パタパタと、1人の少女が小さな集落の中を駆けていた。年の頃は9、10ばかり。肩下まで伸ばした紫がかった青の髪に蒼い瞳の少女の手には小さな紙袋がある。ふと、その姿を見かけた中年の女性が声をかける。

「おや、ルキナちゃん、おつかいかい?」

その声に少女は立ち止まり、女性の方を見て、パッと笑った。

「あっ! ルーシーおばさん、こんにちわ。……んっとね、あっちの家のお姉さんに、……つあり? が軽くなるお薬届けに行くの」

そう言って少女が指差したのは少し離れたところにある家。
家屋の数は10になるかならないか程度の小さな集落だ。したがって、互いに事情を知り尽くしているため、それを聞いて女性は納得したように笑った。

「そう、それは良かった。……ところで、うちの旦那の腰痛の薬は預かってないかい?」

その問いに、少女は首を振る。しかし笑顔で口を開いた。

「うぅん。でもね、今お母さんが調合してたから、出来たらカルちゃんが届けてくれるよっ」

にこにこと笑って答えた少女に女性は笑って頷く。

「そうかい。じゃあカルロちゃんが来るのを楽しみに待ってるかねぇ」
「うんっ」

大きく頷いて見せた少女の頭を撫でながら、女性はふっと、目を細めた。

「それにしても、ルキナちゃんのご両親がここに来てくれて、本当に助かったよ」

その言葉に、少女はぱちくりと目を瞬かせ、きょとんとした表情を見せる。そうなの? と小首を傾げると、女性は頷き返した。

「あぁ。ここの集落には医者がいなかったからね。」
「そっか」

女性の言葉に、少女は嬉しそうに微笑ってから、はたと自分が手に持っている物の存在を思い出し、声を上げる。

「あっ、そうだ、これ早く届けなくちゃ」
「そうだね、早く届けておいで」
「うんっ」

にこり、と笑って返事をすると、少女は、ぱたぱたと走り出した。
目的の家まで辿り着くと、少女はその扉を軽く叩く。少しして出てきたのは、若い男性だ。茶色の髪、同色の瞳の青年は少女を見て、ふっと笑みを見せた。

「お兄ちゃん、こんにちわ」
「やぁ、待ってたよ。お薬、届けに来てくれたんだよね?」

青年の言葉に、少女は頷いて、持っていた紙袋を青年に差し出す。

「はい、これだよ。……でも、お母さんが、あんまり使わない方がいいって言ってた。つありは……えっと、んっと……自然に治るものだから、どうしても具合が悪い時にだけ使って、あとは栄養ちゃんと摂ってねって」

少女から紙袋を受け取ると青年は軽く頷き返した。

「あぁ、分かっている。ありがとう、と伝えて貰えるかい?」

その言葉に、うん、と頷き返す少女に青年は微笑ましいと言わんばかりに笑みを浮かべる。
そして、そうそう、と呟いて、大きめの瓶を持ち上げると、少女に差し出した。その中にはたっぷりと注がれた新鮮な牛乳が入っている。

「持てるかい?」

そう問いかける青年から、両手で抱えるようにそれを受け取ると、少女はこくりと頷いた。

「うん、ちょっと、重いけど、大丈夫」
「落とさないようにな」
「うんっ」

もう1度、大きく頷いて見せてから、少女は青年に向かってお姉ちゃんによろしくと言って、背を向けた。そして、そのまま歩き出そうとしたところで、少し離れたところに見慣れた姿を見つけ、ぱっと笑みを浮かべた。

「カルちゃ~んっ!」

もし、青年から渡された牛乳瓶を持っていなければ、ぶんぶんと手を振っていただろう声色に、緋色のショートヘアの少女はパッと顔を上げ、見えた姿に、ふわりと微笑った。

「お姉ちゃんっ」

そう声を上げると、緋色の髪の少女はぱたぱたと、瓶を抱えた少女の元へと駆け寄った。

「カルちゃんもおつかい?」
「うん、お母さんがこれ、ラースおじさんに届けてって」

そう言って、見せるのは小さな紙袋。それに、ルキナはふわりと笑う。

「じゃあ、いっしょに届けにいこ? ルーシーおばさん、おじさんのお薬、まってたから」

ルキナの言葉に、カルロは嬉しそうに大きく頷いた。

「うんっ!」

2人でルーシーおばさんの元へと向かう。家の前に立ち、とんとんと扉を叩いた。

「ルーシーおばさーん」
「おじさんのお薬、届けにきたよー」

2人でそう声を上げるとほぼ同時に戸が開き、にこにこと笑みを浮かべたおばさんが現れる。

「待ってたよ」
「はい、おじさんのお薬」

そう言って、少女が手渡してきた小さな紙袋を受け取ると、ルーシー叔母さんは緋色の髪の小さな少女の頭を撫でる。

「ありがとね、カルロちゃん」
「えへへ、どういたしましてっ」

嬉しそうに笑うカルロに、ルーシーおばさんは笑みを零し、そうそう、と口を開く。

「少し、待っててね」

そう言ってルーシーおばさんは家の中へと消えていく。
少しして戻ってきた彼女のその手には手編みの籠。

「はい、とれたての美味しい卵と、パウンドケーキ。みんなで食べなさい」
「わー、ルーシーおばさん、ありがとっ!」
「ありがとうございます」

礼を言って籠を受け取り、きゃっきゃと笑い合うと、あ、とカルロが声を上げる。

「ルーシーおばさんっ、あとで鳥さんたちのおせわ、お手伝いしたいっ!」
「おや、嬉しいねぇ。いつでもおいで」
「うんっ!」

笑って言ったルーシーおばさんにカルロは嬉しそうに頷く。そこにルキナが、じゃあ、お母さんたち待ってるからそろそろ帰るね、と口にし、2人の少女は女性と別れ、笑顔で家へと戻って行った。

「おかーさーん、ただいまー」
「卵とミルクとケーキもらったーっ」

軽快な足音、戸の開く音と共に楽しそうな声が響く。
ぱたぱたと駆けこんできた2人の少女に、青い髪の女性が振り返る。

「おかえり、ルキナ、カルロ。ちゃんとお礼は言った?」
「うんっ」
「ちゃんと言ったっ」

笑顔で答えた2人の少女に、女性、リシアは優しげな笑みを浮かべる。

「そう、2人ともいい子ね。じゃあ、少し待っててくれる? ここを片付けたらお昼にするから」
「はーいっ」

リシアの言葉に、カルロは返事を返すと、籠を調理場の方へと運んでいく。
その姿をちらりと見てから、ミルクの入った瓶を抱えたまま、ルキナはリシアを見上げる。

「……お母さん、これ、置いて来たら、私も、お手伝い、していい?」

様子を窺いながら、おずおずとそう問うルキナに、リシアは苦笑を洩らす。

「ルキナ。前も言ったでしょ? これは、もう少しあなたが大きくなってからね、って。薬の調合は、危ないことも多いの。だから、まだ、ダメ」

リシアの言葉に、ルキナは残念そうな表情を見せた後、はぁい、と返事を返した。
初めてではないこのやりとりに、リシアは微笑うと、まだまだ小さな頭を撫でる。

「ルキナは好きね。調合」
「うんっ! すごく面白そうっ。それにね、葉っぱとか根っことかがお薬になってくのがすごいなって思うの」

きらきらと瞳を輝かせ、ルキナはリシアを見上げる。

「ふふ、じゃあ、早く大きくなって、お母さんのお手伝いしてね?」

まっすぐに、瞳に憧れの色を乗せて自分を見上げてくる少女に笑みを零してそう言えば、ルキナは大きく頷く。そして、はっと気がついたように、未だ抱えた瓶を見ると、これ、置いてくると言ってぱたぱたと走っていった。

「お母さーん」
「ちゃんと、おいて来たよー」
「そう。2人とも、ありがとう」

少しして、ぱたぱたと調理場から戻ってきた2人の少女に、リシアは水色の瞳を細め、優しく微笑う。
その笑みと言葉に、ルキナとカルロも嬉しそうに笑い返した。

「……あれ? ねぇ、お母さん、プレちゃんは?」

ふと、辺りを見回し、ルキナは小首を傾げた。その言葉でリシアも辺りを見回し、いないのを見て、頬に手を添えた。

「あら……外に行っちゃったのかしら? ルキナ、カルロ。悪いんだけど、ちょっと外を見て来てくれる?」

そう頼むと、2人は、はーい、と快く返事をして、ぱたぱたと2人で家の外へと駆けて行く。

「さて、じゃあお昼の準備、しましょうか」

娘達が駆けて行くを見送ると、リシアは片付いたテーブルを一瞥してから、そんな事を呟いて、調理場へと向かって行った。

ぱたぱたと、外に出、家の周りを走る。
と、家の裏側に、ぼーっと立つ、小さな影を見つけ、ルキナは声を上げた。

「プレちゃん、みーっけ」

その声に、背まで伸びた母譲りの青髪を揺らし、小さな少女が振り返る。

「ねぇねぇ、みて」

ルキナとカルロを見上げ、そう言うと、少女、プレナは視線を元に戻し、今まで自分が見ていたものを指さした。
思わず、そちらの方へと目を向け、2人は目を瞬かせる。

「ばったさん」

プレナが無邪気に言った通り、数m先にある集落を囲む柵の外に、バッタがいた。
2歩足で立った、自分達よりも背の高い、巨大なバッタはがちゃがちゃと音を鳴らしながら飛び跳ねている。しかも、それは1体だけではない。
十数体の巨大バッタが跳ねまわる光景を見ながら、カルロは首を捻る。

「あれは、バッタじゃなくて、バッタみたいな、マモノだよ。……えっとー、あれ、なんて言うんだっけ……」
「んっと、えっと……ソッカーじゃなくて、ラッカーでもなくて……あ、ロッカーっ!」

同じように、ルキナも唸っていたが、はっと目を丸くすると、ぽん、と手を叩き、そう叫ぶ。
それを聞いて、カルロも手を打った。

「そーだ。ロッカーだっ」
「お母さん達といっしょに何回か見たよね? マモノだけど、怒らせなきゃ危なくないよ、ってお母さん言ってた。でも、怒らせると危ないから近くにいっちゃだめって。……でも、えと、ここって、……わなばり? じゃないってお父さん言ってたよ? 前に見た時、おうちの近くにも来る? って聞いたら、おうちは、わなばりの外だから、来ないっていってたもん」
「……でも、いるよ。ばったさん」

小首を傾げ、そう言うプレナに、ルキナとカルロは揃って、跳ねまわるロッカーを見、首を傾げた。

「いるねぇ……」
「うん、なんでだろ?」

3人で首を捻っていたその時、声がかかった。

「ルキナ、カルロ、プレナ。そんな所でどうしたんだ?」

そんな声と共にこちらへとやってくる緋色の髪の細身の男性。
その姿を見て、3人はぱっと、笑顔になると、ぱたぱたと駆け寄った。

「お父さんっ!」
「あのねあのね、バッタ……じゃなかった、ロッカーがいるのっ!」
「いっぱいっ」

口々にそう言って、ロッカーの群れを指差す3人に、男性、ラルスは目を瞬かせ、ついで、ロッカーの群れを見ると、僅かに眉を顰めた。

「前、見た時、わなばりのお外だから、おうちの近くには来ないって、お父さん言ってたよね。何でいるの?」

きゅ、っと父の服の裾を握り、純粋に疑問を口にするルキナに、ラルスは苦笑すると、その頭を撫でる。

「さぁて、迷子にでもなったのかなぁ。あと、ルキナ。わなばり、じゃなくて縄張りな」

娘の言い間違いを直してから、ラルスは3人を見る。

「ロッカーは放っておいていいから、3人とも家に戻りなさい。母さんが待ってるぞ」
「あ、はーい!」
「いこ、プレちゃん」
「うんっ」

ラルスの言葉に、3人は返事を返すとぱたぱたと家へと向かって行く。
それを見送った後、ラルスは、ロッカーの群れに険しい目を向け、それが取り巻きではない事を確認する。

「…………ボーカル、は、どうやらいないようだな。……なら、放っておいても大丈夫か」

しばし、観察していると、ロッカーも群れは、段々と散らばり、そして離れて行く。今のは、偶然、ロッカーが一塊になっていただけらしい。
故にそう呟く。とはいえ、懸念は今が残るのだが。なんにせよ、今は自分も家に戻らなくては。
そんな事を考えながら、ラルスは踵を返したのだった。

be continued..

あとがき
うちのメインキャラとなる3姉妹。特にルキナの根底にあるお話。ある意味、全ての始まり。
長くなりそうだというのもあって、ブログにて、執筆済みの所までを前編としてアップ。
あ、そのうち、……というか、出来るだけ早く、キャラ紹介ページは作る予定です。
っていうか、先にそっち作れって話ですよね、すみませんorz
こんな感じで、思いついたとこから上げてくと思われますので、それでもいいって方はお付き合いくださると嬉しいです。


戻る

使用素材: Egg*Station様 Wallpaper(13)

inserted by FC2 system