ぽつぽつと灯る街灯が、ぼんやりと石畳を照らす。
人通りもまばらで、窓から零れる明かりも少ない。昼間の喧噪が嘘のように静かな街。それも当然だろう、今の時刻は深夜と言って差し支えないものだ。
そんな街の中をふらふらと、オーアとヴァレリーは歩いていた。
「おーい、ヴァレリー、大丈夫かー?」
「だいじょーぶ、らいじょーぶっ!」
「それは、ちゃんと自分の足で歩けてから言って欲しいとこだなー」
酒が回り、足元が覚束ないヴァレリーに肩を貸して歩きつつ、オーアは仕方なさげに息をつく。
肩を貸しているのは良いのだが、
酔っぱらっている友人が道を外れようとすると、力負けし、引っ張られ、結果的に2人揃ってふらふらと歩いている現状だった。
「もー。ヴァレリー、今、拠点どこだよ?」
「えー、きょてんー?」
「そ、拠点! 帰るの!」
「えーー」
オーアの言葉に、ヴァレリーは不満の声を上げ、くるりと体を反転させると、オーアに抱きつく。
「どぅわっ!?」
元々、肩を貸していて、バランスが悪い状態で、抱きつかれたら堪ったものではない。声を上げ、尻もちをついたオーアに、ヴァレリーはそのまま伸し掛かる。
「いーやーだー! まだ一緒にいるぅ」
オーアにしがみつく腕の力を強め、ぐりぐりと頭を押し付けてくるヴァレリーに、オーアは諦めの溜息を落とす。
「だーめだこりゃ」
ヴァレリーを送る事を諦めると、オーアはぽふぽふと、ヴァレリーの頭をたたく。
「ヴァレリー、ヴァレリー」
「んぅー?」
「俺んち、行こう。俺んち」
「オーアんちー? 何~? おさそい~?」
「そうそう。おさそいおさそい」
軽く肯定するオーアに、ヴァレリーは楽しそうに笑う。
「ふふ~、いーいよぉ」
「っし、言質はとったっ。んじゃあ一旦退……あー、いいか、このままで」
一旦、自分から降りるよう言おうとして、オーアはその言葉を途中で止める。
自分から離して、ポタを支えてる間に、ちゃんと自分の足でポタに入れるかを危惧し、このままポタを開く事に決める。そして、ブルージェムストーンを手に、術式を編む。その術式展開位置は、己の真下だ。
ワープポータルを開くと同時に感じる一瞬の浮遊感。
次の瞬間には、見慣れた自室の光景が目に映る。部屋に明かりはついていないが、窓から差し込む月明りが、煌々と室内を照らしだしていた。
本来、人の真下にワープポータルを展開させる事は禁止事項とされているのだが、まぁ、バレなきゃいいだろ、といつもの如く、己の上司が聞いたら説教間違いなしな事を胸中で呟いてから、己に伸し掛かる青年を見る。
「おーい、ヴァレリー。着いたぞー」
ぽんぽんと、ヴァレリーの背を叩き、そう声をかければ、眠気が強くなってきたのか、ふにゃふにゃとした声が返る。
「んー……オーアんち、着いたぁ?」
「おぅ。ついたぞー」
そう言って、酔っ払いを引きはがそうとした所で、オーアの背に回っていたヴァレリーの手が、肩へと移動する。次の瞬間、視界が回り、がん、と後頭部に痛みが走った。
「痛っ!」
「そっかそっかー。着いたかー。じゃー、オーアは食べたい~? 食べられたい~?」
へらりと笑うヴァレリーに、思わずオーアは呆れた視線を送る。
「今までで十分、飲み食いしただろーが。これ以上はもう食べれないって」
「えー、オーア食べないんだ」
「もー、そう言ってるだろ」
息を吐くオーアを見下ろして、ヴァレリーは、目を細め、意味深に笑う。
「そっかそっかぁ。……じゃー、俺がしっかり食べてあげる」
「お前なぁ……も1回いうけど、散々飲み食いしただろ。それ以上食うと、食べすぎで吐くぞ。そも、今、うち、特に飲み食い出来るの置いてないし」
真面な人間が聞いていれば、ちょっとそれはどうなんだと突っ込むであろう事を呟いて、オーアは、ほら、寝るぞ、とオーアの顔の横についた手をぺしぺしたたく。
が、身を離すどころか、逆に首筋に顔を近づけてくる酔っ払いに、オーアの声が低くなる。
「おい、ヴァレリー。寝るってば。ベッド行くぞってーばーー」
ヴァレリーの肩を掴み、揺すると、彼の口から不満そうな声が漏れる。
「えー……ここでも良くない?」
その言葉に、オーアは半眼になり、深々と溜息を落とす。
「い い わ け あるかっ!」
「てっ」
次の瞬間、落とされた手刀に、思わずヴァレリーは小さく声を漏らす。
「ったく。床でなんか寝たら、体痛くなるし風邪引くだろーが。動けないなら引っ張ってってやるから、さっさと退いた退いた」
そう言って、ぐーっと、ヴァレリーの体を押してくるオーアに、ヴァレリーは渋々体を起こす。
「ぶー、ベッドじゃないとダメとかぁ、オーアのわがまま~」
「わがままじゃないから。ごくごく当然のことだから」
そう突っ込み入れつつ、ヴァレリーの下から抜けだしたオーアは、苦笑を浮かべた。
上体を起こし、座り込んだ上体のヴァレリーの頭がふらふらと揺れていたからだ。眠気か、酔いか、どちらにしても割と限界ではあるらしい。ヴァレリーの腕を取り、己の肩に回すと、よいせっ、という掛け声をとともに立ち上がる。
そのまま、ふらふらとすぐ近くにある寝台まで向かい、ぺいっとヴァレリーを放ると、自身も続けて寝台に片膝を乗せる。そうして、ヴァレリーに手を伸ばし、籠手を外し、ギロチンクロスの鎧を脱がせる。
「オーアくん、だーいたーん」
どーなってんだ、これ、と眉を寄せるオーアに、何が面白いのか、くふくふと笑ってそんな事をのたまう酔っ払いを、はいはいと流しつつ、どうにかこうにか、寝やすいだろう恰好にさせる。どうやら人恋しいのか、やたらと引っ付いてくるヴァレリーの頭や背をぽふぽふとあやすように軽く叩けば、程なくしてヴァレリーの体から完全に力が抜けた。
「やーっと、寝たか。……んー。大丈夫そうだったから、そのまま寝せたけど、水とか飲ませた方が良かったかな」
寝落ちたのを確認して、オーアはほっと息を吐く。
くーくーと眠る青年を見下ろし、まぁ、大丈夫か、と呟いて、布団をかぶせ、そのまま自分は寝台を降り、た所で服を引かれ、つんのめった。
おわっ、と思わず声を上げ、たたらを踏む。振り返れば、己の法衣の裾をしっかと握る手が目に入った。
「なるほど……原因これか」
つんつんと法衣を引っ張り、手が外れないかと試すが、本当に寝てるのかと思うほどに、外れそうにない。それに諦めの息を1つ吐いて、己の法衣に手をかける。そうして、己の法衣をヴァレリーの手に残し、抜け出すと、オーアはソファの方へと足を進める。
「さーて……俺も寝よ……てきとーにソファでいいよな」
子供ならともかく、1人用の寝台に大の大人が2人寝るのは少々どころではなくキツイ。
故にそんな事を呟いて、オーアはくぁ、と欠伸を1つ零したのだった。
「……あー、そうだ」
ソファに体を横たえた後、何かに気付いたかのようにオーアは声を上げる。
「二日酔いの薬とかって……要る、かな」
酔いつぶれた友人を思い、呟くが、あいにく、そのような薬は持っていない。
元々、薬の類は苦手としているし、そもそも自分は二日酔いを経験した事がなく、それを必要とした事がなかったのだから、当然といえば当然である。
それはともかく、さて、どうするか、と考え、思いつく顔が1つ。
けれども、時刻を見れば誰が見ても深夜という時間帯であり、一瞬、悩む。が、朝一で突然頼み込むのも気が引ける事と、ちらりと聞き及んでいた彼女の生活習慣を思い出し、そろりと耳打ちを送る。
『……あー、ルキナちゃん、起きてる?』
『あれ? オーアさん? どうしたんですか?』
控え目に送った声に対して、すぐに返ってきたしゃんとした声。
それは、彼女がまだ起きていたことを示していて、安堵半分呆れ半分で息をつく。
『こんな時間に、耳打ち送った俺が言うセリフじゃないのはよっく分かってるんだけどさ。ちゃんと寝ないとダメだからな』
そう小言を漏らせば、バツの悪そうな笑い声と謝罪が返る。
『あはは、ごめんなさい。色々やってたら、つい、時間忘れちゃって……』
そんな少女の声に溜息を1つ。
『クリムにしても、レンにしても、そっちにいるのは、同類ばっかだからなー。その辺のストッパーいないの、たまにちょっと心配になるんだけど』
『あはは、気を付けまーす』
そう口にしてから、ルキナは、あれ、と声を漏らす。
『オーアさん、何か用事、あったんじゃ?』
『あ! そうだったっ』
忘れてたと独り言ちて、オーアは本来の要件を口にする。
『ルキナちゃん、二日酔いの薬って作れる?』
彼女は製薬型と呼ばれるタイプのクリエイターである。しかも、趣味と魔法薬の研究の一環から、薬師の作る、一般家庭薬の調合も習得しているため、それを頼む相手としては最適の人物だった。
『二日酔い? 出来ますけど……オーアさんがお薬頼むなんて珍しいですね』
もっともな彼女の言葉に、苦笑を1つ零して、オーアは声を送る。
『あー、飲むの、俺じゃないからなー。友達にな、あった方がいいかなーって』
『なるほどー』
素直な返事をするルキナに申し訳なく思いつつも、頼み事を紡ぐ。
『そんな訳で、急で悪いんだけど、明日の朝、作ってもらってもいいかなぁ? 俺、そーゆーの飲まないから、うちになくってさ』
『あー、オーアさん、お酒強いですもんねぇ。分かりました。作っておきますね』
オーアの言葉に、納得の声を漏らし、快諾する彼女の声は柔らかく、目の前に彼女が居れば、ふんわりとした笑顔を浮かべていただろう事がありありと想像出来た。それに礼を紡ぎ、そこで、オーアはん、と声を漏らす。
『作っておく、ってルキナちゃん!? 今から作るつもりだったりしないよなっ?!』
明日でいいんだからなっ!? ちゃんと寝ろよっ!? と声を送るオーアに被せるように、あ、と高い澄んだ声が響く。
『二日酔いの薬って、家庭薬の方ですか? 魔法薬の方ですか?』
思わぬ問いかけに、オーアの目が丸くなる。
『へ? 魔法薬で二日酔いの薬なんてあるの?』
『ありますよ~。これも一種の解毒薬ですし』
『へー……ちなみに、どっちがいいとかあるのか?』
『んー。魔法薬のが即効性が高いですけど、日持ちがしないんですよねぇ。解毒系の魔法薬って術式固定維持にどうしても難が出るみたいで……商人ギルドが、緑ポーションのレシピを契約してるケミさん以外門外不出にしてる訳だよなぁって思っちゃいます。って、横道それてすみませんっ! えっと、即効性を取るなら魔法薬で、常備薬にするなら家庭薬の方がいいって感じです』
わたわたと声を送ってくるルキナに、なるほどなーと呟いて、声を返す。
『んじゃあ、魔法薬の方で。使わなかったらその時はその時だ』
『はーい。じゃあ、また明日に』
『おう、悪いけど、よろしくなー』
その言葉を最後に、耳打ちを切る。ふぅ、と1つ息をついて……はたと気がついた。
「あっ!? 薬作るの明日でいいって奴の返事聞きそびれたっ!!」
その目覚めは最悪だった。
「う~~……頭、痛い、気持ち悪ぃ」
頭を押さえ、呻くように呟きつつ、のろのろと体を起こす。
飲みすぎた、と呟いた所で、目に入ってきた光景が見覚えのないものである事に気付き、ヴァレリーは目を丸くする。
「あ。ヴァレリー、起きたのか」
「オーア……何でいるんだ?」
つい、思った疑問をそのまま零せば、オーアはからからと笑う。
「そりゃ、ここが俺の部屋だからなー。それより、気分、どうだ?」
「さいっあく……気持ち悪ぃし、頭痛い」
額を押さえ、呻くヴァレリーに、オーアは苦笑を1つ落とす。寝台の上で蹲る青年の元へと歩み寄り、ほい、と軽い動作で手に持っていた試験管を差し出した。
封をされたそれの中で、黄緑色の液体がたぷん、と揺れる。
「何それ……?」
頭が痛むのだろう、顔をしかめたまま問うヴァレリーに、二日酔いの薬だと返す。
「知り合いのクリエちゃんにな、頼んで作ってもらったの。ポーションとかと同じ魔法薬だから、効き目は早いってさ」
「そっか、ありがと~……」
説明を聞き、ヴァレリーはオーアから薬を受け取ると封を切り、口付ける。
それだけ、二日酔いがキツイという事なのかもしれないが、素直に薬を一気に呷る青年をオーアは感心の目で見る。
(……えっらいなぁ、俺なら飲むの躊躇するし、下手すると飲まないわ)
元々オーアは薬嫌いである。飲みにくさや口に広がる苦味がどうしてもダメで、本当にギリギリまで、薬を飲まずに耐える方を選ぶくらいだ。故に、つい、そんな事を思ってしまう。それにあれは――。
「まっずっっ!!」
薬を飲み干すなり、ヴァレリーから、上がった声に、同情の眼差しを送る。
『ごめんなさい。味の改良はやってなくて……飲んではいないんだけど、材料が材料だから……うん、良薬、だと思います』
薬を受け取った際、作り手である彼女がへにょん、と眉を下げ、言っていた事を思い出す。
良薬口に苦し、要するに味は最悪という事だ。
けれど、さすがは、というべきか。数分と経たずに良くなってく顔色に、オーアはほっと息を零すと踵を返す。
コップを取り出し、水を注いでヴァレリーの元まで戻る。
「大丈夫かー」
そんな声と共に、水を差しだされ、ヴァレリーはそれをありがたく受け取る。
爽やかな水が口の中に残る苦味を荒い流し、喉の奥へと滑り落ちていく。
寝起きで体が水分を欲していたのもあるのだろう。ひどく美味しく感じた。
「ありがとー」
ほぅ、と1つ息を吐き、カラになった試験管とコップをオーアに返してヴァレリーは口を開いた。
「すごいな、めっちゃ楽になった」
とんでもない味ではあったが、飲み干すなり、溶けるように消えていった不調に感嘆の息を漏らせば、オーアは苦笑する。
「即効性なのが、魔法薬の利点らしいからな。まー、つっても……ルキナちゃんには悪いけど、ヴァレリーの反応みると……うん、心底飲みたくはないな」
まぁ、当の本人が聞けば、笑って、お薬に頼るのは少ない方が良いと言ってくれるのだろうけど。
そんな事を思いながら言ったオーアに、ヴァレリーはぱちりと瞬き1つ。
「へ? オーアは飲んでない訳? 先に飲んでたから、そんな元気なんじゃ?」
その問いかけに、オーアは軽く首を振る。
「うんにゃ、飲んでない。あのくらいなら、全然だしなー」
「……オーア君、あんた、下手すれば俺よりがっつり飲んでなかったっけ……?」
「そーか?」
きょっとん、と目を丸くし、そこそこ飲んだとは思うけど、などとのたまう青年に、ヴァレリーはある種の確信をもって問いかける。
「……オーアさぁ、二日酔いって経験ある?」
「ないな!」
間髪入れずに返ってきた言葉に、納得半分、羨望と呆れ半分だ。
彼は随分と酒に強い質らしい。
「その体質に感謝しとけよー。二日酔い、キッツイんだからな」
「飲みたいだけ飲めるのは良いと思ってるよ。でも、酔ってるの、楽しそうで羨ましいとも思うなー」
本気でそう思っているのが分かる声色に、こいつワクかとヴァレリーは半眼になる。と、今更ながらに、オーアの服装に気付き、ヴァレリーは目を丸くする。
「って、オーア、なんでそんな恰好してるんだ?」
今、オーアが身に纏っているのは、黒を基調とした法衣。プリーストのそれだ。
ヴァレリーの指摘に、改めて己の恰好を見下ろして、あぁ、と声を漏らした後、オーアはちょっと、拗ねたような表情を浮かべる。
「ヴァレリーがハイプリ服、離してくんなかったからだろー」
「へっ?」
思わず間の抜けた声を漏らしたヴァレリーだったが、オーアが指差す先を見れば、寝台の上、己のすぐ脇に、くしゃくしゃになったハイプリーストの法衣が確かに存在していた。
「わっ、ごめんっ」
「ヴァレリー寝落ちてたからなー。気にすんな。でも、薬取りに行くのに私服だと、スキル使っちゃダメだし、とりあえず、ハイプリのスキル使わなきゃいいかな、って思って久方ぶりにこれ着てった訳」
「なるほどなー」
と、声を漏らした後、ふと、浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「……でも、普通、職業服の替えくらい持って――」
いるんじゃないのかという言葉が途中で消える。
ギクリ、と体を強張らせた後、サッと顔ごと視線を逸らしたオーアの姿が目に入ったからである。
「オ ー ア くーん?」
そのような態度、やましい事がありますと白状してるも同然であり、問い詰めてくださいと言わんばかりのものだ。
ならば、期待には応えねばならぬだろう。にっこり笑って、1音づつ区切ってオーアの名を呼んだヴァレリーは、寝台を降りるとオーアが顔を背けた方へと回り込む。
「いや~……その」
「ん~?」
「えーと、な」
意味の成さない音を紡ぎ、視線を泳がせるオーアに、にっこりと笑顔で圧をかければ、観念したのだろう、視線は合わせぬまま、ぽそぼそと口を開く。
「……この前、ダメにしたばっかで、まだ新調してない、から……今、替えがないだけだよ」
「ダメに
思わず半眼になる。職業ギルドで指定されている冒険者の制服は狩りに行く、つまりは戦闘を前提としたものなため、当然ではあるが、丈夫で汚れにも強い。古くなった、サイズが合わなくなった以外の理由でダメになったのであれば、それは、物騒な理由以外ないだろう。
「昨日、狩り行って良かった訳?」
療養してなくて大丈夫だったのかと問えば、オーアは笑って軽く手を振る。
「あー、平気平気。やらかしたのは1週間くらい前だから。狩り復帰は一昨日からしてるし」
「へーぇ、やっぱ、怪我はしてたんだ」
「あっ!」
まっず、口滑らしたと、自分で自分の口を塞いだオーアだが、それが遅すぎる事は自分で分かっているのだろう。
数拍間を置いてから、そろり、と口を塞ぐ手を外すと、へらりと誤魔化すような笑みを浮かべた。
「ニブルでソロ中、ちょっと油断してなー。ブラッディマーダーに、ざっくりと……怪我は、まぁ、ヒールしまくったから、大丈夫だったんだけど、出血が酷くってなー。血染めだし、繕うとかいうレベルじゃない切られ方してたからその時着てた奴は処分ってなったんだよ。ついでに、療養は主に出血多量による貧血のためだから、心配する程のもんじゃないって」
「そーゆー問題じゃないだろー。マーダーってME効かないんだし、そんなとこ行くなら、声かけてくれたら一緒行ったのに」
僅かに眉を顰め、心配と不満の混ざった声を漏らすヴァレリーに、オーアは1つ目を瞬かせた後、何故か曖昧に笑った。
「んー……そうだなぁ。……機会があったら、その時は、かなー」
そう、基本的にノリの良いオーアにしては珍しく、どこかはっきりしない言葉を紡いでから、オーアはくるりと表情を明るいものへと変え、ヴァレリーに笑いかけた。
「それよか、何か食いに行こう! お腹空いたしっ」
もうお昼近いし、と言うオーアの態度に思うところがない訳ではなかったが、瞬時にそれを飲み込むと、同じように明るい笑みを見せた。
「ん。そうだな! オーア、何か食いたいのある?」
「そーだなー……」
そんな何気ない会話を交わしながら、2人は連れだって部屋の外へと足を向けるのだった。
fin
あとがき
グーグルドキュメントに置いてた奴をサルベージ。その2。
一応、想定は、ヴァレリーさんとまだ付き合い浅めな時期(まだ、オーアの恋愛観とか経験ゼロとか知らない頃)かなー。
使用素材: 篝火幻燈様 天-4