「ふぅ」
目の前で蠢く食人植物が崩れ落ちたのを見て、ぼくはほっと一息ついた。
銃をしまい、店に売れる部位である糖分を十分に含んでいる部分。通称、植物の茎と呼ばれている物を拾うとそれを荷物に入れる。ケースに残る弾丸の数を確認してみれば、もうあと僅か。
「……今日は、このくらいで終了かな」
そう呟いて、今日の狩りの成果を見る。
どれもこれも、あまり高くは買い取ってもらえないものばかり。
まぁ、それは、自分がまだ銃の腕が未熟なせいだ。高く売れるようなものを落とす敵を倒せないのだからしょうがない。しょうがないと納得はしているが、この分だと、また、狩りの成果の大部分は狩りをするために必要な弾丸へと消えてなくなるだろう。その事に、つい、ため息が零れる。
「……もうちょっと、強くなってからにすればよかったかな……」
そう呟いて思い出すのは、自身の故郷。シュバルツバルド共和国の都市の1つであるアインブロックである。
工場が立ち並び、たびたび大気汚染による避難警報がでて、自然のしの字もないような、そんな街。
別にそこが嫌いだった訳ではない。きっかけが訪れる前は、そこが自分の世界だと思っていたのだから。
優しかった孤児院の人々を思い出し、自然と微笑が浮かぶ。
そう、自分は孤児院出身だ。物心つく前に、拾われて、孤児院で育てられた。みんなと、一緒に。小さい子のお世話をしたり、手伝いをするのは楽しかった。
そんな日々に変化が生じたのは、本当に些細な事。とある人と仲良くなった事だった。
その人は、銃の扱う人で、ぼくにも、護身術として銃の扱い方を教えてくれた。でも、銃を持つ事が出来るのは、基本的にガンスリンナーだけ。他にもいるにはいるみたいだけど、イッパンジンで持っていいのはガンスリンナーの人だけなんだとか。
銃の扱い方覚えても、使えないんじゃ意味がない。だから、ガンスリンナーの試験を受けてみた。
試験内容は驚くほど単純で、フェイヨンって町にいるファンソブルって人に会う事。
それで、生まれて初めて、街の、アインブロックの外にでた。飛行船に乗って、イズルートって街から、てこてこ歩いて。飛行船に乗った時も、すごく、驚いたけど、イズルートに、着いてまた驚いた。
同じ街なのに、アインブロックとは全然違う。海の匂いっていうのがする、石畳の、すごく、きれいな街。こっちでは、それが普通だって知ったのは後の事。あの時はあまりの故郷との違いに、ただただ、目を見開くことしか出来なくて。
街を出てからも、普通に生えてる草木に驚いて……貰った地図を頼りに進んで行ったら、だんだんと深くなっていく緑。木が生い茂っていることで出来た木陰はすごく涼しくて、風はひんやり冷たくて心地よい。
どこからか、小鳥の鳴き声が聞こえて……まるで、違う世界に来たみたいだった。
フェイヨンについて、ファンソブルさんに会って、大地のお守りっていうのを作ってもらって……あとは、アインブロックに戻るだけってなったときに、ふと、ラン兄を、冒険者の事を、思い出した。
冒険者になれば、ここだけじゃない。もっと色んな場所を見て回ることが出来る。
……そう思ったら、我慢できなくて、アインブロックに帰る前に、ぼくは、冒険者登録の手続きをしていた。
アインブロックに帰って、無事、ガンスリンガーになって……孤児院に戻って、孤児院を出ることを打ち明けたら、皆に驚かれたけど。
でも、たまには顔見せてね、と笑って送り出してくれた。
そんな事を思い返しているうちに、プロンテラに帰り着く。
そのまま、道具屋へと足を進め、店に入ると、店主に物を売りたい事を伝え、狩りの成果をカウンターに並べ始めたその時、からん、と背後で店の戸が開いた音がした。
誰かお客さんが来たらしい。特に気にも留めずに、手を動かし、売る物をカウンターに並び終えた、ちょうどその時だった。
「あっ!! ちょっ! ちょっとその商談ストップっ!!」
だんっ、と勢いよく、カウンターに両手を着いて、そう叫んだ高い声。
驚いて横を見ると、紫がかった蒼い髪、蒼い目の、ぼくよりも明らかに年上の女の人がいた。その頭と肩に丸っこい青い鳥を乗せていて、思わず、目を瞬かせる。
「困るよ、ルキナちゃん。こういう事は」
「そうかもしれませんけど、でも、さすがにこれは見過ごせません。確かに、そっちの売買ルートじゃ、大した価値はないですけど、こっちではそうじゃないんですから。販売者である商人ギルドの一員としても、消費者であるアルケミストギルドの一員としても、見ちゃった以上、黙ってる事なんて出来ないですっ」
「そうは言ってもねぇ」
「今回だけ、大目に見て下さいっ。その代わり、今日は多めに買い物していきますから」
「そうは言うけど、今日はそのつもりで来たんじゃないのかい?」
「う……何で、分かるんですか」
「ルキナちゃん、定期的に大量に買ってってくれるからね。そろそろだと思ってさ。……まぁ、いいけどね。今日は大目にみてあげるよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
頭上でぽんぽんと交わされるやりとりに、目を白黒させていると、店主が笑って、今日は買い取り不可だから、しまっちゃいな、と口を開く。
「え、ええっ?!」
唐突なその言葉に、思わず声を上げる。
買い取りしてもらわないと、今日のご飯はともかく、明日の狩りが出来なくなる。慌てふためいてるのが可笑しかったのか、店主は声を上げて笑うと、横にいるお姉さんを指差した。
「大丈夫、今日はそこの子が買い取りしてくれるから」
「へ?」
その言葉に、きょとんとして、お姉さんを見上げれば、お姉さんはにこりと笑って、それを肯定する。
「そう言う事。でも、少しだけ待ってね。私もここで買い物があるから」
そう言って、お姉さんはまた店主と話し始める。
「じゃあ、ハエ100と蝶20お願いします」
「おや、多めに買ってくんじゃなかったのかい、それじゃいつもと同じくらいだろ」
「あ、やっぱり? じゃあ、ハエは200で、こっちなら大量にあっても困らないし」
「まいどありー」
そんなやりとりが交わされて、お金と品物が交換される。
それをぽかんと眺めていると、手慣れた様子で、大量のハエの羽と蝶の羽をカートにしまったお姉さんが再びこちらを向き、話しかけてくる。
「お待たせ。それじゃあ、ちょっと移動しようか。ここじゃ他の人の迷惑になるしね」
「店の奥。使うかい?」
「あ、大丈夫です。それじゃあ、ありがとうございましたー」
にこりと笑って、店主にそう答えると、ぼくの手をとり、お姉さんが歩きだす。それに引っ張られる形でぼくも後をついていった。
お姉さんが足を止めたのは、道具屋を出てすぐに見える噴水の東側にあるベンチの前。
ちょっと待ってね、と言ってカートに向かうと、お姉さんは、そこから敷物を引っ張り出して、そこに敷く。そして、その上に座ると、ふわり、と笑みを浮かべた。
「それじゃあ、商談開始。売りたいもの、見せてくれる?」
お姉さんの言葉に戸惑いつつも、言われた通り、お姉さんの前に狩りの成果を並べる。
それらに一通り視線を向けた後、お姉さんが手に取ったのは植物の茎。そして、空き瓶。あと、匂いの強い緑の葉。
「買い取れるのは、この3種かな」
「……そっかぁ」
3種類だけなら、いつもよりも少ない金額だろう、その事に少しがっかりしてそう相槌を打つ。が、次のお姉さんの言葉に、目を見開いた。
「……それじゃあ、茎は1000z。空き瓶とハーブは600zでどうかな?」
「ふえ? ……え、えと、それって、全部で?」
「1この値段よ」
「えぇっ!?」
全部合わせての値段でも、いつもの買い取り額よりも倍以上多いのに、いきなり跳ね上がったありえない買い取り額に、うまく言葉が出ず、ぱくぱくと口を開けたり閉じたりする。
「な、な、なんで、そんなっっ」
驚いてるぼくを見て、お姉さんはくすくすと笑う。
「これらはね、冒険者の人に需要があるものなの。だから、こっちでは高値がつくんだけど、一般商会では、需要がなくてね。だから、いい値がつかないのよ」
「需要……これ、何に使――」
何に使えるのかと、小首を傾げ、問いかけようとしたその時だ。
急に違う声が割り込んできた。
「やぁ、露天中かな?」
反射的に振り返ると、そこにいたのはおそらくセージさん。おそらくっていうのは、まだ、ぼくは服で職業をちゃんと見分けられないからだ。
特に、剣士さんたちはみんな一緒に見えるんだよなぁ、そう思って息を吐いてるうちに、ぽんぽんと交わされる、ぼくにはよく意味がわからないやりとり。
「今は露天中じゃなかったんですけど、お得意様だし、サービスです。欲しいのがあればお売りしますよー。丁度、カタシムリも華麗も角もサソリも揃ってますし」
「へー、全種揃ってるなんて珍しいね。」
「ふふっ、実は仕入れの旅から戻ってきたばっかりだったんです」
「なるほど。じゃあ、華麗皮お願いしようかな」
「風……ってことは、イズルートの海底洞窟か、ラヘルの氷の洞窟に行く人でもいるんですか?」
「そうなんだよ。本当はついて行ければ良かったんだけど、こっちも用事あってさ。だから、代わりにと思ってね」
「なるほど、がんばってくださいね」
そう言って、お姉さんはカートから何かが入った袋を取り出すと、再び口を開く。そして交わされるのは数字のやりとりだ。
それが終わると、お姉さんの持つ袋とセージさんが取り出した袋が交換される。
「ありがとうございましたー」
「いやいや、こちらこそ。それじゃあ」
「あ、そだ、ちょっと待ってください」
「ん?」
セージさんにぺこりと頭を下げたお姉さんが、はたと何かを思い出したかのように、声を漏らし、立ち去ろうとしたセージさんを呼び止める。
足を止め振り向いたセージさんに、おまけです、と言って、お姉さんは、カートから取り出した底が丸い瓶を手渡した。中に入っている青い液体がゆらゆらと揺れる。
セージさんは目を瞬かせて瓶を見、次いで、お姉さんへと視線を移す。
「いいのかい?」
「はい。それ、少し配合を変えた試作品なんです。だから、次に何か買いにきた時にでも、感想お願いします」
にこり、と笑ってコンバータ作るのに疲れた時にでも飲んでみてくださいというお姉さんに、セージさんは笑って礼を言う。そして、今度こそ立ち去っていく。
それを見送ってから、お姉さんはふぅ、と息をついて、ぼくの方に向き直った。
「ごめんね、中断して。何か言いかけてたみたいだけど……聞きたいこと、ある?」
ふわりと笑って優しく問いかけるお姉さんに、ぼくは聞きそびれてしまった質問を口にする。
「あの、お姉さんが買い取るって言った奴は何に使うのかなって」
思って……と、ちらりとお姉さんを見ると、お姉さんは笑顔のまま、植物の茎を手に取った。
「まずはこれ。これはアルコールの材料になるの。私もよく作るから、これはありがたく使わせてもらうね。あと、空き瓶やハーブは色んな物に使うの。もしかしたら、そのうち、君も必要になるかもしれないね」
「色んなもの?」
「そう。……えっと、空き瓶は見ての通り、色んな物を入れる容器として。ハーブは、薬の材料や、料理にも使われたりするの」
使用用途を思い出しているのか、視線を上にずらしつつ、そう答えるお姉さんの話を聞いて、ぼくは改めて、まじまじと狩りの成果を見る。
「……知らなかった」
ぽろりと、思わず呟いたぼくに、お姉さんはそうだと思った、と言葉を返す。
「まずはこれ。これはアルコールの材料になるの。私もよく作るから、これはありがたく使わせてもらうね。あと、空き瓶やハーブは色んな物に使うの。もしかしたら、そのうち、君も必要になるかもしれないね」
「色んなもの?」
「そう。……えっと、空き瓶は見ての通り、色んな物を入れる容器として。ハーブは、薬の材料や、料理にも使われたりするの」
使用用途を思い出しているのか、視線を上にずらしつつ、そう答えるお姉さんの話を聞いて、ぼくは改めて、まじまじと狩りの成果を見る。
「……知らなかった」
ぽろりと、思わず呟いたぼくに、お姉さんはそうだと思った、と言葉を返す。
「え?」
「知ってたら、一般商店に売ろうなんてしないでしょ? だから、知らないんだなって」
そう言いながら、お姉さんは腰のポーチから直径4~5cmくらいの透き通った紫色の石のようなものを取り出し、続けて、ただの石にしかみえない物を取り出す。そして、しっかりと石を握り、紫の石を叩いて砕く。
何をしてるんだろう、と思いつつ、見ていると、お姉さんはその紫色の欠片を摘むとひょいと、その手を頭上に上げる。
ぱくり。お姉さんの頭の上にいた青い鳥が食べた。色を見ても、形状質感を見ても、食べられるものだとは思えなかったぼくは思わず目を丸くする。
そんなぼくの前で、お姉さんの肩にとまっていた鳥は、お姉さんに甘えるように擦り寄った。そんな鳥に、お姉さんは目を細めて笑うと、はいはい、ユエちゃんにもあげるねと優しく言葉を紡ぐ。少し大きめの欠片を肩の鳥へと運び、ちゃんと、鳥が食べたのを見てから、お姉さんはぼくの方へと視線を戻した。
「それで、そんな値段で売るなら私が買い取りたいって、そう思ったの。だから、店主さんにお願いして、取引相手を変わってもらったのよ」
ふわり、と笑ってそう言うと、お姉さんははい、これ代金ね、と言って、ぼくにお金を手渡す。今まで持ったことのない額のそれは、ずしっと重く感じて、本当に、これをもらってもいいのだろうか、とか、これがこんなに高く買ってもらえるなら、もっと色々楽になるとか、そんな事が頭の中を踊る。
と、お姉さんは今度からは冒険者の人に売るといいよ、と付け足した。その言葉に、はっとする。
「あ……でも、ぼく、冒険者の人の知り合いなんて……」
我に返った、とも言えるだろう。
いくら、高く売れるものだったとしても、そんな値段で買ってくれそうな人はぼくの知り合いにいないのだから。
そもそも、冒険者で知ってるのはラン兄くらいだ。ラン兄に買ってもらうのは、頼ってるみたいで、気が引けるし、今の説明を聞いた感じ、ラン兄には必要なさそうな気がする。
まぁ、そもそも、ラン兄がどこにいるのか知らないから、もし、ラン兄が使う物だったとしても、買ってもらうなんてこと、出来る訳ないんだけど……
そんな事を思いつつ、そう言うと、お姉さんは目を丸くしてから、可笑しそうに笑った。
ころころと笑うお姉さんに、思わずちょっとむっと見る。と、お姉さんは笑いながらぼくに問いかける。
「じゃあ、もう、私には売ってくれないのかな?」
「え?」
思いもしなかったその言葉に、つい、間の抜けた声が漏れるが、お姉さんはそんなの気にしないで、言葉を続ける。
「私、露店をする時はいつもここでしてるの。だから、いつでも売りに来て」
にこり、と笑ってそう言うお姉さんに、ぼくは目を瞬かせる。
もしかして、だから、お店で、店主さんが奥使ってもいいって、言ったのに、それを断って、ここにぼくを連れて来てくれたのだろうか。
お姉さんが露店をしている場所をぼくに教えるために。
「……いいの?」
「もちろん」
おずおずと問いかけたぼくに、お姉さんは笑ってそう言ってから、あ、と何かに気がついたように小さく声を上げる。
それにぼくが首を傾げると、お姉さんはばつが悪そうに頬を掻いた。
「あのね、私、毎日露店してる訳じゃないのよ。だから、いない時もそれなりにあるの」
そう言ってから、お姉さんは小首を傾げる。
「君も、冒険者だよね?」
ある意味唐突なその問いに、ぼくは大きく頷く。
「うん、ガンスリンガーだよ」
ぼくの答えにお姉さんは、ほっとしたように微笑んだ。
「よかった。じゃあ、買い取って欲しい時、私がここにいなかったら、耳打ちしてちょうだい」
優しく笑ってそう言うと、お姉さんは自己紹介する。
「私は、ルキナ。ルキナ・ディアレントっていうの。君は?」
「あ、ぼくはソナタ」
慌てて、そう返し、ぼくは、お姉さんを見て、にっこりと笑って口を開いた。
「これから、よろしくっ」
fin
あとがき
そんな感じなルキナとソナタの出会い。
ちなみに、ルキナとソナタの商談風景は、昔実際にマンドラフィールドで、声をかけた初心者さんだった人とやった会話だったり(笑
まぁ、口調はキャラに合わせて変えてますがw
使用素材: Silverry moon light様 pluie 1