「あれ?」
とある昼下がり。
材料も集まってきたことだし、薬作りをしよう。そう考え、倉庫に足を踏み入れたアルケミストの少女は、つい、そんな声を上げた。
出来上がった薬を入れるための空のポーション瓶や試験管、空き瓶やハーブ類、食人植物の花、そして製薬には欠かせない乳鉢等、妹達が製薬用品と呼んでいる品々を置いてある区画でしゃがみこむ。
「あらら、結構数、減ってきちゃってるなぁ……」
ポーション瓶や試験管、乳鉢の数を数え、そう呟く。
出来上がった薬を入れるポーション瓶や試験管はもちろんの事、薬品が混ざり、変化反応を起こすのを防ぐため、乳鉢も1度しか使えないのでそれなりの数を確保しておく必要がある。
とはいえ、乳鉢は使い捨てではなく、1度使った乳鉢は錬金術師ギルドに持っていく決まりとなっている。そこで洗浄してもらい、また使えるようにするのだ。
少女の瞳に映るのは、2つの乳鉢の山。その大きさは、片方は大きく、もう片方は随分と小さくなっている。使用済みの乳鉢も、さっと洗ってあるため、そこだけ見れば、ぱっと見では、どちらがどちらか分からなくなりそうだが、小さな山は、空のポーション便や試験管達のすぐ脇にあり、大きな山は少し間を開けて置いてある。故に、どちらが未使用で、どちらが使用済みかは、一目瞭然だ。
「買い足しに行くべき、かな」
そう呟いて、紫がかった青い髪の少女は使用済みの乳鉢を袋にいれるとカートにのせる。カートにはまだまだ余裕がある。が、帰りに買う物たちの事を考えて、武器やポーション、露店に並べる品々をカートから降ろして、更に余裕を作る。
「よし」
随分軽くなったカートを見て、1つ頷くと、少女は倉庫を後にした。
「こんにちわ」
カプラ転送で首都であるプロンテラから、国境都市アルデバランへ。
そして、南西にある錬金術師ギルドへと歩く。扉を開けると共に、そう声をかけた。
「あ、ルキナちゃん。お久しぶり」
受付のカウンターに居たのは一組の男女だ。
本を読んでいたらしい淡い金髪の女性は、顔を上げる。と、訪問者の姿を見て、眼鏡の奥の瞳を優しく細め、ふわりと笑む。その横に座していた、眼鏡をした青年も、薄青の髪を軽く揺らし、笑顔で口を開く。
「ホム制作の時以来だね。どう? 元気だった?」
「はい。まだ、ちょっと、暴走しちゃう時もあるけど、元気でいい子ですよ。ね、ユエちゃん」
少女、ルキナは、にこり、と笑って青年へと言葉を返す。そして、自身の肩に乗っている、小さな梟に似た青い鳥へと慈愛の笑みを向けた。
俺は、ルキナちゃんに聞いたつもりだったんだけどなぁ、と苦笑する青年を尻目に、ユエと呼ばれたその小鳥は、ルキナの頬に甘えるように擦り寄る。ふわりと柔らかく温かな羽毛の感触にルキナは擽ったいよ、と声を上げて笑う。そんな微笑ましい様子に青年は笑みを浮かべつつも、感心したように口を開いた。
「すごいね。もう懐いてるんだ」
ホムンクルスは、その制作の過程で、制作者が主人と刷り込まれるため、初めから命令は聞く。けれど、相手も生きているのだ。やはり始めは、どこか余所余所しかったり、気まずかったりする。その状態を改善するには、通常、それなりに時間がかかる。故に、少女のホムンクルスの制作時期を考えれば、その懐き様は目を見張るものがあった。
「ルキナちゃん、その子が生まれた時から、すごく可愛がってたからねぇ。やっぱり、人工生命も愛情っていうのは分かるのよ」
「だって、ユエちゃん、すごく可愛いですもん。だから、懐いてくれて嬉しい」
嬉しそうに笑ってそう言ったルキナに、女性もつられて笑う。
その様子を微笑まし気に見ていた青年だったが、ふと、思い出したかのように、ルキナに問いかけた。
「それで、今日はどうしたんだ? 研究室に行くのか?」
その言葉に、はっとして、ルキナは顔を上げた。ぱちん、と軽く両手を打ち鳴らす音と共に、口を開く。
「あ、そうだったっ。今日は、乳鉢を買いに来たんです。倉庫の在庫が少なくなってきちゃったから……」
苦笑して言うルキナに、青年はなるほど、と呟く。
「いくつ?」
問う青年へと、使用済みの乳鉢を取り出し、渡しながら、ルキナは、小さく笑った。
「えと……持てるだけ。使う時は大量に使うから……」
それから、しばし。
ルキナのカート、バッグ、ポーチ等には、ぎっしりと乳鉢が詰まっていた。
「はい、あと、これだね……本当に大丈夫?」
そして、止めとばかりに渡されたのは、大きめの紙袋。
やはり、そこにぎっしりと詰まっているものも乳鉢だ。少々、心配そうな青年に、片腕で支えるように紙袋を持って、ルキナは笑う。
「はい。大丈夫です。出来るだけ、纏め買いしたかったから……ありがとうございました」
「大丈夫なら、いいんだけど……でも、そんなに無理して買って行かないで、せっかく研究室借りたんだから、そこですれば楽なのに……」
まだ、どこかあどけなさが残る少女が、目一杯の荷物を抱えている様は、やはり、危なっかしく映るのだろう。青年と同様に、心配そうな表情を浮かべ、言う女性に、ルキナはカートを引くために開けた片手で手を振ってみせる。
「大丈夫です。妹が家にいるから、出来るだけ、家を空けたくなくって、家で出来る事は、家でやりたいんです。心配してくれて、ありがとうございます」
にこり、と笑ってそう言えば、仕方がなさそうに、女性は息をつく。
「まぁ、無理強いは出来ないものね。……でも、1人での研究よりも、他人の教えを聞いたり、意見交換や、討論なんかでも、得られる物は大きいわ。だから、その機会の多いここには、いつでも来てね」
苦笑して言われたその言葉に、ルキナは目を瞬かせてから、嬉しそうに笑って頷いた。
「はいっ。……じゃあ、ユエちゃん、行こっか」
「……大丈夫、とは言ったものの…………っと」
ふらふらと覚束ない足取りで、アルケミストギルドを出てすぐにある段差を降りる。
紙袋のせいで足元と前が見え難く、片手で引くカートにも気を配りながら一段一段降り、慎重に歩いて……今のが最後の段差だったのだと確認してほっと息をついた。
そして、もう一度、紙袋を抱え直すと、カートの引き手を掴み、再び歩き出す。
「……やっぱ、ちょっと……買い過ぎ、ちゃった、かな……っ」
思ったより、重い……。
少々泣き言を呟きつつ、手摺りに沿って歩く。前が見え難いため、その方が安全だろうと考えたのだ。
よたよたと歩きつつ、少しでも重さを紛らわそうと、ルキナは肩に乗るユエに話しかける。
「とりあえず……これ、倉庫にしまったら、……次はゲフェンだね。今度は、ポーション瓶と、試験管、買わなくちゃ…………その、買い物が終わったら、どこか狩りに行こうか。たぶん、私、疲れて家に帰っても製薬どころじゃなさそうだし……街の近くでユエちゃんの特訓、しよう、ね。……ユエちゃん?」
ふと、ユエが肩から飛び立った。
ぱちくりと目を瞬かせるルキナだったが、つんつんと髪を引っ張られる感覚に、視線を上げる。ちらりと、視界の端に髪を嘴で引っ張るユエの姿が映り、小首を傾げつつも、歩きながら口を開く。
「どうしたの? ユエちゃん。お腹すいた? ごめん、倉庫に着くまで待っててね。今、手が離せないから……」
その時、背後から鋭い声が響いた。
「危ない!」
同時にぐっと肩を掴まれ、後ろへと引き寄せられる。
急に後ろへと引かれて、バランスを崩し、倒れそうになる体。反射的に、短い悲鳴が漏れたが、実際には倒れる事はなく。背に感じる体温と腰に回された腕の感触に、誰かに支えられたのだと、一拍遅れて気がつく。
見上げれば、自分よりもいくつも年上に見える青年の顔が目に入った。アルケミストの服を身に纏い、薄茶の髪をX字ヘアピンで留めた青年は、眉を寄せていた。その鳶色の瞳には、多少の苛立ちが見える。
「何をやってるんだっ! 危ないだろっ!」
怒鳴られ、びくっと、体が竦む。けれど、それは一瞬で。
青年の指差した先を見て、目を見開いた。
「あ……」
ルキナが現在いる場から、ほんの1~2歩程先。
そこには、ぽっかりと手摺りがなく、自身の身長よりもずっと深いであろう段差があった。
このまま歩いていれば間違いなく落ちていただろうそれに、さっと血の気が引く。同時に、この青年がそれから助けてくれたのだと理解する。
「ありがとうございました。このまま歩いてたら、落っこちて、せっかく買った乳鉢、ダメにしちゃう所でした」
自分の足で、しっかりと立ち、ルキナはぺこりと頭を下げる。それを確認してから、青年は、彼女から体を離す。そして、彼女が発した言葉に呆れたように息を吐く。
「……あんたなぁ。自分の事よりも買った物の心配かよ……」
「……だって、私の怪我なら治りますけど、乳鉢は割れちゃったらもう、それまでですもの。製薬中に割っちゃうならまだしも、こんなとこで、使えなくなっちゃうのは、乳鉢が可哀想だし、乳鉢を作ってくれたり洗ってくたりした人にも申し訳ないですもん」
さらり、と青年の言葉に答えると、ルキナはユエを見て、苦笑する。
「……ユエちゃんもありがと。危ないって教えようとしてくれたんだね。気がつかないでごめんね?」
その声を聞いて、ユエは、再びルキナの肩へと止まると、すり、とルキナの頬に擦り寄った。
それに、ふわりと目を細め、微笑したところで、はたと、ルキナは目を瞬かる。何かに気づいたように、自身の手を見、そして、慌てたように辺りを見回し始めた。
「あ、あれ? ……あれっ?!」
「……探し物はこれか?」
そう口にして、青年が示したのは、ルキナを支えていたのとは逆の手で持った、紙袋。
乳鉢の入ったそれを見止め、ルキナはほっと息をつく。
「です。よかったぁ。落としちゃったかと……本当に、ありがとうございました」
もう1度、ぺこりと頭を下げ、感謝を告げてから、荷物を受け取ろうと手を差し出す。けれど、青年がそれを渡す様子は無い。それに、思わず、小首を傾げる。
「あの……?」
「持つよ。こっから先、階段あるし、また何かあったら大変だろ?」
「え、でも……」
「いいから。ほら、行くぞ」
そう言うや否や、青年は紙袋を持ったまま、すると、さらりと、ルキナのカートを引き、歩き始める。
それに、慌ててルキナは後を追った。
「わっ。カートは私がっっ」
「大丈夫だって」
せめてカートは、自分でと口に出す。けれど、青年は譲る事なく進んでいく。
その足取りはしっかりしていて、よたよたと歩いていた自分とは比べ物にならないくらい、力強い。
青年の後を追いながら、すごいなぁ、と小さく声が漏れた。
「次はゲフェンだっけ? 一旦カプラ寄ってこの荷物なんとかしねーとな」
不意に、青年が肩越しに振り返りそう口にする。
それに、反射的に頷いて返答を返してから、何気なく青年の言葉を反芻し、はたと気付く。
「どうして行き先、解ったんですか?」
どう見ても、決して少ないとは言えない量荷物を持っていたのだから、カプラへと寄る事は察せられても別段不思議ではない。けれど、別の街、次の目的地であるゲフェンに渡る事までは、察せられるとは思えない。
何で分かったんだろう、と、小首を傾げて問いかける。
本来ならば、疑念や警戒心が滲んでも不思議ではないどころか、そう言った感情が浮かぶべき問いかけだ。けれど、それを紡いだ当の本人からは、純粋に不思議そうな色しか浮かんでおらず、よく言えば人が良く無垢な、悪く言えば、危機感と警戒心が欠如した様を見せていた。
そんな様子に、青年は小さく笑って、定位置にいるユエに視線を移す。
「さっき、そいつに話しかけてんの聞こえてたからな」
青年の言葉は、先程、荷の重さを紛らわそうと言っていた事を指していた。
あれを聞かれていたのかと、羞恥心が刺激され、ルキナの視線が揺れ動いた。
そして、確かにあの時、抱えた荷や、片手で引くカートの方にばかり意識が向いていた事。声の音量などには、全く気を払っていなかった事に気付く。
故に、次からは気をつけなくちゃと呟いて……はたと、顔を上げると、前を歩く青年は既に、目の前の階段を半ばほどまで降りていた。それに、慌ててぱたぱたと後を追う。
カートが傾かないよう、上手く階段を降りている青年を見て、こうすればいいのかと納得しつつも、私にもできるかな、と考えているうちに、この街の中央にそびえ立つ時計塔は目の前だ。
「さっき、そいつに話しかけてんの聞こえてたからな」
青年の言葉は、先程、荷の重さを紛らわそうと言っていた事を指していた。
あれを聞かれていたのかと、羞恥心が刺激され、ルキナの視線が揺れ動いた。
そして、確かにあの時、抱えた荷や、片手で引くカートの方にばかり意識が向いていた事。声の音量などには、全く気を払っていなかった事に気付く。
故に、次からは気をつけなくちゃと呟いて……はたと、顔を上げると、前を歩く青年は既に、目の前の階段を半ばほどまで降りていた。それに、慌ててぱたぱたと後を追う。
カートが傾かないよう、上手く階段を降りている青年を見て、こうすればいいのかと納得しつつも、私にもできるかな、と考えているうちに、この街の中央にそびえ立つ時計塔は目の前だ。
「落とすなよ?」
「はい。大丈夫です」
そんなやり取りの後、、青年から今まで持っててもらっていた荷を受け取る。
やはり、それはずしりと重く、軽々とこれを運んでいた青年に、改めて、すごいなと思う。カプラさんの元で手続きを行い、買ったばかりのそれらを自身の倉庫へと転送してもらっていると、ふと、背後から呟くような声が耳に入った。
「そういや、そういや俺もゲフェンに用あったんだっけか」
「あ、そうなんですか?」
カプラさんの「ご利用ありがとうございました」という声を聞きつつ、振り向き、問いかける。
と、青年は軽く頷いて口を開く。
「そ。試験管買わないと。そーいう訳だから、途中まで一緒させてくれ」
「はい」
特に断わる理由のない申し出に、ルキナは、笑顔で頷いた。
そのまま、カプラの転送サービスを利用して、ゲフェンへとたどり着く。
数秒遅れて現れた青年と共に、マジシャンギルドを目指すが、歩幅の差か、青年の数歩後ろを追う形となってしまった。
それは、マジシャンギルドが見えてくるまで変わらなかった。けれども、それ以上、距離が開く事もない。
もしかして、歩く速さを合わせてくれてるのかな、と思い至った丁度その時だ。ふと、視界の端に銀色が過ぎった。
ちらりと視線を移すと、石畳の上にしゃがみ込んでいる商人の姿。
年の頃は一番下の妹と同じくらいに見えた。どこかそわそわとした様子の少女に、どうしたのかな、と思ったのも一瞬。はたと、前を見れば、先に、ギルド内へと入っていく青年の姿が見えた。これ以上、距離が開くのはよろしくない。慌てて足を速めると、背後で声が響いた。
「クルトちゃんっ!」
「あ、シアン! 待っててくれたんだっ」
心なしかどこかで聞いた事あるような声だ。そんな思いが一瞬脳裏を掠める。けれど、記憶を探るより前に、青年と入れ違いにギルドから出てきたマジシャンの少女が、明るい声を上げ、銀色のポニーテールを揺らして、ルキナの脇をすり抜けて行く。
ちょうど転職してきた所だったらしい。背後で笑いあう声を聞きながら、建物の中へと足を踏み入れた。
建物の奥、試験管やポーション瓶の販売員の元へと向かうと、青年が購入したらしい試験管をポーチに仕舞っている所だった。わざわざ、ゲフェンに買いに来たにしては、少ないように見えるその数に、小首を傾げながら、じっと見ていると、その視線に気がついたらしい青年と目が合う。
「ああ、これは試薬とかの保管用。アンプルに分けんのめんどくさくてなー」
こちらが疑問に思っていたのを察したらしく、冗談交じりに笑って青年は言う。もしかしたら、用事は無かったのに、付き合ってくれたのかも、という不安が、杞憂だと綺麗に洗い流される。その安堵に、思わずつられたように笑い声が零れた。
その後、青年に場所を譲ってもらい、ポーション瓶と試験管を購入する。カートや、ポーチに、それらを詰めながら、もう既に帰っただろう青年を思い、すごいなぁ、と声には出さずに呟いた。
ホムンクルスの生成も成功したし、ポーション、アルコール、プラントボトルといった物の生成も出来るようにはなった。けれど、まだまだだ。だって、それは、アルケミストギルドで支給されているレシピ通りに作っているだけ。自分でオリジナルの調合を行った事はないのだから。出来るようになりたいと思っているものの、まだ、出来ていない。同様に、一般家庭で使う薬の調合もまだ会得していない。課題は未だに山と積まれている。
あの青年は、試薬、と口にしていた。という事は、彼は自分と同じように、製薬をしている。しかも、それが出来るほどに、自分よりもいくつも先を進んでいるという事だ。軽々とあの荷を運んでいた事から、戦闘に重きを置いている人なのかなと、勝手に思っていたのもあって、心から、尊敬の念を覚えた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
先程と同様に、カートに入り切らなかった分は、紙袋に入れて貰い、それを受け取る。そして、販売員に礼を言ってぺこりと頭を下げた。私も頑張らなくちゃ、と小さく呟いて、身を翻し、帰ろうとしたその時。ふと、横から声がかかった。
「持つよ」
その声と同時に、ひょいと、持っていた荷が掬いとられる。
驚いて、見上げれば、そこには先程の青年。もう帰っていると思っていただけに、驚いて、目を瞬かせる。と、その間に青年はルキナのカートを引き、歩きだす。それにはっとして、後を追った。
「だ、大丈夫ですっ。これはそんなに重くないから」
「いーって。俺みたいなお節介な男には素直に頼っとくのがいいの」
そして、交わされるのは、先程と似たようなやりとり。
そうこうしてる間に、カプラさんの元まで辿り着き、アルデバランの時と同じように、倉庫に運んでもらった荷を預ける。
転送し終わると、ルキナは青年の方へと振り返った。やはり、というべきか、まだその場にいてくれた青年に、ルキナは深く頭を下げる。
「あの、本当にありがとうございました」
そう礼を言ってから、はたと、自分が目の前の青年の名を知らない事に気がつく。
「ええと……」
小首を傾げると、青年は小さく笑って自身の名を口にした。
「一条藍磁。けど苗字で呼ばれんの好きじゃないからアイジって呼んで」
青年、藍磁の言葉に、こくりと頷くと、ふわりと笑って自己紹介をする。
「私、ルキナ・ディアレントといいます。よろしく、アイジ先輩」
「……へ?」
何故か、目を丸くした藍磁に、あれ? と思う。
名前、言い間違えたのかな、それとも、イチジョウの方が名前だったのかな、でも、アイジって呼んでと言ってたし、と若干混乱気味に考えつつも、答えなど出るはずもなく、恐る恐る口を開く。
「あの、わ、私なにか変な事言いましたか……?」
不安げにそう問えば、藍磁は慌てて手を振り否定する。
「え、あ、いや、先輩って言われたの初めてでさ」
だから、ちょっと驚いて、という藍磁に、ルキナはほっと息をつく。
「じゃ、また縁があればどっかで」
そんなルキナに、藍磁は片手を上げ、そう言葉を紡ぐ。
「はいっ。本当にありがとうございました!」
笑顔を浮かべ、礼を言い、もう一度頭を下げる。前を向いた時には、もう既に、背を向けて去っていく青年の姿。
それを見えなくなるまで見送ってから、肩に乗るユエを見る。
「先輩、すごくいい人だったね、ユエちゃん。これから、どうしよっか。どこか行く?」
小首を傾げ、そう問いかけると、肩から飛び立ち、髪を軽く引いてから、街の外の方へと飛んでから再び肩に戻ってくる。
狩りに行きたいという反応を示したユエに、ふわりと笑みを浮かべるとルキナは軽く頷いた。
「そっか、じゃあ、仕入れでもして帰ろうか。……あ、でも後で忘れずに倉庫の整理しなくちゃ」
そんな事を呟いてから、ルキナは街の外へと向かって行ったのだった。
fin
おまけ
カルロ「あ、姉さん、おかえり~」
ルキナ「あ、カルちゃん。ただいま。帰ってたんだ」
カルロ「うん。姉さんは仕入れ帰り? 倉庫に大量に、色々置いてあったけど」
ルキナ「あっ! 忘れてたっ」
カルロ「一応、製薬用品っぽかったから、その辺りに移動させといたわよ?」
ルキナ「うんっ、カルちゃんありがとっ」
カルロ「どーいたしまして。……にしても、珍しいわね。あれ、買い物してきたんでしょ?」
ルキナ「うん」
カルロ「大抵、その後って、倉庫整理して、うちに戻って来てるのに、仕入れしてたんだ」
ルキナ「うん。すごく親切な人が手伝ってくれたから、今日は余裕があったの」(にこにこ
カルロ「……親切な人?」
ルキナ「そう。アルデバランで―――」(以下本日あった出来事説明
カルロ「…………姉さん」
ルキナ「ん?」
カルロ「もうちょっと、危機感持とうか」
ルキナ「分かってるよ~。段差落っこちて、乳鉢割れちゃってたら、大変だったもん」
カルロ「そこじゃないっ!」
ルキナ「ふえ?」
カルロ「ふえ、じゃないわよっ。今回助けてくれたのが本当にいい人みたいだったから、いいとして、もし、下心のあるような奴だったらどうするのっ!」
ルキナ「下心……? あ、もしかして、お礼に何か、渡した方が良かったかな……?」
カルロ「そうじゃなくてっっ!!」
ルキナ「?」
カルロ「……はぁ。要するに、親切な振りして悪い事たくらむような奴もいるから気をつけて、って言ってるの」
ルキナ「あはは、私は大丈夫だよ。カルちゃん、意外と心配性だよね。私としては、自分より、カルちゃんとプレちゃんの方が心配なんだよ? 狩り、大丈夫だった?」
カルロ「……姉さんの大丈夫の根拠が知りたいわ、私……」(ぽそっ
ルキナ「ん?」
カルロ「いや、何でもない。今日は、時計行ってきたわ。少し、魔女砂見つけて、倉庫に入れておいたから、あとで確認して」
ルキナ「あ、カルちゃんありがとっ! でも、無茶しちゃダメだからねっ」
カルロ「はいはい。分かってるって」
あとがき
ほとんど突発な藍磁とルキナの出会い話。
借りた先の作者さんからは、シスコンとか、ヘタレとか、ダメ男とか散々言われてる藍磁だけど、ルキナの視点から見ると、すごく、頼れるお兄さんなんだよねぇ(笑
私もカッコいい人認識してますしwww
ちなみに、時間軸、アカデミー入学(っていうかMSS)1年前設定で、ルキナが16歳。ケミ転職してまだ1年しか経ってないというww
だから、まだ、そんなに製薬出来る訳じゃない、ある意味貴重な時期(笑
使用素材: うさぎの青ガラス様 ガラスの羽根3