂糖を切らせていたのに気付き、慌てて買いに出て来たのである。ついでに、何か他に買うものはあっただろうかと、考えていたその時、聞きなれた声が、背後から響いた。

「……あれ? 姉さん?」

振り向けば、目を丸くする妹の姿が目に入り、私はふわりと笑いかけた。

「カルちゃん、おかえりっ。……早かったんだね」

確か今日、夕方くらいに戻るって、言ってたと思うんだけど、と、小首を傾げて口にすれば、緋色の髪を左右でお団子にしたダンサーの少女は、軽く頬を掻きながら苦笑した。

「ん~、ちょっと飽きちゃってね。気分転換に別のとこいこうかなって思ってたとこだったのよ」

そう答えたカルちゃんに、私は目を瞬かせる。

「じゃあ、これからまたどこか行くの?」
「ん。ちょっと久しぶりに時計にでも行ってみようかなって思ってる」

カルちゃんの言葉に、そっかぁ、と返してから、はたと、今日の事を思い出し、声を上げる。

「ねぇ、カルちゃん。今日の事なんだけど……」
「ん?」
「夜にね、アマツに行くんだけど。……カルちゃんはどうする?」

そう聞いてみると、カルちゃんは目を丸くした。

「は? アマツ? 何でそんな所に……」

訝しげな声を上げる妹に、私は、あのね、と口を開く。
この前に、ハロウィンでケーキを売っていた時の常連さんに会った事。
その人に、アマツで初日の出を見に行くのに誘われていた事。
それで、お菓子と食べる物を作る事にしたが、砂糖が切れていたので買いに来ていた所だった事を話すと、カルちゃんは、半眼で腕を組む。

「……ふ~ん。……で、その人ってどんな人な訳?」

どことなく、 若干低く聞こえた声に、私は人差し指を口元にあてた。たしか、私の記憶が正しければ……

「んー……一応、カルちゃんも会った事、あるよ?」
「へ?」

間の抜けた声を漏らすカルちゃんに、私は小首を傾げながら口を開く。

「ほら、私がケーキ売ってた時、カルちゃん、何回か寄ってくれた事、あったでしょ? その時に、その人も買いに来てるよ。カルちゃんとお話ししてる時に話しかけられたから覚えてるんだ」
「……どんな人?」

眉を寄せ、眉間に指を押し当て、記憶を手繰りつつ言うカルちゃんに、悪魔の羽耳と子犬のヘアバンドつけた修羅さんだよ、と説明する。
それを聞いて、カルちゃんは、しばらく、うー、と唸っていたけど、どうやら、思い出したらしい、不意に、あ、と声を上げた。

「もしかしてあの時の人? えっと、最後に残ってたケーキ全部買ってって……それで、姉さんと一緒に帰る事になった時のっ」

人差し指を立てて、そう言ったカルちゃんに、にこりと笑って頷いてみせる。

「うん、その人」
「はー……あの人かぁ」

長く息を吐いてそう零してから、カルちゃんは、んー、と声を漏らす。

「――それじゃ、私も行くわ。……ちなみにプレは?」

上手く聞き取れなかったけど、小さく何か呟いてから、カルちゃんはそう聞いてくる。それに、えっとね、と口を開いた。

「プレちゃんも行くって。ホントはもっと早く伝えるつもりだったのに、カルちゃん、中々帰ってこないんだもん」

軽く頬を膨らませ、そう言ってみせれば、カルちゃんは頬を掻いて視線をそらした。

「あはは……ごめん。ホントはもっと早くに帰ってくるつもりだったんだけど、偶然ばったりファルクと会ってさ。そのまま一緒に狩り行ったら、別のとこにも行きたくなっちゃって……っていうか、ちゃんと今日の夕方までには帰ってくるっていうのは、後からだけど伝えたし、用事があったなら、耳打ちしてくれれば良かったじゃない」

ぽそぼそと紡がれた反論に、私は思わず、目を瞬かせた。
その後に来るのは、納得。やっぱり、覚えてなかったんだ、と、1つ息を吐いて口を開く。

「……一応したんだけど……カルちゃん、寝ぼけてたでしょ」
「え……」

思わず、といったように、若干引き攣った声を上げたカルちゃんに、苦笑する。

「やっぱり覚えてないんだ。まぁ、そうじゃないかと思ってたけど……あんまり夜更かししちゃダメなんだからね?」
「あはは、気を付ける」

まぁ、夜更かしに関しては、あんまり私も人の事言えない時があるけど……でも、とりあえず、人に迷惑かけるような事はやってないしっ。だから、別に怒ってる訳じゃないんだけど。それより、カルちゃんやプレちゃんが元気でいてくれればいいんだし、そんな事をちらりと考えつつ、 ばつが悪そうに苦笑いしたカルちゃんに、にこりと笑みを見せる。

「まぁ、カルちゃんに危ない事がないなら、別にいいんだけど。……っと、それじゃあ、私、買い物の続きしてくね。カルちゃんも、今日はちゃんと帰って来てね」
「分かってるって」

こっくりと頷き、そう言ったカルちゃんは、じゃあ、私も、と口にした所で、ふと、口を止めた。

「カルちゃん?」

思わず小首を傾げ、見つめると、そういえば、とカルちゃんが口を開く。

「姉さん、私、行くって言ったけど、急に人数増えて大丈夫な訳?」

今日の夜なんでしょ、と問いかけるカルちゃんに、思わず浮かぶのは苦笑。そして、この前修羅さんとしたやりとり。

「ん~……たぶん、大丈夫じゃないかなぁ。修羅さん、人多い方が楽しいって言ってたし、ちゃんと、料理とか、少なくても3人分は持ってくつもりだったし……」

うっかり、修羅さんの名前、聞きそびれちゃったから、連絡、出来ないんだよなぁ、と内心思いつつ頬を掻けば、カルちゃんは微かに眉を顰めた。

「姉さん、もしかして、私とかプレが一緒に行くの、その人に言って無い……?」
「えっと~……言って無い、っていうか、……言えない、っていうか……」

ぽそぽそと自然と小さくなる声に、カルちゃんはじとりとした目を向ける。
姉さん、と呼ばれて、思わず、視線が泳いだ。

「その……名前、聞くの忘れて……だから、耳打ち、出来なかったり?」
「姉さん……」

ごにょごにょと白状すれば、返ってきたのは、呆れたような声色。がっくり、と肩を落とすカルちゃんに、意味もなく手を振る。

……… ……… ……… ……… ………

「や。だ、だって、こう、ぽんぽん、って会話進んじゃって、気づいた時には別れた後だったんだもんっ! でもっ、ちゃんと、待ち合わせの場所は聞いてるしっっ」

そう、わたわたと言い募れば、カルちゃんは、ため息をついた後、片手を腰に当てた。

「全く。……まぁ、いいわ。何かあれだったら即行姉さんとプレ連れて戻ればいいんだし。じゃあ、私、飲み物適当に選んでくるわ。そーゆー事だったら、それもあった方がいいでしょ?」

あっさりと、そう言ったカルちゃんだったけど、その反応は、正直予想外で、私はぱちくりと目を瞬かせる。

「う、うん。そうしてくれると、嬉しいけど……でも、いいの? 狩り」
「ま、いいかなー、って思ってね。でも、その代わりに、料理、リクエストしていい?」

にっ、と茶目っ気のある笑みを浮かべて、そう言ったカルちゃんに、私はこくりと頷いた。

「うん、いいよ。カルちゃん、ありがとう」

にこりと笑って礼を言って、何がいい?と問いかけると、カルちゃんはいくつか料理名を挙げる。
それに、分かったと返事を返すと、カルちゃんは、それじゃあ、ちょっと見て回ってくるわね、と言ってくるりと踵を返した。それを見送って、ほっと息をつく。

「よかったぁ。カルちゃん、名前も知らない人に、って怒るかもって、ちょっとどきどきしちゃった」

ちょこちょこあるやり取りを連想し、そんな事を呟いてから、カルちゃんに頼まれた料理のレシピを思い浮かべる。

「ん~……ちょっと、足りない材料もあるなぁ。それも、買わなくちゃ」

あと、あれって、まだ残ってたかなぁ。とりあえず、ないって分かってるのを買っていこう。
そんな事を考えながら、私も次のお店へと向かうため、足を踏み出した。

夜の闇が深くなった頃、ゲフェンに3つの影が現れた。
街灯の光に照らされ浮かび上がったのは、ルキナ、カルロ、そしてプレナの姿である。

「ひゃあっ。……やっぱり、寒いね」

ひゅう、と吹いた風は冷たく、プレナがそう声を上げた。

「まぁ、冬だしねぇ……しかも、完全に日が落ちてるし」
「それもあるけど、ゲフェンは川の近くだからね。プレちゃんもカルちゃんも大丈夫?」

少し心配そうに小首を傾げ、問いかけるルキナに2人はこくりと頷いた。

「……ん。平気」
「大丈夫よ。一応、防寒用に真っ赤な袋もちゃんと持ってきてるしね。……それより、待ち合わせの場所って?」

問いかけるカルロに、ルキナは、すぐそこ、ゲフェンタワーの前だよ、と、答える。
そろそろ皆、眠りに着く時間帯であるため、灯りの燈る家は少ない。あちらこちらに街灯があるとはいえ、暗く、しん……と静かな印象を受ける。そんな昼間とは異なる街の雰囲気に、プレナはぽつりと言葉を落とした。

「なんか……変な感じ」
「ん?」
「プレちゃん?」

小さく呟かれた言葉に、思わず足を止めてそちらを振り向くルキナに、プレナは慌てて手を振る。

「あ、な、何でもないっ。あの、ゲフェン、何回も来たことあるのに、なんか……初めて来たとこみたいな感じがしてっっ」

わたわたと、そんな事を言うプレナに、カルロは、あぁ、と納得したように声を洩らした。

「そういや、プレって夜出歩くなんて事しないもんね。たしかに、昼と夜だと結構雰囲気変わるわよねー。まぁ、それはゲフェンに限った事じゃないけど……」

そうこうしてる内に、ゲフェンタワーの近くまでやってくる。
街灯の下、見えた2つの影に、ルキナ達は自然とそちらへ足を向けた。

「こんばんわ」

声をかけると、振り返る2つの人影、その片方は、今夜の集まりに誘ってくれた修羅だ。ルキナはほっと笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げた。

「お誘いありがとうございます」

まずは、そう礼を言ってから、ルキナは修羅の隣にいる人物に視線を移す。
銀色の髪にすみれ色の瞳。修羅よりも少し背が高いその青年が纏うのはハイプリーストの法衣だ。その人にも軽く頭を下げるのと同時に修羅が笑って挨拶を返し、そして、ルキナと共にいる2人に気づき、首を傾げた。

「あ。……その子達は?」
「私はカルロ」
「えと……プレナ、です」

さらりと名乗るカルロに、カルロに隠れるようにしながら答えるプレナ。
そんな2人の自己紹介の後、ルキナがおずおずと口を開く。

「えっと、私の家族なんだけど……カルちゃん達も、一緒で良いですか?」

そう問いかけるルキナに続いて、カルロが、あ、食べ物とかはこっちでも用意してきたから、と言い、手に持った荷を軽く掲げて見せる。そんな2人に修羅はにっこりと人懐こく笑う。

「歓迎するよ。こういうのは、大勢の方が楽しいからなっ」

言葉通り、楽しげな笑みを浮かべ、言った修羅に、ルキナはほっとしたように微笑んだ。

「よかったぁ。いきなりだったから、少し心配だったんです。……ホントは事前に聞くつもりだったんだけど……その、この前、名前、聞くの忘れてて、連絡できなかったから……あ! 私、ルキナって言います」

そこまで口にしたことで、未だに自分が名乗ってない事に気づき、はっとして、慌てて名乗ったルキナに修羅は笑う。

「俺も聞くの忘れてたんだから、お相子お相子。あ、俺は璃緒。改めてよろしくな」

あっけらかんと笑って言う璃緒に、ルキナも笑みを浮かべて、こちらこそよろしくお願いしますと応える。
そんな2人に1つ息をつくハイプリーストに気づき、カルロは目を瞬かせた。どこか複雑そうな、やれやれ、といった表情はとても共感できるもので、もしかしたら、向こうでも、こちらと似たような事があったのかもしれないと考える。

(……姉さんの話を聞く限りじゃ、その場の思いつきで誘われたっぽいし、いきなり自分の知らない人、それも、誘った本人すら名前も知らない人を誘ったってなったんなら当然、かも)

そんな事を思っていると、ふと、ハイプリーストと目が合う。目を瞬かせてから、ハイプリーストは苦笑を浮かべると、一歩足を進めた。

「群雲という」

微苦笑を浮かべ、簡潔に名乗ってから、群雲は璃緒に声をかける。

「璃緒! 出発するぞ」
「あ、分かったっ!」

自己紹介からそのまま用意してきた料理等の話に花を咲かせていたをしていた2人の意識をこちらに向けてから、群雲は青い結晶、ブルージェムストーンを手に詠唱を開始する。

「ワープポータル」

その直後、群雲のすぐ傍に現れたのは、柔らかな光を放つ円柱。
アマツへと繋がっているらしいそれに、璃緒の、それじゃあ、行くよ、という楽しげな声の後、皆、順々に足を踏み入れた。

ふぅ、と1つ吐いた息が白く染まり、そして、さっと宙に溶けていく。絶えず、波の音が響き、ルキナはもう1つ、息を吐いた。

「もうすぐ、かな」
「そうだな。もうそろそろじゃないか?」

アマツの港の一角。木箱の上に座って言う璃緒に、群雲が答える。
璃緒の座る木箱の下には、敷物が広げられ、そこに座るのは、ルキナと群雲。そして、大分少なくなったものの、多少は残っている飲食物だ。

「……ライオネルさん、まだかな……?」

少しづつ明るくなり始めた空を眺めながら、早く来ないと、日の出、始まっちゃうんじゃ、と少し心配そうにルキナが呟いたその時だ。

「お待たせーーっ」

その場に響いたのは楽しげな声。振り返れば、1人のハイプリ―ストがこちらへ向かって来る所だった。
癖のない銀色の髪に赤茶色の瞳。闇色のお面、キューブマスクを斜めにかぶり、頭の上には黄色のたれ猫を乗せていた。

「あ、おかえりー」
「ライオネルさん、おかえりなさい」

ライオネル、と呼ばれた彼は、皆がアマツに着き、夜食と言う名の宴会を始めてから少し経った頃に、ふらりとどこからともなく現れた人物だ。
にこにこと笑みを浮かべて、自分も混ざっていいかと問いかけた彼に、2つ返事で璃緒が頷き、今に至る。
そして、実は彼が、カルロとプレナが今この場にいない原因でもあったりもする。
元々人見知りな事もあり、どこか少しおどおどとした様子を見せるプレナに、リラックスさせるためにか、酒を飲ませたのだ。カルロと違い、プレナは自らはそういった物に手を出さないタイプである。が、ライオネルが飲ませ上手だったのか、飲ませた酒が口当たりの良い甘いものだったためか、薦められるがまま飲んでしまい、元々それほど酒に強くないのもあって、そのまま眠ってしまったのである。さすがにこの気候で、眠っていたのでは風邪をひく。故に、カルロはプレナを連れ、一足先帰った、という訳だ。

「ん? それは?」

ふと、ライオネルが手に持っている物に気付き、群雲が問いかける。それは、深い緑色をした瓶で、それを軽く揺らしながら、ライオネルは口を開く。

「甘酒だよ。せっかくアマツにいるんだし、体があったまるからね」

その言葉に、なるほど、と納得する群雲と対照的に、ルキナは目を瞬かせた。

「甘酒……お酒?」

小首を傾げるルキナに、ライオネルは笑って口を開く。

「お酒だけど、残念ながらアルコールは入ってないんだな~」
「確か、材料にアマツの酒の素が使われているから、見た目や匂いは酒のようだが、正確にはアマツの伝統的な甘味飲料だったはずだ」

ライオネルの言葉を補足するかのように添えた群雲の言葉に、ルキナと璃緒が揃って、へー、と声を上げる。

「はいはいはい。皆、カップ出してー。日の出まであと少しっぽいし、最期にこれ飲んであったまりながら、日の出待とう!」

2人の声を遮るようにライオネルが声を上げる。
楽しげなそれに、つられた様に笑ってカップを差し出すと、順々に注がれる白い液体。ふわりと白い湯気が立ち上り、次第に甘酒の熱がカップに伝わり、じんわりと温かさを感じる。まじまじと見れば、白い液体の中に、小さな白い粒粒としたものが混じっているのが見えた。アマツのお酒の素を米麹というらしいが、それだろうか。匂いは、酒特有のもので、あまりそれが得意な匂いではないルキナは、少し躊躇う様に、カップを揺らす。そして、恐る恐る口をつけ、軽く目を見開いた。

「……おいしい……」

口に含んだそれは、独特の風味を持っていたが、優しい甘さで、ライオネルの言う通り、中から体が温まるような気がした。思わず、そんな言葉を漏らしたルキナに、ライオネルは満足そうに笑う。璃緒はまだ残っていた肉まんを取り出し、はむっと、かぶりつく。そんな璃緒に、1つ息を吐いてから、群雲も、甘酒に口を付けた。

そうこうしている内に、段々と東の空が明るくなっていく。
夜の群青色、赤みがかった紫色、朝焼けの赤、淡い黄色と見事なグラデーションを描き始める。ゆっくりと変わりゆく空の色に見入っていると、不意に群雲が軽く声を上げ、水平線を指差した。それと同時に、水平線から一筋の光が差した。

日の出だ。

徐々に姿を見せる太陽に、ルキナは、わぁ、と小さな声を零す。
段々と姿を現していく太陽。それが水平線から半分以上姿を見せたあたりで、手に持った肉まんの最後の一口を飲み込むと、璃緒はにっこりと笑みを浮かべ、口を開いた。

「あけましておめでとうっ!」

fin

あとがき
ROSNSでの企画に便乗した時の代物。2011年のハロウィンネタが少々混入中(笑)
最後のイラストは、その企画でのいただきもの♪
こっちに上げるかどうかは迷ったけど、珍しく時間軸総無視だし、せっかくだし、素敵イラスト自慢したいし(うぉい)、って訳でUP。実は、途中まで書き換えてます。……途中までなのは、途中で力尽きたから(ぉぃ
そ、そのうち、またいじるかもっ! ←それはやらないフラグだ……!
解説という名の裏話は、ROSNSの方でやってるので割愛……すると、もう書く事ないな。
あ。下にあるのは、ちょっとしたおまけです。書きそびれたことを2つほどおまけとして載せてみたっ! ←

おまけ その1(今回、あっさりカルロが賛成した訳)

カルロ「え? ……まぁ、姉さん1人ならともかく、3人で行くなら、プレ魔法使えるし、何かあっても、……料理もったいないけど、荷物ぶつけて、FWはって即行蝶使えばどうにでもなるかな、って。……まぁ、それは万が一だろうとは思ってたけどねー。ちょこっと見ただけだったけど、でも、あの修羅さん、人騙すとか出来なそうに見えたし。むしろ、お互い名前聞き忘れるあたり、ある意味、姉さんと同類なんじゃ……あ、それと、姉さん巻き込んでお酒飲めるいいチャンスだと思ったのよね。ついでに、姉さんのお手製のおつまみとかなかなか食べられないし。……まぁ、姉さん、確実におつまみじゃなくって、おかずって認識してるだろうケド」

おまけ その2(削除シーン)

「あ。……プレ?」

それは、アマツに着き、ライオネルと名乗るハイプリ―ストが参入してから、しばらく経った頃。ふらふらと頭が揺れ始めたプレナに気づき、カルロは声を上げた。

「んぅー……」

カルロの声が聞こえていないのか、プレナは小さく呻き声を上げて、そのままずるずると横になる。そして、間を置かず聞こえてくるのは小さな寝息だ。

「……あっちゃー……もしかして、潰れちゃったか?」

頬を掻き、小さくそう呟いたのは、ライオネル。その手には、ワインに果物を漬け、蜂蜜などを加えた飲み物、サングリアの入った瓶がある。カルロやルキナと違い、プレナはあまり酒に強くない。また、酔うと、そのまま眠ってしまう性質のため、ライオネルの呟きは正しいだろう。

「あれ? プレちゃん、どうしたの?」

眠ってしまったプレナの容姿に気付いたらしく、ルキナが声を上げる。その声に、ライオネルはばつが悪そうに苦笑した。

「あー、何か、酔い――」
「寝ちゃったみたいよ? ほら、プレってあんまり夜更かしとかしないから」

ライオネルの言葉を遮って、カルロが口を開く。カルロの言葉を聞いて、ルキナは、あー、そっかー、そういえば、そうだったねー、と納得したような声を上げた。
その声を背後に聞きながら、カルロはいらずらっぽい笑みを浮かべると、ライオネルに向かって、人差し指を口に当ててみせる。それに、ライオネルが目を丸くする。が、それに構わず、カルロは、くぅくぅと眠るプレナの元へと歩み寄るとその場でしゃがみ込んだ。

「プレとか姉さんって、自分からお酒飲まないから、こういう機会って滅多にないのよね。だから、機会があるときは、私も結構やっちゃうのよねー、これ。特にプレって、姉さんと違ってお酒、そんなに強くないし」

プレナの頬を突きながら、そんな事を呟いて、何の反応もない事に、だめだこりゃ、と漏らす。

「ん~、さすがに、こんなとこで寝るのはまずいわね」

息を吐けば白くなるような気温だ。カルロの言う事は最もである。
んー、とまた声を漏らしてから、カルロはくるりとルキナの方を振り返った。

「姉さん」
「ん? なぁに、カルちゃん」
「私、先にプレ連れて戻るわね。こんなとこで寝てたら風邪引くし」

その言葉に、たしかに、と群雲が頷き、璃緒とルキナが目を丸くする。

「あ、じゃあ、私も――」
「姉さんはせっかくだし、最後まで楽しんでよ。誘い受けた張本人なんだし」

ルキナの声を遮ってそう答えると、少し心配そうに璃緒が小首を傾げる。

「でも、1人で大丈夫?」
「……送ってこうか?」

そう問いかける璃緒と、続けて申し出るライオネルに、カルロは手を振る。

「平気平気。私もプレも、蝶で戻った方が近いし、クリムさん……知り合いに耳打ちでそっちに迎え頼んだから」

笑って言ったカルロに、ルキナが少し眉を寄せる。

「……悪い事、しちゃったなぁ。クリムさんとセピアちゃん。せっかく、親子……じゃなかった、師弟水入らずだったのに……」
「あー、私もそう思ってたんだけど……もう、セピアも眠っているので問題ないですよ、って言ってたわよ」
「あ、そうなんだ」

少しほっとしたように言葉を吐き出すルキナに、こっくりとうなずいてから、カルロは、蝶の羽を2枚取り出すと、皆を見て、微笑した。

「……じゃあ、そんな訳で、一足お先するわね。楽しかったわ、ありがとう」

そう言って、プレに、蝶を握らせ、2人は姿を消したのだった。


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使用素材: Atelier Little Eden様 Colorful Blocks

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