【お題:リーヴァ(白波・星・手首)】
「オーアさんって、 おしゃれですよね」
「へ ?」
唐突に言われた言葉に、 オーアは思わず、間の抜けた声をもらした。
それは、プロンテラの大通り、噴水広場の近くにて、露店を出していたルキナからの言葉だった。製薬型のクリエイターである彼女が自作したポーション類を並べた露店をオーアが見かけ、声をかけたのがきっかけである。
「あ、ルキナちゃんじゃん。こん~」
「あ。オーアさん、こんにちわ~」
「露店、ルキナちゃんがやってるのって久々じゃない?」
「ですねぇ。転生して、拠点をフィゲルに移してからは、とんとご無沙汰ですもん。仕入れ品も、最近は買い取り露店があるので、そちらに卸してる感じですし」
「だよなぁ」
笑ってそんな会話を交わした後、ふと、オーアを見上げ、ルキナが紡いだのが冒頭のセリフだ。思いもよらなかったその言葉に、オーアは目を瞬かせた後、頬を搔く。
「えっと、どしたの急に。そんな事言われた事なかったからびっくりした」
「そうですか?」
きょとん、として見返す深い蒼の腫に、オーアは苦笑をこぼす。
「私服とか、 けっこう適当だからなー俺。友達にも、"何で女の子のアクセの見立ては出来て、自分の見立ては出来ないの!"って服屋に連行されるとかあったし」笑って言うオーアにつられたように、くすくすと笑みをこぼしてから、ルキナはちょん、と小首を傾げる。
「そういえば、私オーアさんの私服って見た事ないです」
「あー、たしかにそうかも……じゃあ、なおさら、何でおしゃれ、って単語が出てきたんだ?」
もっともな問いかけに、ルキナはついっと 、オーアの袖口を指差した。
「いつもアクセサリー、つけてるでしょう? たまに、ちらっと見えるブレスレット、綺麗だなって思って。あと、他にも何かつけてますよね? うちに来た時とかたまに、ちゃり 、って聞こえるから……」
そう言うルキナに、オーアはあー、と声をこぼした。
「なるほど、これかあ……。 ってか、ルキナちゃん、よくアンクレットの方も分かったな」
感心したようにそう言ってから、オーアは続きを紡ぐ。
「っつっても、手の方も、足の方も、おしゃれっていうよりは、お守りなんだけどな」
「お守り……」
ま、 アンクレットの方は、自爆覚悟の切り札って言う方が正しいかもだけど、と付け足された言葉に、ルキナの瞳がまん丸に見開かれる。
「何でそんな危ないものお守りにしてるんですかっ!!」
思わず声を上げたルキナに、オーアは苦笑する。
「あはは、まぎらわしい言い方しちゃってごめんごめん。要するに、アクセに加工した青石だから、心配しなくても大丈夫」
そう言えば、ルキナは、ほっとしたように息を落とす。そして、こてりと首を傾げた。
「なら、いいんですけど、なんでそれが自爆覚悟の切り札なんですか?」
不思議そうな声色に、オーアはそっと声をひそめて答えた。
「アクセに加工した青石、って言っただろ? つまり、アクセに見えるくらいまで、術式を維待したまま、削った青石が使われてるんだよ」
その言葉に、ルキナは目を丸くする。青石ことブルージェムストーンは、特定の魔術の反作用を術者の身がわりに受ける術式が刻まれた人工魔石である。そんなものを、術式を残したまま削るなど、普通ならば思いもよらないだろう事を思えば、ルキナの反応は当然と言えた。
「すごいですね。考えた事もなかったです」
「ホントにな。良くもまぁ、術式壊さずに削ったなと、感心したもん、俺も。そもそも、術式がキラキラしてきれいだから、それ維待したままアクセに出来る大きさまで削ろうって発想がびっくりだよな」
半分呆れたように息を吐くオーアに目を丸くしたまま、こくこくとルキナは頷いた。そんな彼女に苦笑をこぼして、オーアは自爆覚悟の切り札と言った意味を説明する。
「そんな訳でアンクレットに使われてるのも、青石として使えるんだよ。けど、削ってある分、反動全部は受け取れられなくてさ、使うと俺もいくらか反動くらう事になるんだよなー、これが」
「ちょっ! 使っちゃダメなものじゃないですか、それっっ!!」
危ないとルキナは慌てた声を上げる。先程、オーアが自爆という単語を使った意味がよく理解出来た。そんな彼女に、通常ならそうなんだけどなーとオーアは言葉を返す。
「青石の大きさって当たり前だけど皆同じだろ?だから、大きさが違う上にアクセにしてあると青石ってバレないんだよ。実際、むかーし、ちょっとごたごたに巻き込まれて青石取り上げられるような事あったんだけど、あれは取られなかったしなー。……まーあ、覚悟の上とはいえ、やっぱ反動キッツくって、めっちゃひどい目にみてさー。2度と使うかって思ってたんだけどな。でも、普通に隠し持ってたんじゃダメだった事があったんだよ。だから、しゃーないって再導入した訳」
次とか、マジであってたまるかって感じだしな、と吐き捨てたオーアの口調に苦々しいものが含まれているのを感じ、ルキナはぱちり、と目を瞬かせた。その反応に気づき、オーアは軽く笑って手をふってみせる。
「ごめんごめん、こっちの話だから気にしないで」
そう言ったオーアに、素直にこくりと頷いてから、ルキナはこてりと首を傾ける。
「じゃあ、ブレスレットの方もおんなじなんですか?」
「うんにゃ。 こっちはホントにお守り。てか、ちゃんとずっと付けてろって厳命されてる奴だな」
そう言ってから、オーアははたと気付く。
「ルキナちゃんは持ってないのか? お守り」
不意に問われた言葉に、ルキナはきょとんとした表情を見せた。
「お守り、ですか?」
「そう。ルキナちゃんって瘴気への耐性低いってレンが言ってたなって思ってさ。俺も耐性低いんだけど、職的にそういうとこよく行くだろ? だから渡されてるんだよね」
瘴気とか、そういうヨクナイモノから身を守るお守り。
そう説明したオーアに、ルキナは、あー、と声をもらした。
「そういうのなら私も、前は持ってました」
「前......?」
過去形の言い方をしたルキナに声を零すと、ルキナは苦く笑う。
「アルケミストだった頃のごたごたで......捨てちゃったんです。あれ、先輩からもらったものだったから.....」
ルキナという在存を消そうとしていたあの時に、ルキナにつながる物はほとんど処分してしまったのだと困ったような苦笑を見せたクリエイターに、オーアはそか、と息を落とす。
親しい人を亡くしたショックと、悪魔からの侵触の影響で彼女が行ってしまった事の影響は未だ根深い。戻ってきたものもあるが、こうやって戻らないものも多いのが現実だ。 特に、お守りなんて、当時ルキナの中にいたモノからすれば、非常に邪魔で目ざわりなものだったはずで、真っ先に処分するよう働きかけた事だろう。
そこまで考えてから、はたとオーアは口を開く。
「って、それって今はお守り持ってないって事だよな。 大丈夫なの?」
心配そうに問われた言葉にルキナは頬を搔く。
「えと、一応大丈夫です。……オーアさんが行くようなとこ、行くの禁止令がでてるだけで......」
「あ、やっぱダメなんだ」
「何があるか分かんないからって……。私自身、ああいうの、あまり好きじゃないし、オーアさんが止まらない心臓融通してくれるから、狩りに行かなきゃいけないって事もないです し」
「なるほど……」
苦手だと分かっている場所へ、わざわざ行く必要は確かにない。危ない所には近寄らない、というのは、自衛に有効なものの1つだ。とはいえ、こちらが避けていたとしても、向こうから来る事だってある。魔物が入り込んだり、呪われた品、良くないモノが封じられた品が持ち込まれたり。退魔班という、そういったモノと頻繁に関わらざるを得ないところに所属してる身としては、そんな案件を山程見ている訳で......いざという時の守りは持ってて欲しいな、というのが正直な所だった。
「ふむ……ねぇ、ルキナちゃん。今日、これから、って時間ある?」
唐突に問われた言葉に、ルキナはぱちりと目を瞬かせ、小首を傾げた。
「これから、ですか? 露店を切り上げれば大丈夫ですよ。今日の予定はこれくらいなので」
「なるほど、なるほど~」
ルキナの返答に頷きつつ、オーアはとある人物に耳打ちを飛ばす。
『柚葉さん、こんー。今、大丈夫ですか?』
『あら、オーアさん、でしたね。ご無沙汰ですけど、どういたしましたか? 』
1拍間を置いて響いたのは穏やかな女性の声。リーベを通じて知り合った――正確に言えばアコライトの頃、一度会った事があるが、ちゃんと縁を結んだのは、リーベによって引き会わされた時だったのでこの認識で問題ないだろう――朧の女性に頼み事をするべく、オーアは耳打ちを送った。
『ちょっと、頼みたい事があって……今日、これから会えたりとかって無理ですかね?』
『頼み事、という事はお守りですか? 確かに再作成であるのなら早い方が良いですが、リーベさんはご存知でしょうね? お守りが壊れるような事態を彼女に内密にしておくと、後が怖いですよ?』
『いやっ!大丈夫っ、ですっ。お守り、頼みたいってのは合ってるけど、それ、俺のじゃなくって、知り合いの子、ってか友達だからっ!!』
女性、柚葉の誤解を解くべく、オーアは慌てて声を送る。己が袖葉にお守りの再作成依頼をしたなどと、彼女からリーベに伝わりでもしようものなら、それが事実ではなかったとしても、とてもとても面動な事になるのは容易に想像できたためだ。
『お友達、ですか? 依頼をしてくるという事は貴方と同類と認識させていただいても?』
少しの間の後、返ってきた柚葉の声は少し固い。この場合の同類とはオーアの体質の事を指しているのだろう。それが察せられたが故にオーアは軽く首を振る。
『いや、"そういう"意味では普通の子。ただ、瘴気の耐性は俺以上にないんだ』
『それは……色々と支障が出る水準だと思うのですけど』
『ん。瘴気の強い狩場は行くの禁止されてるってさ。あの子、クリエちゃんだから、自力で対策するにも限度があるし……けど、行かなくたって、ああいうのが向こうからやってくる事もある。だから、ある程度の備えは必要だと思って』
『あぁ、故に、本日の耳打ち及びお守りの作成依頼となる訳ですね。分かりました。お守りの作成に当たって、私も1度、直接その子を視る必要がありますので、アマツまで来ていただいても?』
『分かった。じゃあ、ルキナちゃんとそっち向かうな。ありがとう柚葉さん』
『いえいえ。では、お待ちしておりますね』
そんなやり取りの後、途切れた耳打ちに、オーアはほっと息を吐く。
「よし、OK。許可取れた」
そう呟くように口にしてから、オーアはルキナへと視線を戻し、にこりと笑いかけた。
「それじゃあ、ルキナちゃん。俺とアマツまで付き合ってくれない?」
金髪のハイプリーストに連れられて、異国情緒溢れる街に降り立つ。久しぶりに足を踏み入れたアマツは、以前来た時と変わりなく、独特の雰囲気にほぅっと息を吐いた。
迷いなく歩くオーアの後をぱたぱたと付いていけば、向かって行ったのは街の東だ。店の隣りを通り、家々を通り過ぎて歩いていけば、だんだんと家屋は減っていき、代わりに木々が増えていく。そんな街はずれと言って良い所を歩きながら、ふと、ルキナは何気なく視線を左へと向けた。そうして見えたのは、そう遠くない所にある広い池だ。たしか、その池は花見の良スポットであったはずである。脳内で簡易的なアマツの地図を思い描く。池の位置から、自分が今いる所を考えると、本当に、目的地は街の外れらしい。
そんな事を思いつつ、歩き続ければ、木々の中に紛れるようにその屋敷は在った。
どことなく、静謐な雰囲気を漂わせ、佇む屋敷に、思わず、ルキナの口から、ふわぁ、と声が零れ落ちた。
「とーちゃくっと。急にこんなとこまで連れてきちゃってごめんな。疲れてない?」
振り返り、苦笑を浮かべて問いかけてきたオーアに、ルキナはふるふると首を振る。
「大丈夫ですよ。このくらいで疲れちゃってたら、冒険者なんて出来ませんっ」
きゅっと小さく握りこぶしを作ってみせるクリエイターの少女に、確かに、とオーアは笑みをこぼす。そんなハイプリーストの青年に笑い返してから、ルキナは、ちょん、と首を傾げた。
「それよりも、ここって――」
その時だった。誰のおうちなんですか、と問いかける声を遮るかのように、カラカラカラと引き戸を引く音が響いた。反射的にそちらへと目を向ければ、戸を開き、現れた女性の姿が瞳に映る。
それは、アマツ人らしい癖のない艶やかな漆黒の髪に、黒曜石の瞳の、凛とした面差しの婦人だった。
「ようこそ。立ち話もなんですから、どうぞ中へ入って下さいな」
柔らかく、上品な笑みを浮かべ、婦人、柚葉はそう言の葉を紡いだのだった。
客間と思わしき、アマツ風の部屋へと通され、ルキナはオーアと共に腰を下ろした。2人、並んで座ったその向かいへと、柚葉も腰を下ろし、あたらめて2人を、正確にはルキナを見る。
「オーアさんとは既に縁を交わしていますが、貴女とは初めてですね。私、倉橋家当主を務めます、柚葉と申します。どうぞよしなに」
「あ、えと、ルキナです。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
穏やかに笑み、軽く頭を下げた柚葉に、ルキナも慌ててぺこりと頭を下げる。
「オーアさんから軽くお話は伺っておりますが、お守りの作成依頼、という事でよろしいですね?」
「えっ?」
柚葉の問いかけに、ルキナは目を丸くし、素っ頓狂な声を漏らす。その予想外の反応に、柚葉も軽く目を丸くし、次いでオーアへと視線を向けた。
「オーアさん?」
「あ。あははははー……悪い、ルキナちゃんにちゃんと説明してなかったっけな、そういえば」
黒曜石の瞳に呆れた色を浮かべ、じとり、と咎めるような視線向ければ、オーアは乾いた笑い声をあげ、視線を逸らす。そんなオーアに、柚葉は頬に手をあて、溜息をつき、次いでルキナへと視線を戻す。
「ルキナさんも。詳細を知らぬまま、人の後をついていかないように。そんな無防備では、災いを避ける事も出来ま……」
ふと、お説教めいた事を口にしていた柚葉の声が、ふつり、と途切れる。どうしたのだろうかと、不思議そうに蒼の瞳を瞬かせるルキナを、驚いたように柚葉はじっと見つめていた。
「驚きました。貴女……巫でしたのね」
「かんなぎ?」
聞き覚えのない単語に、ルキナは首を傾げる。その反応に、柚葉は小さく息をついた。
「なるほど。かの国ではそう言った名称が存在してないのですね。オーアさんやあの人の厄寄せも、固有名詞として呼ばれている様子はなかったようですから、分からない話ではありませんけど……それにしても、厄寄せと護りのない巫なんて、これ以上ない程に心臓に悪い組み合わせを目にする時が来るとは思いませんでした。確かにこれは、オーアさんが護りが必要と判じるのも当然ですわね」
「厄寄せ……?」
響きからして、良くないものと分かるためだろう。少しだけ眉を寄せたルキナに、オーアは苦笑して柚葉の代わりに口を開く。
「早い話が、悪魔とかに襲われやすい体質の事を、アマツではそう呼ぶんだってさ。まー、分からなくもないけどな、そういう呼び方されるの」
実際、同じ体質で同僚である緋鷺は子供の頃、緋鷺に引き寄せられフェイヨンダンジョンから出てきてしまった魔物に、幼馴染が襲われ、怪我をするという出来事が起きてしまったと聞いているし、それを考えれば、似たようなことがアマツで起こり、そういう認識をされる事は、ありえる話だ。
「むぅぅ……」
不満そうな声を漏らし、オーアさんが悪いコト呼ぶとか、そんなのないのに、と呟くルキナに、オーアは微かに目を見張った後、ふ、と微笑を零して、桔梗色の頭を撫でる。
「ありがとな」
「むぅ……お礼言われるような事も言ってないです。当たり前の事じゃないですかっ」
きっぱりと言い切ったルキナに、柚葉は微笑する。
「えぇ。貴女のような考えの方がもっと多ければ、厄寄せという呼び名が定着する事もなかったでしょう。……それを思えば、貴方がたが、かの国で生を受けたのは、僥倖だったのかもしれませんね。こちらでは、厄寄せを判明すれば、良くて遠巻きにされ、悪ければ、迫害されるか、有力者に囲われるか、ですから」
「……囲われる? 厄寄せ、って言われてんのに?」
不思議そうに目を瞬かせたオーアに、そういえば、この手の話は貴方にもしていませんでしたね、と呟くように言ってから、柚葉はうっそりと笑った。
「碌でもない事を考える愚か者はどこにでもいる、という事です。恨みを買ったか、怒らせたか、はたまた、ただ単純に目に留まってしまったのか。ヨクナイモノに目を付けられた家が、自分たちの身を守るために、囲ったのですよ。自分達から目を逸らさせる囮、もしくは、贄と、するために」
冷え冷えとした微笑と共に告げられた言葉に、ルキナはひゅっと息を呑み、オーアは顔を顰める。
その反応を見てから、柚葉は安心させるように笑みの質を変え、肩を竦めてみせた。
「――とは言いましたが、オーアさんがこの地を避けたり、警戒する必要はあまりないと思いますので、安心してくださいな。厄寄せが露見するには、そうだと分かってしまうような出来事が起こるか、巫と同様、視える者が視て、そう判じるかのどちらかです。そして、そのお守りには、視えないよう目隠しの効果もありますから、それを付けている限り、そんな不届き者に目を付けられる事はないでしょう」
そう言ってから、柚葉は己の頬に手を当て、1つ息を吐く。
「本当は、良からぬモノからも隠せれば良かったのですけれど……一体どう察知しているのか、今刻んである目隠しの陣では全く意味を成してないのです」
口惜しい、と漏らす柚葉に、オーアは軽く手を振った。
「いや、今のままで充分ありがたいって。もし、何か来たって自分でぶっ飛ばせばいいだけだしな」
そう笑ってから、オーアは首を傾げる。
「それより、巫、って何なんだ? 俺としては、単純に、ルキナちゃん、瘴気耐性無いから連れてきただけだったんだけど……」
オーアの問いかけは、ルキナも気になるものであったらしく、じっと柚葉を見つめる。注目する2対の瞳に、柚葉はゆっくりと口を開いた。
「ここ、アマツにおいて、巫の意味は、神を祀り、神に仕え、神意を世俗の人々に伝える役割を持つ人を指します。神主の補佐をする者、つまり巫女という認識が一般的でしょう」
その言葉に、きょとんを目を瞬かせたのはルキナだ。
「私、巫女さんじゃ、ないですよ」
「えぇ、存じております。そもそも、神職についたら冒険者として動く事など出来ませんもの。私が言ったのは神職の方々から見た意味での巫です」
「……って事は、巫じゃない巫女さんもいる、って事か?」
オーアの問いかけに、柚葉はこくりと頷き返す。
「えぇ。むしろ、巫である巫女の方が少ないですね。極僅か、と言っても良いくらいです。正確な巫の意味は、神意を人に伝えることが出来る、つまり、神や精霊をその身に宿し、受け入れられる人物の事です」
「!」
目を丸くするルキナを見据え、柚葉はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「神霊が人の身に降りる際、微かでも反発が起これば降りることは叶わず、神降ろしは失敗します。故に巫は、真白の雪のような、清らかで澄み切った泉のような、完全に癖のない魔力質である事が絶対条件なのです」
「うわぁ……それ、ルキナちゃん、どんぴしゃじゃん」
思わず漏れたオーアの呟きに、柚葉は軽く頷き返す。
「えぇ。しかも、何もしていない、素の状態で”こう”なのは、本当に珍しい資質です。巫の多くは、神降ろしの儀の際、その準備として一時的に巫と呼べる魔力質に調整する儀を受けてようやく巫となるのですから。……この儀を受ける事が出来る資質を持つのも十分珍しい事を考えれば、貴女の質がどれだけ稀有なのか、想像できるのではないかしら? ……もし、私の友人である巫女が貴方を見たら……半強制的に囲うくらいやりそうですもの。私も、少し常人より視える目を持っていたため、随分熱心に巫女の道へと誘われましたから」
その攻防戦を思い出したのか、柚葉は深々と溜息をつき、けれど、苦笑を浮かべた。
「まぁ、分かってもいるのですけど。視える者は視られやすい。只人よりもそういったモノとの関わりは増える事になりますから。私を案じてくれた結果なのは……」
そう呟いてから、柚葉は改めてルキナを見る。
「神霊ですら受け入れられる器。当然、良くないモノから見ても、それは非常に魅力的です。故に護りは早急にあった方が良いでしょう」
「はい……」
「貴方の場合は、瘴気対策とともに、魔除けの効果もつけた方が良さそうですね。元々は私が視て、次回までに作っておく事を考えていたのですが……まだ、お時間は大丈夫ですか? 大丈夫なのであれば、このままお守りの作成をしたいと思います」
「え、あ、はいっ。大丈夫です」
「遅くなっても、俺が送ってくから、安心してよ」
大きく頷いたルキナと、言い添えたオーアの言葉に、柚葉はふっと表情を緩めた。
「それは僥倖ですね。その時はオーアさんの厚意に甘えさせてもらいますわ」
「え、え、でも、時間、かかるなら、オーアさん待ってるの暇だと思うし、私、1人でも帰れますよっ」
わたわたと柚葉とオーアを交互に見て発せられた主張に、柚葉は軽く息を落とす。
「いつ、何があるか分かりませんし、厚意はありがたく受け取っておくべきですよ? ……まぁ、送り狼と化す不届き者も存在するので、受け取る相手は選ぶ必要がありますけれど。今回の場合、オーアさんに関していえば、その心配はないでしょうし」
「そうそう。それと、時間に関しては気にしなくてホントに大丈夫だから! 連れてきたのは俺だしな。暇になったら、それこそ畳で散歩でもしてくるからさ」
2方向からの言い包めに押し負けたらしい。ルキナは、ぴゃ、と若干小さくなりつつも、それじゃあ、あの、お世話になります、とおずおずと上目遣いで、言の葉を紡いだ。それに、柚葉はにっこりと笑みを浮かべる。
「はい。――では、さっそく石選びを致しましょうか」
ルキナから望む言葉を引き出せた事に、満足げな笑みを浮かべたまま、柚葉は部屋の隅に王位していた風呂敷包みを持ってくる。どさり、と重い音を立て、柚葉とルキナの間に置かれたそれを解き、布をめくれば、現れたのはいくつも重ねられた箱だ。大きく、けれど、底の浅い箱を1つ1つルキナの周りへと並べて、柚葉はにこりと笑む。
「さてはて、どれが貴女と合うかしら? 気になったものはいくつでも良いので教えてくださいね」
箱の蓋を開けながら、言われた言葉に、こくりと頷いたルキナは、箱の中身を見て、ふわぁ、と感嘆の声を上げた。格子状に仕切られた箱の中、様々な石が収められている様は壮観であるが故にルキナの気持ちは分かる。1つ頷き、そんな事を考えてから、オーアはおもむろに立ち上がった。ここからは、自分はしばし席を外すべきだと判じたためである。
「じゃあ、石選び、ずっと見てるのも無粋だろーから、ちょっと外出てくるな。柚葉さん、ちょうど良さそうな時に耳打ちくれない?」
他に人が見てたんじゃ気が散るだろーし、と口にしたオーアに、確かに、と頷いた後、柚葉は笑って1つ、提案する。
「でしたら、いっそ、貴方ももう1つ、石選びをしていきますか?」
艶やかな漆黒の髪を揺らし、小首を傾げてみせた朧の女性に、オーアは一瞬悩む。脳裏を過ぎったのは、自分とは違う金色の髪に深緑の瞳。けれど、それを贈るなら、こんな行き当たりばったりではなく、どういう守りにするか等決めてからにしたいな、と思った。
「……いや、いいや。予備頼むなら、デザイン同じでいいから、石選びは必要ないし。……でも、ちょっと思うとこもあるから、それは、もうちょい考えてから、また、依頼させてもらうな」
柔らかく笑い、紡いだオーアの言葉に、柚葉は一瞬目を丸くしてから、微笑み返し、そして、ルキナへ石の解説を再開する、それを横目に、オーアは足を踏み出した。
*******
風が吹く。
さーっと、音を立てて、白波を起こし、オーアの傍らを通り過ぎて行ったそれは、非常に涼やかで、目の前の池の清涼な冷たさを多分に含んでいるかのようだった。
柚葉の家を出て、特に考えもなくふらりと北へ足を向けたオーアの目の前に広がっているのは、広い池だった。その光景をなんとなしに眺め、オーアは息をつく。
思い出すのは、先ほど柚葉が語った巫の説明だ。
「……本来、元がヒトだったとしても、他人に憑りつくと、魂、歪んでくんだよな。それこそ、生まれ変わりとか不可能なくらいに」
人の体を器、魂をその中身とするならば、人はそれぞれ多種多様の器であり、そこにはそれに合った中身が収まっている。人に憑りつくという事は、その相手の器の中に入り込むという事だ。
過不足なく丁度良く収まってたところへ、本来入るはずのない形のモノが無理矢理入り込む。入り込まれた器と中味は当然、入り込んできた方も、合わない器へと入るのだから、どうしたって歪みが生じる。憑りつく時間が長ければ長いほど、それは顕著だ。
「……だから、元が人でも、祓うしかないのがいる訳で……まぁ、元から魔なのは、人に憑りついた所で歪まないし、むしろ、相手を自分に合う形に歪ませてくるから、更に質悪くて早急に対処が必要なんだけど」
辺りに人がいないのを良いことに、ぽつりぽつりとオーアは声を落としていく。
「だから……最初、レンとルキナちゃんの話聞いて、驚いたんだよなー」
死した後、ルキナの中に巣くっていた魔から守るために、短くない期間、寄り添っていたレンの魂が、生まれ変わり、なんてものが可能なくらい、一欠けらも損なわれていなかった事。結果的に、魔とレンという異物を2つも受け入れてなお、ルキナが無事であった事。職業柄、その手の知識があった故に、詳しい話を聞いて、戦慄し、奇跡だと思ったものの絡繰り、答えが、思わぬところで手に入ってしまった。
「……そういう意味では、ルキナちゃんが巫で良かった。って事だよな」
巫である事は多大なリスクを孕んでいる事は、説明を聞いて理解した。けれど、彼女が巫であったからこそ、レンの魂は歪まず、ルキナ自身も異物を抱えた身で無事だったのだ。もし、彼女が巫でなければ、おそらく、レンもルキナも、とうの昔にここにはおらず……巡り合わせによれば、彼女だったモノを祓う事になっていた。
そこまで考えて、オーアは、嫌なもしもなんて考える意味も価値もないと、ふるふると頭を振る。そうする事で、嫌な思考を振り払おうとした、その時だった。
『オーア』
不意に響いた耳打ちは、よくよく知った、特別な声で、オーアはぱちりと目を瞬かせた。
『ヴァレリー? どうかしたか?』
そう耳打ちを返し、問いかければ、いや、と軽い声が返る。
『オーアが暇なら、どっか狩りに行かない? って思ったんだけど』
その誘いに、オーアは、あー……と声を漏らした。
『ヒマだけど、ヒマじゃないな……』
『なんだそりゃ』
もっともな反応に、オーアは苦笑して、声を送る。
『ちょっと人待ち中なんだよ。今は手持ち無沙汰だけど、それはこうやって待ってる間だけだからさ』
『なる。って事は、狩りはちょっと厳しい感じか』
『だなー。どのくらいかかるか、ちょっと読めないし……悪いな、せっかく誘ってくれたのに』
『いや、気にすんなって。先約があるなら仕方ない、けど……あー……』
『ん?』
不意に、何か迷うような歯切れの悪い声を漏らしたヴァレリーに、オーアは首を傾げる。
『……あんまし、こーゆー事言いたくはないんだけどさぁ。その、待ってる奴って、信用出来る相手なんだよな?』
その心配を含んだ問いかけに、オーアは一瞬目を丸くしてから、苦笑する。ついこの前、まんまと騙され、悪い実績を作ってしまった身だ。ヴァレリーがそんな懸念を抱くのも無理はない。
『だいじょーぶだって! 相手、ルキナちゃんだからさ。ヴァレリーも会った事あるだろ? 二日酔いとかの薬、作ってくれたクリエちゃん』
故に、あえて軽い調子で素直に答えてみせれば、ほっとした声が返った。
『あぁ、あの子か。なるほどなー。あの時みたく、買い物の荷物持ちって感じか』
『ん、そんなとこー。……ちなみに、ヴァレリーって、今ヒマ?』
『暇だから、こうやってオーアに声かけてたんだけど?』
何でわざわざそんな事を確認するのかという疑問の色が滲む声に、オーアはへらりと笑う。
『いやー、もし、何もないなら……もうちょい、お喋り出来ないかなー、って思って。……ダメか?』
そう問いかけてみれば、くすくすと笑いの混じった声が返る。
『そんなの、わざわざ聞く事じゃないだろーに』
『えー。だって、ヴァレリー、ソロでどっか行くなら、場所によっては余計な事してる余裕なんてないだろ?』
『まー、確かに』
『だろ?』
そんな事を言いながら、ふと、目に留まったのは、己の手首。ハイプリーストの法衣、その袖口から覗くお守りだった。そして、再び脳裏を過ぎるのは、退出前に柚葉と交わしたやりとりで……
『……――そーいや、狩りで思い出したんだけどさー』
『んー?』
ちゃんと、考えるのであれば、本当に贈ろうと考えるのであれば。
『ヴァレリーって、装備品じゃないアクセとかってつける? ほら、前衛だとそういうの、邪魔になったりとかすんのかなーって思ってさ』
まずは、そこから。
雑談の1つとして、何てことない調子でオーアは声を送ったのだった。
*******
「ただいまー」
「あ。オーアさん、おかえりなさいっ」
それからしばらく。柚葉からの連絡を受け、戻ってきたオーアを出迎えたのは、にこにこと満面の笑みを浮かべたルキナだった。
「その様子だと、良い物が出来たみたいだな」
慈しむような笑みを浮かべ言ったオーアに、ルキナは大きく頷いた。
「はいっ! とっても綺麗なもの、作ってもらいましたっ」
輝く笑顔でそう言って、ルキナは己の手を、オーアの方へと差し出した。
女性らしい華奢な手首にあったのは、丸い石が連なったブレスレットだ。清水のように透き通った水色、それよりも少しだけ緑がかった澄んだ水色と、透明度の高い柔らかな黄緑色の小さな石たちと、3ヵ所にひと際大きい無色透明の石が配置されていた。全体的に透明度の高い、淡い色合いのそれに、オーアの瞳が丸くなる。
「へぇ、キレイだな。でも、色、淡いのばっかなんだ」
「はいっ。なんとなく、いいなぁって思ったのが、これだったんです。前の、先輩から貰った蒼と紫のも好きでしたけど」
微笑して言うルキナに、その背後から声が飛ぶ。
「それは、今、貴女に必要な石がそれらだった、という事ですよ。大事にしてくださいね」
畳に座ったまま、こちらを見上げ、言う柚葉に、オーアは小首を傾げる。
「でも、魔除けだろ? オブシディアンとか、アメジスト辺りは使わなくて良かったのか?」
疑問に思った事を素直に問いかければ、柚葉はころころと笑う。
「オーアさんは、彼女の選んだ石が何か、分かりまして?」
「えっと……緑はペリドット。透明なのは水晶だろ? 水色……色鮮やかなのは、たぶん、ブルートパーズ、だと思う……も1種は分かんない」
石や宝石の仕入れや、石選び等、シャンスに付き合わされていたため、多少の見分けはつくが、それは多少であって、そこまで詳しい訳でない。けれど、オーアの答えは、柚葉にとって十分合格点だったらしい。満足そうに笑って、柚葉は1つ頷いてみせた。
「それだけ分かれば、一般知識としては十分すぎるくらいですわ。……けれど、石の持つ効果の方はそこまで詳しくないという所ですね。今、オーアさんが挙げた石、全てに魔除けの力がありますから」
「マジ!?」
目を見開くオーアに、柚葉は当然、と頷く。
「そもそも、魔除けの護り石になるものしか、私、選択肢に提示してませんもの。ブルートパーズは、事故・災難からの護り石。ペリドットと水晶にも魔除けの効果はありますし……最後の1つは、オブシディアンですから」
そう説明しつつ、密かに柚葉はオーアへと耳打ちを送る。
『……この方、最近何か、ありました? 心に傷を負うような事が』 口と耳打ちで器用にも全く違う会話を成立させたオーアの言葉に、柚葉は1つ頷いてみせてから、にこりと笑みを浮かべ口を開く。 「さて……そのお守りには、私が出来うる限りの魔除けの加護をつけさせていただきました」 ルキナに、正確には彼女の付けたお守りに視線を向け、口を開いた朧の女性に、ルキナはこっくりと頷いた。 「はいっ。ありがとうございます。キラキラ、綺麗で素敵ですっ」 ルキナの言葉に、オーアはそういえば、と思い出す。 「オーアさん。先程の、彼女を送っていくとの言葉に、二言はありませんね?」 唐突な問いかけに、目を丸くしつつも、オーアは頷く。 「おぅ」 予想外の言葉に、思わずそんな言葉が零れる。 「自身の護りがない状態ですもの。補助ではなく護りそのものにならなければいけないのです。当然でしょう? ――ですので、2人で畳へ行ってきてもらえませんか?」 思わぬ言葉に、オーアは目を丸くする。 「畳程度の瘴気を防げないようであれば、到底実用に耐えうるとは言えませんもの。使い手が特殊である以上、代用で検証しても意味がありませんし」 頬に手を当て、小首を傾げて当然の事のように言葉を紡いだ柚葉に、オーアはぶんぶんと首を横に振る。 「いやいやいやっ、たしかにそうだけどさぁっ! それって、もし、万一何かあったら俺が、怒られるじゃ済まない奴なんですけどっっ!!」 思わず叫ぶ。もし、ルキナに何かあれば――クリムならば、経緯を話せばまだ話が通じそうだからまだしも――レンが怖い。 「あの……オーアさん。……私、出来たら行ってみたい、です」 眉を下げ、おずおずと、少し申し訳なさそうに見上げてくるルキナに、う、とオーアは言葉に詰まる。ダメ、ですか、と本人は無自覚だろうが追い打ちをかけてくるクリエイターに、陥落するのは早かった。 「~~~っっ。……分かった。じゃあ、行ってみようか。でも! 時間の問題もあるし、長居はなし。あと、1Fだけな」 1つ息をついた後、オーアが紡いだ言葉に、ルキナはぱぁっと表情を輝かせる。 「わぁっ、ありがとうございますっ!!」 さらりとそんな事をのたまう婦人に、オーアは半眼になって口を開く。 「無茶ゆーなっての。2Fは俺じゃ何も出来ないし、ルキナちゃんも戦闘不得手なんだから、2人じゃキツイって」 転生職が2人もいて何をと思われかねないが、ME型のハイプリーストに製薬型のクリエイターなのだから、仕方ないと開き直る事にする。 「貴女は、畳に入ったら、こまめにお守りを確認する事。もしも、お守りの中の光が消えたら、その時点で即座に帰る事。何事もなければ、そのまま無報告でも構いません。が、もし、お守りに異常が起きるか、翌日、悪夢を見たり、目が覚めた時に憂鬱であった場合は、再び私の元へ来てください。その時は、本職の方へ渡りをつけますので、お守りへの加護の付け直しをしてもらいます」 「分かりました」 つらつらと注意事項を述べた柚葉に頷き返してから、ふと、ルキナは首を傾げた。 「具合が悪くなったら、とかじゃないんですね」 そういうのって、具合が悪くものだと思ってました、と不思議そうに口にしたルキナに、柚葉は小さく息をついてから、ルキナを見据える。 「普通の方であるなら、その認識で正しいでしょう。けれど、貴女は巫。瘴気に対する耐性がない、癖が全くない魔力の持ち主です。痛覚がなく、全盲の方が怪我をしても、本人は自覚できないでしょう? 瘴気に対する貴女の身体は、それだと思っていいです」 あんまりな言葉に、思わずルキナはひくりと頬を引き攣らせた。 「そ、そんなに……ですか……?」 オーアの補足説明に、ルキナはこくりと小さく頷く。 「魔力の反発による瘴気の除去が出来なかった場合、次に影響が出てくるのは精神面になる。悪夢見たりとか、気分が落ち込んだり、精神的に不安定になるんだよな。そうなってるってのを、自覚するのはなかなか難しいんだけど、ルキナちゃんが瘴気侵蝕を知覚できるとしたら、そこだろうって事だから、ちょっとでも違和感とかあったら気のせいとか思わないで相談してな?」 ぷすり、と、不意に刺された釘に、オーアはうぐ、と呻き声を漏らし、ルキナはぱちりと瞳を瞬かせる。 「……そうなんですか?」 こてりと小首を傾げ、柚葉を見たルキナに、柚葉が口を開こうとしたその刹那、それを遮るかのように、オーアが声を上げる。 「あーーー!! 時間! 無くなるし!! 畳行こっか! 柚葉さん、お世話になりましたっ!!」 そう言い置いて、ルキナの手を取り、敵前逃亡を計ったオーアに、あわあわと手を引かれつつも、ルキナは柚葉の方を見、軽く頭を下げた。 「え、あ、えとっ! あのっ、ありがとうございましたっっ!」 少しだけ張った高い声を置き去りにして、消えていった2人に、柚葉は小さく吹き出すとくすくすと笑い声を零したのだった。 fin おまけ あとがき
「は!? オブシディアンって、黒いだろっ!? 俺のにも使われてるけど、全然違うじゃんかっ!」『あー……やっぱ、分かります?』
「こちらの色合いの物はブルーオブシディアンと言います。オブシディアンを原料とした人工石ですから、知名度が低く、オーアさんが存じないのも致し方ありません。けれど、私が見繕った人工石ですから、下手なオブシディアンよりも強い力を持ってますわ」『精神安定の効果を持つブルートパーズ、ネガティブな感情の防御、精神的辛さからの解放といった効果を持つペリドット、更にブルーオブシディアン特有の効果はトラウマの緩和ですの。ここまで揃うといっそ見事ですわね』
「あー……粗悪品ならともかく、ちゃんとした石にしっかり術式組んできっちり作った人工石はとんでもなく質良いもんな。納得」『うわぁ……それなりに結構時間経ってるし、随分、安定したと思ってたんだけどなぁ。無意識に選ぶ……必要としてる石がそれかぁ。目に見えない傷は治りにくい、って事だな。分かった、ルキナちゃんの保護者にも伝えとくわ』
柚葉のつくるお守りは、目隠しの呪というものが共に込められているため、製作者である柚葉と装備者しかお守りに込められた陣が見えないようになっているらしい。ちらりとオーアは、己の手首を囲む自身のお守りに目を向ける。オブシディアンとオニキスの黒、そして水晶の透明を基調とし、ポイントにサファイアの蒼が配置されたブレスレット。それをよくよく眺めれば、きらきらと夜空に瞬く星のように、小さな小さな光たちが、石の中や表面で輝いているのが分かった。十中八九、ルキナの言うキラキラとはこれの事だろう。そんな事を考えていると、柚葉の視線がオーアへと向けられる。
「私、先程も述べた通り、出来うる限りの護りを彼女のお守りに込めたつもりです。けれど、巫である彼女を守るのに、これで十分なのかは、正直なところ、判断がつきませんの」
「……そんなに、巫への護りって大変なのか」
「は……?」
故に、必要性は理解しつつも、尻込みしたオーアだったが、ちょんちょん、と控え目に服を引かれて、自然とそちらへ目を向ける。
「あら。私としましては、3Fまで行ってみて欲しかったのですけど」
ルキナの使役するホムンクルスの強さによってはどうにかなるかもしれないが、無理をして行く程の事ではないと判じ、そう反論すれば、柚葉も納得したらしい。確かに、と1つ頷いて、柚葉はルキナへと視線を移す。
「……前、何かで説明したかもだけど、瘴気にあてられて具合が悪くなるのって、魔力の癖による反発が起きてるせいだからなー。癖がなく、反発が起きないなら、具合が悪くなりようがないんだよ。現にルキナちゃん、瘴気にあてられて具合悪くなった事、ないだろ?」
「あぅ……気を付けます」
「……その辺りは、割とオーアさんも人の事を言えないのではなくて?」
ルキナ「わ。……久々に来たけど、……わ~、不思議。怖いような変な感じ全然しない」
オーア「……そう言うって事は、前は嫌な感じしてたんだ」
ルキナ「はい。……フェイヨンダンジョンとか、そういう風に感じるところなんだ、って思ってました」
オーア「なるほど。って事は、ちゃんと機能はしてるっぽいな」
ルキナ「みたいです。ここまで感覚、変わると思わなくってびっくりしてます」
オーア「……そーいえば、何で、ルキナちゃん、畳行きたいって言ったの? 単純にお守りの効果確認してみたかった?」
ルキナ「あ、えと……星の欠片、欲しくて」
オーア「あー。そういや雅人形、落とすっけ」
ルキナ「魔力水作るのに、良いんですよね~。あれ。前はカルちゃんがよく拾ってきてくれてたんだけど、今は少しお願いしづらいし、まぁ、無くてもどうにかはなるから先送り先送りってしてたんです。だから、行けるなら、丁度いいから行きたいなー、って」
オーア「なるほど」
やー……想像以上に長くなってびっくりびっくり。
っていうか、私は! 何で、何かしらの設定説明が入らんと話書けないのか!と本気で突っ込みいれたくなる……
が、お題を見たときに、イメージしたのが、手首に光るブレスレットの中に光る星、だったんだ。そして、そこから、お守り作成依頼ネタがふってきて、ルキナ・オーアと柚を合わせたら、必然的に、裏設定であるこの2人の体質のアマツでの呼び方は出てくるよな……!! ってなったんですもの(;¬д¬)
読み直すと、まだぽろぽろ解説項目は出てくると思うので、また後で読み返して随時書いてきまする。
この話、時間軸は望まない手の後を想定してたり。だから、”次があってたまるか”なんだよね。
ちなみに、柚葉は、早い話が視える人。そのため、幼馴染な巫女さんに、巫女になろうよとかなりごねられた。柚は昔から、自分が後継だというのを強く自覚していたから否一択だったけど、呪い持ちの身だったため、お守りの作り方とか、悪いモノの祓い方とか、巫女さんスキルを教えてもらってスキルだけはある程度習得していたり。ついでに、その手の術と相性が良かったらしく(故に、更に勧誘が酷くなった一面もあるが)、人にお守りを作ったり、視たりしても問題ない腕前になっていたため、副業の様にこうやってお守りを作成していたり。
ちなみに、退魔班であるオーアにその手のスキルはないのか? というと……
「ないわけじゃないけど……相性が悪い」らしい。
「そもそも、退魔班のノウハウだと、護りより、文字通り退魔方面に特化してるからなぁ。被害者への護りを施す時もあるけど、それは特定の魔から護るモノになるから、効果は強いけど汎用性がなぁ……。まぁ、そも! 俺自身がそーゆー小難しいの苦手だから、何か作るのは無理なんだけど!! 出来ても班長、上司さんとかにつなぎをつけるくらいだな」とのこと。
使用素材: 幻想素材館Dream Fantasy様 Dream Fantasy 2